夫の愛は偽りです。

杉本凪咲

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 ブレインから離婚を提案されて一週間後、彼は私に一枚の紙を手渡した。

「これにサインをして欲しい。僕の両親からの許可はもう得ているから、後は君がサインするだけさ」

 それは離婚届けだった。
 私は涙で赤くなった目でそれを見ると、ペンを持つ。
 
「うん」

 念のため、書かれている文書を読んでみると、気になる文言があった。
 『離婚した場合、夫婦の財産は均等に分けられる』
 そこにはそう書かれていた。

「ブレイン。これって……」

 私がその文に指を差すと、ブレインは当たり前だとでも言うように、淡々と告げる。

「そのままの意味だよ。僕達の財産はきっちり半分に分けられる。まあ公爵家の君の方が財産が多いのは火を見るよりも明らかだから、この家の財産をいくらか僕が貰う形になる」

「そう……金貨五十枚くらいあれば足りるかしら?」

「多分ね」

 離婚することにより自分の財産が減ってしまうのは痛いが、ブレインを苦しめた慰謝料だと思えばなんてことはない。
 わたしはまだ心のどこか彼を愛していた。
 彼の幸せのために役に立ちたいという想いが募っていたのだ。

「エリザベス……なるべく早くサインをしてくれると助かる。僕も荷物を整理したりで色々忙しくてね」

「うん、ごめんね」

 私は小さく言うと、サインを書いた。
 ブレインが乱暴に紙を掴み取ると、「じゃあ」と言って部屋を去っていく。
 その愛のない言動を見て、私の心は酷く痛んだ。
 もう十分に傷ついたはずなのに、まだこの傷は深くなるようだ。

「さようなら、ブレイン」

 それから一週間をかけて、ブレインは自分の荷物を新しい居住地へと移した。
 どうやらここから馬車で一時間ほどの所に新しい屋敷を買ったそうで、等分された財産でそれを購入したらしい。

 彼が馬車に乗り、屋敷を去っていくのを見た時、私は久しく忘れていた孤独を思い出した。
 両親が死んだ後もこんな気持ちだった気がする。
 馬車が見えなくなると、私は重たい足を何とか動かし家に戻った。

 ……しかし数日後。
 突然にブレインが家を訪ねてきた。
 もしかしてよりを戻したいと来てくれたのだろうか、そんな淡い希望をもって応接間に入ると、彼はソファから立ち上がり、怒ったように叫ぶ。

「エリザベス! 君が支払うべき財産は金貨百枚だ! 今から残りの金貨五十枚を払ってくれ!」

「え……でも、あなたは金貨五十枚でいいって……」

「多分って言っただろ! 正式な書類もあるだろ! そんなこと子供でも分かるぞ、馬鹿!」

 ブレインがこんなに怒っているのを初めて見た私は、思わず委縮してしまう。
 ブレインは品定めをするように私を見ると、ニヤリと笑みを浮かべる。

「そうだ……その髪飾りでもいいぞ。確か外国の希少な宝石が装飾されているんだよな? それを財産代わりに貰ってやるよ」

 それは母の形見だった。
 私は自分でも分かるくらい青ざめると、慌てて言う。

「これはダメ! 母の形見なの! あげられないわ!」

「うるさい! 財産を渡す期限は今日の十二時……あと二分しかない。もしそれを過ぎれば罰金がお前に課される……ふふ、どうする? 時間は待ってくれないぞ?」

「そんな……」

 ブレインの不気味な笑みを見た時、私は彼の意図をはっきりと理解した。
 彼は初めからこれが狙いだったのだ。
 初めから母の髪飾りを奪うために、こんな時間にやってきたのだ。

 いや、違う。
 もしかしたら結婚した時から、私は彼に騙されていたのかもしれない。
 伯爵令息の彼よりも、公爵家当主の私の方が多くの財産をもっていることは誰でも分かる。
 
 彼は結婚してわざと離婚することで、私から財産を半分奪うつもりだったのだ。
 そのために私に近づき、私に愛を告げたのだ。

「さあどうするエリザベス……あと一分だぞ、ふふふっ……罰金は痛いよなぁ……領地の皆を困らせることになるだろうなぁ……」

 急激にブレインへの愛が冷めていく。
 そして、愚かな自分に対する怒りが込み上げてくる。
 
「分かった」

 他に選択の余地などない。
 これ以上財産を減らせば、家や領地の人達に迷惑がかかる。
 私はまだ未熟な小娘なのだ、母との思い出くらい捨てないと、一人前にはなれない。

 私は髪飾りを外すと、ブレインに渡した。

「おぉ……近くで見ると、本当に綺麗だ……ふふっ……じゃあなエリザベス。僕達が会うことはもうないだろう」

 ブレインに魅入られたように髪飾りを見つめ、応接間を去っていく。
 私は涙を流し、拳をぎゅっと握りしめた。
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