【完結】暁の荒野

Lesewolf

文字の大きさ
上 下
19 / 257
第一輪「朱の福音はどんな音?」

①-6 君ありて花束を贈る②

しおりを挟む

 マリアは神など信じてはいないが、親切な人へは素直に好感を持つ。それがたまたま聖職者だった、ただそれだけなのである。アドニスに共感するわけではないが、アドニスが慕っている相手への敬意から、情が湧いたようなものである。

 アドニス神父は年甲斐もなく、ティニアが好きなのだ。恐らく、ただの好意ではない。


「や~、マリア。いつもありがとう」

 気の抜けた声と共に、馴染みの女性が現れる。エプロン姿のティニアだ。共に現れた子供たちに、マリアは小さな植木鉢を持たせた。

「おお。今回は植木鉢か。いいねえ、しばらく楽しめるね!」
「皆さん、マリアにお礼をお伝えしてください」

 はしゃぐティニアと、きちんとお礼を伝えるように教える神父。それでも慕われているのはティニアであるが仕方がないであろう。こういう時は女性が有利ではあるが、ティニアは特別である。

「マリアおねえちゃん、ありがとう」
「こちらこそ。大切にしてあげてね」
「花だけでなく、私の事も大切にしてください」

 アドニスはむくれると、足元の小石を蹴飛ばした。そういう所が幼い神父だ。正直言って、謎ばかりである。

「だって、おじいちゃん神父さんは、走るの遅いんだもん」
「はいはい。私はもう年なのですよ。そういうことに関しては、ティニアとやっていただけませんか?」
「えー、やってるよ。神父を追いかけまわす遊びなんだから仕方ないじゃん」
「そうだよ、仕方ないじゃん」

 アドニスはゲッソリとした表情を浮かべると、助けを求めてマリアを見た。

「お疲れ様です。頑張ってください。それでは私はこれで」

 マリアはカートを教会と孤児院の間にとめると、お辞儀をして笑った。

「そうだよ、アドニスくん、頑張って」
「ティニア、君という方は本当に……」
「皆、お花持ったー? お花の配達だよ~! 慎重に運ぶんだよ~! はい、神父様もこれ持ってね~」
「もってねー!」

 次から鉢植えを減らしてもらえるように、ミュラー夫人に話しておこう。マリアは内心で思いつつ、すぐに忘れてしまった。教会を出ると、川沿いまで歩き続ける。

 そして人だかりの中へ再び紛れると、マリアはいつも通りの帰宅ルートを通った。診療所前の人だかりはまばらだった。旧市街を抜け、歩きなれたエーニンガー通りを抜ける。人々はマリアに目もくれず、それでいて存在を認識している。いつもの光景なのだ。そして自宅へと帰宅すると、当たり前のように自室へ戻り、神経を研ぎ澄ませるのだ。

 そして、次の瞬間に、マリアの意識は永世中立国から抜け出したのだった。



 これからが、マリアにとっての日課の始まりである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【完結】暁の草原

Lesewolf
ファンタジー
かつて守護竜の愛した大陸、ルゼリアがある。 その北西に広がるセシュール国が南、大国ルゼリアとの国境の町で、とある男は昼を過ぎてから目を覚ました。 大戦後の復興に尽力する労働者と、懐かしい日々を語る。 彼らが仕事に戻った後で、宿の大旦那から奇妙な話を聞く。 面識もなく、名もわからない兄を探しているという、少年が店に現れたというのだ。 男は警戒しながらも、少年を探しに町へと向かった。 ===== 別で投稿している「暁の荒野」と連動しています。「暁の荒野」の続編が「暁の草原」になります。 どちらから読んでいただいても、どちらかだけ読んでいただいても、問題ないように書く予定でおります。読むかどうかはお任せですので、おいて行かれているキャラクターの気持ちを知りたい方はどちらかだけ読んでもらえたらいいかなと思います。 面倒な方は「暁の荒野」からどうぞ! ※「暁の草原」、「暁の荒野」共に残酷描写がございます。ご注意ください。 ===== この物語はフィクションであり、実在の人物、国、団体等とは関係ありません。 ===== 他、Nolaノベル様、アルファポリス様にて投稿しておりますが、執筆はNola(エディタツール)で行っております。 Nolaノベル様、カクヨム様、アルファポリス様の順番で投稿しております。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夜明けのブルーメンヴィーゼ

Lesewolf
恋愛
 「暁の草原」の続編になります。 かつて守護竜の愛した大陸、ルゼリアがある。  暁の草原から数年。かつて少女だったティトーは成人し、大人になっていた。ある時、ヴァジュトール国へ渡ろうとしていた青年ロウェルと出会う。行先で待っていたのは・・? 不定期18時更新です。 ===== この物語はフィクションであり、実在の人物、国、団体等とは関係ありません。 ===== 他、Nolaノベル様、カクヨム様、なろう様にて投稿しておりますが、執筆はNola様で行っております。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

処理中です...