21 / 257
第一輪「朱の福音はどんな音?」
①-8 異質な存在②
しおりを挟む
スイスへ到着後、しばらくティニアの姿を見ることはなかった。マリアがミュラー夫妻の経営しているという不動産の建物に居住した後もだ。
それからすぐ、マリアは南下していた際は何事もなかった両足に力が入らなくなり、脱力してしまった。マリアは寝たきりとなり、生活のほとんどをミュラー夫人に頼った。
(無力で荷物であることの悔しさを噛みしめる日々だった。あの日々から、私は変われたのかな)
滞在していた町が誤爆攻撃を受けたのも、そのすぐ後であった。シュタインアムラインの上空は、毎日のように他国の軍用機が通過していたのだ。
(私だって、あの日は空爆を受けるとは思っていなかった。防空壕へだって避難なんてしなかった)
誤爆攻撃が止んで数時間後、ティニアが居住を訪れた。久々に出会ったティニアは髪がかなり短くなっており、より幼さを感じた。無気力に横たわるマリアには、疲れた様子の彼女を詮索する気力はなかった。
ティニアはすぐにマリアの足の指先に触れ、ゆっくりと関節を動かしていた。そして呟いたのだ。
『再び歩きたいと思えられたら、歩けるんだよね』
この時、マリアはティニアへの信頼が別の人間にあると知ったのだ。
『瓦礫でいっぱいなんだ。人手がいるんだよ』
(そう、あの時だ。あの時のティニアは、まるで……)
拠点でかつて共に過ごしていたレイスのように、頼もしい姉であり母である存在であると、認識し依存してしまった。それからずっと、ティニアの事をレイスのように考えている。
依存によって、全てが歪んでいくのを、マリアは恐ろしく感じていたのだ。
――――あの、アルビノの少年へ抱く想いのように。
(あの子のことも忘れたことなんてない)
歯がゆかったマリアが、その後すぐに歩行が出来るまでに回復するなど、誰が思っただろうか。そんな余裕はなかったのだ。皆が皆で必死であり、自分の事だけでも精いっぱいだった。
だからこそ、無意識でも体を動かし、生きようと足掻いた。
(そうやって、私のトラウマには誰も気付かなかった。ティニアは私を詮索しなかったけれど、何かを察してくれていた。それはミュラー夫妻も同じだった)
その誤爆から数ヵ月で大戦は終結したというが、マリアは特に喜びを感じることはなかった。
(そう、今イタリア、シチリア島の上空にいるのは、私が昔の干渉に浸りたいだけ。私の逃げだわ…………)
それからすぐ、マリアは南下していた際は何事もなかった両足に力が入らなくなり、脱力してしまった。マリアは寝たきりとなり、生活のほとんどをミュラー夫人に頼った。
(無力で荷物であることの悔しさを噛みしめる日々だった。あの日々から、私は変われたのかな)
滞在していた町が誤爆攻撃を受けたのも、そのすぐ後であった。シュタインアムラインの上空は、毎日のように他国の軍用機が通過していたのだ。
(私だって、あの日は空爆を受けるとは思っていなかった。防空壕へだって避難なんてしなかった)
誤爆攻撃が止んで数時間後、ティニアが居住を訪れた。久々に出会ったティニアは髪がかなり短くなっており、より幼さを感じた。無気力に横たわるマリアには、疲れた様子の彼女を詮索する気力はなかった。
ティニアはすぐにマリアの足の指先に触れ、ゆっくりと関節を動かしていた。そして呟いたのだ。
『再び歩きたいと思えられたら、歩けるんだよね』
この時、マリアはティニアへの信頼が別の人間にあると知ったのだ。
『瓦礫でいっぱいなんだ。人手がいるんだよ』
(そう、あの時だ。あの時のティニアは、まるで……)
拠点でかつて共に過ごしていたレイスのように、頼もしい姉であり母である存在であると、認識し依存してしまった。それからずっと、ティニアの事をレイスのように考えている。
依存によって、全てが歪んでいくのを、マリアは恐ろしく感じていたのだ。
――――あの、アルビノの少年へ抱く想いのように。
(あの子のことも忘れたことなんてない)
歯がゆかったマリアが、その後すぐに歩行が出来るまでに回復するなど、誰が思っただろうか。そんな余裕はなかったのだ。皆が皆で必死であり、自分の事だけでも精いっぱいだった。
だからこそ、無意識でも体を動かし、生きようと足掻いた。
(そうやって、私のトラウマには誰も気付かなかった。ティニアは私を詮索しなかったけれど、何かを察してくれていた。それはミュラー夫妻も同じだった)
その誤爆から数ヵ月で大戦は終結したというが、マリアは特に喜びを感じることはなかった。
(そう、今イタリア、シチリア島の上空にいるのは、私が昔の干渉に浸りたいだけ。私の逃げだわ…………)
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
婚約破棄? ではここで本領発揮させていただきます!
