夫の愛は偽りです。

杉本凪咲

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 最初の二年は、地獄のように忙しかった。
 執事たちの意見も貰いながら私は当主の仕事に明け暮れ、寝る間も惜しんで頑張った。
 領地からは少なからず反感の声が聞こえていたが、私はくじけなかった。
 両親の死など忘れてしまうくらいに、必死に当主としての仕事をこなした。

 本当は心の奥底に孤独を感じていた。
 親戚は十五歳の当主を鼻で笑い、あの家は終わったと離れていった。
 父の知り合いも何人か尋ねたが、同様にまともに相手などしてくれなかった。

 誰にも助けなんて借りることはできなかった。
 私は一人でこの家を守らなくてはいけないのだ。

 夜、寝る時にそんな思いがふっと込み上げる日があった。
 しかし、そんな時はぎゅっと目を閉じて、寂しさを頭の外に追いやった。
 
 そうして気づけば二年の月日が過ぎていて、私は十七歳になった。
 当主としての仕事にも慣れ、領地の人達も友好的になってきていた。
 
 私は自室で、今までの苦労を思い返しながら窓辺の椅子に座っていた。
 こうしてゆっくり座るのはいつ以来だろう。
 
「お父様……お母様……私は元気にやっていますよ」

 つい届かぬ言葉をもらしてしまう。
 自分のしたことが急に愚かな行為に思えて、私は一人俯いた。

 ドンドン。

「エリザベス様。パーティーの招待状が届いておりますが……」

 扉をノックする音と、使用人の声が外からした。
 私は立ち上がると、扉を開ける。

「エリザベス様。マスカレード公爵家からパーティーの招待状が届いております」

「ありがとう、読ませてもらうわ」

 私が招待状を受け取ると、使用人は頭を下げ去っていく。
 扉をパタンと閉めると、私は招待状に目を移した。

「この人……昔私を笑った人だ……」

 マスカレード公爵は両親と仲が良く、当主になったばかりの頃、彼の元を訪れたことがあった。
 しかし、彼は私を鼻で笑い、没落しないように頑張れよと嫌な笑みを浮べていた。

 あれだけの無礼をしておいて、何もなかったかのようにパーティーの招待状を送る神経が分からない。
 しかし爵位は同じ公爵家で、しかも私は当主なので、今なら文句の一つでも言えるかもしれない。

 私は招待状を見つめ、昔彼が浮かべたような笑みを浮かべた。

 ……パーティー当日。
 いつも傍につけていた護衛の兵の一人が熱を出したので、年若い兵士が新たに加わった。

「イーサンです! よ、よろしくお願い、いい、致します!!!」

 緊張したように私たちに挨拶をするイーサン。
 他の護衛の兵たちがははっと笑い声を上げていた。
 どこか彼が昔の自分に思えて、私は笑っていた兵たちを睨みつける。

「どこか面白い所があったかしら?」

「あ、いや……特に」

 兵たちは委縮してしまい、顔から一瞬で笑顔が消えた。
 私はイーサンに目を向けると、ニコッと笑って言う。

「イーサン。あなたには馬車の番を任せます。命がけで守り抜きなさい」

「は、はい!!!」

 少し檄を飛ばしすぎたかもしれない。
 イーサンはまるで戦争にでも行くように、体を強張らせた。
 侍女が私に「そろそろ行きましょう」と耳打ちする。
 私は頷くと、馬車に向かって歩き出した。

「では行きましょう」

 ……マスカレード公爵の屋敷は私の家の二倍はあった。
 会場も豪華絢爛を体現したような広い部屋で、高貴な貴族たちが一堂に会していた。
 久しぶりのパーティーに緊張を露わにしていると、後ろからマスカレード公爵が近づいてくる。

「エリザベス嬢。お久しぶりですね。お元気でしたかな?」

 彼はあの時と同じ嘲笑を浮かべていた。

「ええ、当時は大変でしたけど、今は当主らしくなってきたかと思います」

「ははっ! 面白い事をおっしゃる! まだ十六歳の娘なのに、当主らしくなったと?」

 私は小さなため息をついて冷静に言葉を返す。

「私は十七歳ですよ? マスカレード公爵は前会った時、私が十五歳だと知っていましたので、簡単な足し算のはずですが……少しお疲れではないですか?」

 嫌味を込めてそう言ってやると、マスカレード公爵の顔は火のように真っ赤になる。

「この小娘が……生意気言いおって! 大体十七の女が当主などあり得んわ! 公爵家の恥さらしが! お前を招待したのが間違い……」

「マスカレード公爵」

 と、横から彼に近づく人がいた。
 金色のサラサラの髪に、端正な顔立ち。
 少し頼りなさそうにも見えるが、その分優しい性格だというのが見て分かる。

「公爵。お話中失礼します。あなたの十六歳の娘の当主様が呼んでおられます。お話が終わり次第、あちらのテーブルに……」

「え? それはどういうことですか?」

 公爵の顔がさっと青ざめた。
 青年は「あぁ……」と言って私に笑いかける。

「マスカレード公爵は先日、当主を引退なさったのです。今日から十六歳の娘様が新たな当主です」

「なるほど……」

 私は公爵を意味ありげに見つめると、彼は苦笑した。

「む、娘が呼んでいるから、私はこの辺で……エリザベス嬢、これからも頑張ってくれ」

 そして早口にそう言うと、逃げるように娘のいるテーブルへ走っていった。
 その情けない背中を見ながら私が大きなため息をつくと、先ほどの青年がそっと近づいてくる。

「僕は伯爵家のブレインと申します。あなたよりも二つ年上の十九歳になります。もしよろしければ、少しだけ僕に時間を頂けませんか?」

 唐突な提案に、首を傾げるも、「ええ」と頷く。
 すると彼はその場にひざまずき、私の手を握った。
 異性に触れられたのは初めてだったので、思わず心臓がドキっと音を立てる。

「実はあなたのことがずっと気になっていました。エリザベス様、どうか僕と結婚しては頂けないでしょうか?」
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