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「申し訳ありませんが、馬車は既にありません」

御者の言葉に私は唖然とした。

「ないだと? は? 何を言っているんだお前は」

今すぐにでも、カトリーヌがいるであろう、隣街まで行かなくてはいけなかった。
口座の金を盗んだだけでなく、勝手に税金を上げて、暴動をあっせんした。
あいつに聞きたいことは山ほどあった。

「ジェンキンス公爵。申し訳ありませんが、馬車はカトリーヌ様が使われたのが最後でございます」

「な……」

空いた口が塞がらなかった。
咄嗟に隣にいた妻が叫ぶ。

「そんなわけはないでしょう! 私たちは公爵家なのよ! 馬車なんて余る程あったじゃない! それに銀行に行った時のものはどうしたの! 三人じゃ狭いけど、もうそれでいいわ!」

御者は怯えた表情をしながらも、何とか口を開く。

「奥様。そ、その……売り払う約束になっていたので……先ほど売りました……全部」

「なんですって!?」

……嫌な予感はしていた。
民の暴動を抑えに外に出てきた時に、庭に置いてあった馬車が無くなっていたから。
てっきり御者がどこか別の場所に移したのだと思ったが、違ったみたいだ。

「おい、誰がその約束を取り付けたんだ!」

私は御者をギロリと睨んだ。
彼の顔面が一瞬で真っ青になる。

「カ、カトリーヌ様でございますぅ! 元々カトリーヌ様が稼いだお金で買ったものだからと……わ、私はそのことしか知りません!」

「くそっ……やはりあいつか……」

私は拳を地面に叩きつけた。
やはりカトリーヌが裏で糸を引いていたのだ。
私たちから何もかも奪うつもりなのだろう。

御者は弁明するように言葉を続ける。

「カトリーヌ様が行かれた隣街までは……あ、歩いていくしかありません……大人数で森を抜けるのは逆に獣に見つかる恐れがあるので……御三方で行く必要があります」

「そんなぁ!!!」

女のような悲鳴を上げたのは息子だった。
息子は今にも泣きそうになりながら、私の顔を見た。

「お前の気持ちは分かる。だが現実問題、それ以外に道がないのだから、私たちは歩いて隣街まで行くしかない。道中はかなり危険が伴うだろうが……」

妻の顔も真っ白になっていた。

「私だってできればこんなことはしたくないさ……だが、やらなければ間違いなく私たちは終わる……あいつに土下座でもなんでもして金を返してもらうんだ。いいな?」

息子と妻を睨むように見ると、二人は小さく頷いた。
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