昼から山猫
ファンタジー
王子との婚約を当然のように受け入れ、幼い頃から厳格な礼法や淑女教育を叩き込まれてきた公爵令嬢セリーナ。しかし、王子が他の令嬢に心を移し、「君とは合わない」と言い放ったその瞬間、すべてが崩れ去った。嘆き悲しむ間もなく、セリーナの周りでは「大人しすぎ」「派手さがない」と陰口が飛び交い、一夜にして王都での居場所を失ってしまう。
ところが、塞ぎ込んだセリーナはふと思い出す。長年の教育で身につけた「管理能力」や「記録魔法」が、周りには地味に見えても、実はとてつもない汎用性を秘めているのでは――。落胆している場合じゃない。彼女は深呼吸をして、こっそりと王宮の図書館にこもり始める。学問の記録や政治資料を整理し、さらに独自に新たな魔法式を編み出す作業をスタートしたのだ。
この行動はやがて、とんでもない成果を生む。王宮の混乱した政治体制や不正を資料から暴き、魔物対策や食糧不足対策までも「地味スキル」で立て直せると証明する。誰もが見向きもしなかった“婚約破棄令嬢”が、実は国の根幹を救う可能性を持つ人材だと知られたとき、王子は愕然として「戻ってきてほしい」と懇願するが、セリーナは果たして……。
------------------------------------
【画像あり】転生双子の異世界生活~株式会社SETA異世界派遣部・異世界ナーゴ編~
BIRD
ファンタジー
【転生者モチ編あらすじ】
異世界を再現したテーマパーク・プルミエタウンで働いていた兼業漫画家の俺。
原稿を仕上げた後、床で寝落ちた相方をベッドに引きずり上げて一緒に眠っていたら、本物の異世界に転移してしまった。
初めての異世界転移で容姿が変わり、日本での名前と姿は記憶から消えている。
転移先は前世で暮らした世界で、俺と相方の前世は双子だった。
前世の記憶は無いのに、時折感じる不安と哀しみ。
相方は眠っているだけなのに、何故か毎晩生存確認してしまう。
その原因は、相方の前世にあるような?
「ニンゲン」によって一度滅びた世界。
二足歩行の猫たちが文明を築いている時代。
それを見守る千年の寿命をもつ「世界樹の民」。
双子の勇者の転生者たちの物語です。
現世は親友、前世は双子の兄弟、2人の関係の変化と、異世界生活を書きました。
画像は作者が遊んでいるネトゲで作成したキャラや、石垣島の風景を使ったりしています。
AI生成した画像も合成に使うことがあります。
編集ソフトは全てフォトショップ使用です。
得られるスコア収益は「島猫たちのエピソード」と同じく、保護猫たちのために使わせて頂きます。
2024.4.19 モチ編スタート
5.14 モチ編完結。
5.15 イオ編スタート。
5.31 イオ編完結。
8.1 ファンタジー大賞エントリーに伴い、加筆開始
8.21 前世編開始
9.14 前世編完結
9.15 イオ視点のエピソード開始
9.20 イオ視点のエピソード完結
9.21 翔が書いた物語開始
【完結】帝国から追放された最強のチーム、リミッター外して無双する
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】
スペイゴール大陸最強の帝国、ユハ帝国。
帝国に仕え、最強の戦力を誇っていたチーム、『デイブレイク』は、突然議会から追放を言い渡される。
しかし帝国は気づいていなかった。彼らの力が帝国を拡大し、恐るべき戦力を誇示していたことに。
自由になった『デイブレイク』のメンバー、エルフのクリス、バランス型のアキラ、強大な魔力を宿すジャック、杖さばきの達人ランラン、絶世の美女シエナは、今まで抑えていた実力を完全開放し、ゼロからユハ帝国を超える国を建国していく。
※この世界では、杖と魔法を使って戦闘を行います。しかし、あの稲妻型の傷を持つメガネの少年のように戦うわけではありません。どうやって戦うのかは、本文を読んでのお楽しみです。杖で戦う戦士のことを、本文では杖士(ブレイカー)と描写しています。
※舞台の雰囲気は中世ヨーロッパ〜近世ヨーロッパに近いです。
〜『デイブレイク』のメンバー紹介〜
・クリス(男・エルフ・570歳)
チームのリーダー。もともとはエルフの貴族の家系だったため、上品で高潔。白く透明感のある肌に、整った顔立ちである。エルフ特有のとがった耳も特徴的。メンバーからも信頼されているが……
・アキラ(男・人間・29歳)
杖術、身体能力、頭脳、魔力など、あらゆる面のバランスが取れたチームの主力。独特なユーモアのセンスがあり、ムードメーカーでもある。唯一の弱点が……
・ジャック(男・人間・34歳)
怪物級の魔力を持つ杖士。その魔力が強大すぎるがゆえに、普段はその魔力を抑え込んでいるため、感情をあまり出さない。チームで唯一の黒人で、ドレッドヘアが特徴的。戦闘で右腕を失って以来義手を装着しているが……
・ランラン(女・人間・25歳)
優れた杖の腕前を持ち、チームを支える杖士。陽気でチャレンジャーな一面もあり、可愛さも武器である。性格の共通点から、アキラと親しく、親友である。しかし実は……
・シエナ(女・人間・28歳)
絶世の美女。とはいっても杖士としての実力も高く、アキラと同じくバランス型である。誰もが羨む美貌をもっているが、本人はあまり自信がないらしく、相手の反応を確認しながら静かに話す。あるメンバーのことが……
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する
美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」
御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。
ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。
✳︎不定期更新です。
21/12/17 1巻発売!
22/05/25 2巻発売!
コミカライズ決定!
20/11/19 HOTランキング1位
ありがとうございます!
王都を逃げ出した没落貴族、【農地再生】スキルで領地を黄金に変える
昼から山猫
ファンタジー
没落寸前の貴族家に生まれ、親族の遺産争いに嫌気が差して王都から逃げ出した主人公ゼフィル。辿り着いたのは荒地ばかりの辺境領だった。地位も金も名誉も無い状態でなぜか発現した彼のスキルは「農地再生」。痩せた大地を肥沃に蘇らせ、作物を驚くほど成長させる力があった。周囲から集まる貧困民や廃村を引き受けて復興に乗り出し、気づけば辺境が豊作溢れる“黄金郷”へ。王都で彼を見下していた連中も注目せざるを得なくなる。
辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~
雪月 夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。
辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。
しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。
他作品の詳細はこちら:
『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』
【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】
『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】
『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』
【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる