上 下
1 / 8

しおりを挟む
 強烈な痛みが体全体に広がっていき、意識が消えていく。
 それに追従するように走り去る足音が、だんだんと遠くなる。

 あぁ、私は殺されたのか。
 そう思った時には、音と視界は消えていた。

 ……半年前。
 貴族学園を卒業した私に、縁談が舞い込んできた。
 父に呼ばれ書斎に入ると、椅子に座った父が、鋭い瞳をぎょろっと私に向ける。

「エレナ。お前の結婚相手が決まった。伯爵子息のオーレンだ。知っているな?」

「はい。同じクラスでしたから」

 オーレンとは学園時代に同じクラスだった。
 彼は特に目立った所はないが、話しやすく、皆から好感を持たれていた。
 父は頷くと、机上の紙をトントンと指で叩く。

「詳細はここに書いてある、読んでみろ」

「はい」

 私が一通りそれを読むと、父は口を開く。

「私はお前にこの縁談を強制させるつもりはない。お前ももう十八歳だ。自分のことくらい自分で決めねばならん。どうするかはお前が決めろ」

「分かりました……」

 父は昔から厳しい人だった。
 実の娘だろうと、容赦なく叱るし、平気で罰を与えることもあった。
 しかし、それは決して私をいじめたいからではなく、世の中の厳しさやルールを教えるための行為だった。

 私は十分にそれを理解していたから、今まで父についてこられた。
 兄たちはそんな父が嫌いで、すぐに家を出て行ってしまったけれど。

「お父様。私、この縁談を受けてみようと思います」

 父の鋭い目が再び飛んでくる。
 まるで私を品定めするかのように。

「縁談を受け、正式に結婚が決まれば、お前はオーレンの妻として一生を終えることになるだろう。その覚悟があるんだな?」

 私は自分の胸に手を当て、頷く。

「もちろんです。どんな困難も彼と共に乗り越えてみせます」

 私の言葉に、初めて父は嬉しそうな笑みを浮かべた。

 ……それから私とオーレンの縁談は滞りなく進んだ。
 顔合わせを終え、結婚式も終わって、気づけば正式に彼の妻となっていた。
 家を去る日、両親と使用人たちが私を見送ってくれた。

 あの厳しい父の涙を見た時、私もつい涙を流してしまった。
 泣かないと決めていたのに。

 馬車に揺られ一時間。
 オーレンの屋敷についた私は、馬車を降り、案内されるままに応接間に入る。
 テーブルをはさんで置かれているソファの片方に、オーレンは座っていた。
 緊張したように、拳を握ったり離したりを繰り返している。

「オーレン!」

 同級生に敬語は必要なかった。
 これでも私も、彼と同じ伯爵家の人間なのだ。
 
「エレナ! もう来たのか……早かったね」

 オーレンはぎこちない笑みを浮かべた。
 しかしそれは、春の風のように優しい印象を残していた。

 ……その日から、私の妻としての暮らしが始まった。
 オーレンは仕事で家にいないことの方が多かったが、私のためによくプレゼントを買ってきてくれた。
 彼の家の使用人たちとも打ち解け、サラという侍女と友達になることもできた。

 そして気づけば一年が経過していた。

「エレナ様。今日のパーティー、楽しみですね」

 侍女のサラが私の髪を整えてくれる。
 彼女の指は細く綺麗で、いつも丁寧な仕事をしてくれている。

「そうね。せっかくオーレンが催してくれた結婚一周年記念のパーティーだもの、思い切り楽しむわ」

 パーティー会場は我が家の大広間を使って行われた。
 友人たちが集まる小さなパーティーだが、オーレンは人一倍張り切っていた。
 サラに髪を整えてもらった私は、足早に会場へ向かった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【短編】浮気症の公爵様から離縁されるのを待っていましたが、彼はこの婚姻を続けるつもりのようです。私を利用しようとしたって無駄ですよ、公爵様?

五月ふう
恋愛
「私と離縁してくれますか?公爵様?」 16歳のとき、ユナ・ハクストルは公爵リューク・イタルクに嫁いだ。 愛とは何か。恋とは何か。 まだ何も知らない彼女は公爵との幸せな未来を夢見ていた。だが、リュークには10人を超える愛人がいて、ユナを愛するつもりは無かった。 ねぇ、公爵様。私を馬鹿にしていると痛い目を見ますよ?

愛していないと離婚を告げられました。

杉本凪咲
恋愛
公爵令息の夫と結婚して三年。 森の中で、私は夫の不倫現場を目撃した。

旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます

おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。 if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります) ※こちらの作品カクヨムにも掲載します

不倫され、捨てられました。

杉本凪咲
恋愛
公爵家のマークと結婚して一年、私は召使いのように家の仕事をさせられていた。男爵家出身の私のことをマークは当然のように侮辱して、連日無能だと言い聞かせる。辛い日々に晒されながらも、私はいつか終わりが来ることを願い何とか生きていた。そして終わりは突然に訪れる。彼の不倫という形で。

夫には三人の不倫相手がいました

杉本凪咲
恋愛
結婚して二年。 夫のライオスが家をよく空けるようになり、私は侍女に調査を依頼する。 彼女が証拠の写真と共に告げた事実に、私は心を痛めた。 「旦那様は三人の女性と不倫をしております」

今の幸せを捨て新たな幸せを求めた先にあったもの

矢野りと
恋愛
夫トウイ・アロークは13年間も連れ添った妻エラに別れを切り出す。 『…すまない。離縁してくれないか』 妻を嫌いになったわけではない、ただもっと大切にするべき相手が出来てしまったのだ。どんな罵倒も受け入れるつもりだった、離縁後の生活に困らないようにするつもりだった。 新たな幸せを手に入れる夫と全ての幸せを奪われてしまう妻。その先に待っていたのは…。 *設定はゆるいです。

愛する人は幼馴染に奪われました

杉本凪咲
恋愛
愛する人からの突然の婚約破棄。 彼の隣では、私の幼馴染が嬉しそうに笑っていた。 絶望に染まる私だが、あることを思い出し婚約破棄を了承する。

愛のない政略結婚でしたので

杉本凪咲
恋愛
政略結婚から始まった夫婦生活。 しかしそれは思っていたよりも残酷で……

処理中です...