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第一輪「朱の福音はどんな音?」
①-1 君ありて幸福の調べ①
しおりを挟む「おーい、マリア~!」
「うん」
自分の名を呼ばれているのに気付き、今見ていたのは夢であったことを知る。それでも微睡みから覚めることが出来ず、マリアは再び眠りにつこうとしていた。
「どうしたの、具合悪いの?」
「あ」
声が突然大きく聞こえ、慌ててベッドから起き上がる。マリアは、時計を見て驚愕する。普段の出勤時間からもう20分も遅れているのだ。
「そんな、私としたことが!」
鏡を見てさらに驚愕、酷い寝ぐせである。そんなマリアを心配そうに見つめる女性がいる。共に同居している女性で、名をティニアという。金髪碧眼の美女であり、彼女を知らない人間からは冷たい印象を与えてしまう。
「大丈夫? ただの寝坊?」
「大丈夫よ、ただの寝坊なの!」
「珍しいじゃん。果物のスムージー作ったから、ここにおくね。これだけでいいから、飲んでいって」
ティニアは柑橘系の鮮やかな色をしたドリンクをテーブルに置いてくれた。彼女はいつもそうだ。ほとんど無意識に近いこの気遣いが、たまらなく嬉しいのである。
「ありがとう。朝の仕事だと、私にできる事なんて限られているの。でも、ちょっとでも勉強したくて早めに起きて行ってたのに、もう花の仕入れが終わってそう」
「そしたら、花市場じゃなくて直接お店に行った方がいいね」
マリアはすぐに着替えに取り掛かり、服を脱ぎ始めた為ティニアは部屋から出ていった。部屋のブラウスはアイロンがかかっており、ほのかに戦い。これもティニアがかけたのであろう。本当に至れり尽くせりである。
ティニアは小さな教会に隣接している孤児院で働いているが、修道女ではない。なんとか財団の所属と言っていたが、マリアはもう忘れてしまった。
「普段よりは遅刻だろうけど、道中は急ぎ過ぎず気を付けてね。僕は、今日ちょっと子供達の夕飯当番だから、帰りが遅いから夕飯は作れそうにないや」
「あ、そういえばそう言ってたね。交代だって言ってるのに、いつもありがとう」
「まあついでだし。んじゃ僕はもう行くね」
何かと世話焼きな彼女に助けられている上、素性がはっきりとしないマリアを詮索することもなく、同居してくれている。
そもそも戦後であり、身分証もほとんどない状態の者も差別することなく保護していたのが、彼女たちの財団だった。裏に何かあったとしても、財団だけでなく彼女に対しては恩の方が大きい。
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