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今は冬だったのか。
窓から見える景色に雪が混じっていた。
小さな虫の死骸が空から降ってくるように、ゆっくりと雪がこの地へと降りてくる。
眼下にある庭も雪で埋もれていて、必死に雪かきをする男がいた。
こんなに寒い中、ご苦労なことだと感心をしつつも、余計なことはしないで欲しいとも思ってしまう。
このまま雪が降り積もり、家を埋めてくれるのなら、それが一番いい。
本気でそう思ってしまった私は、窓を開けようとして我に返る。
「何しているんだろう、私」
窓を開けて、男に雪かきを止めるように言おうとしていた。
その事実だけが脳裏に残って、その時の気持ちはすっと形を消している。
最近はこんなことがたくさんあった。
まるで大海で遭難してしまったようだ、心だけが。
……夫ソロモンの愛情が私に向いていないと知ってから、既に三か月が経過していた。
あれから私はソロモンを避けるようになり、彼も示し合わせたように私を避けた。
相変わらず彼の背後には、悲しみの青と憎しみの黒が見えた。
オーラのように漂うその色は、時折交じり合い、消えもしたが、愛の赤色が出現することは一度としてなかった。
私はベッドに腰をかけると、窓に目を向けて、降り注ぐ雪を眺めた。
あんなに没頭していた絵も、今は描くことを止めて、何もしない日々が続いている。
空虚という言葉が、今の私にはぴったりだった。
そのまま数分死んだようにぼうっとしていると、ふいに扉がノックされた。
「マリン。話がある。入っていいかい?」
ソロモンの声だった。
私は返答に詰まるが、自暴自棄になったような不貞腐れた声を出す。
「はい、どうぞ」
ガチャ、扉が開きソロモンが入ってくる。
彼は真剣な顔つきのまま扉を閉めると、その場で口を開いた。
「最近僕のことを避けているだろ? 何か理由があるのかい?」
善人のような優しい口調だった。
私は力を使い、彼の色を見てみる。
やはり青と黒が入り混じっていた。
「理由は、ソロモン様が一番分かっているのではないですか?」
「どういう意味だ?」
「自分の胸に問いかけてみてください」
何を執着しているのだと心が怒鳴った。
うるさい、本当にうるさい。
「……僕は別に……心当たりがないけど」
私の力のことは、ソロモンはおろか、誰にも言っていない。
だから嘘をついてもバレることを彼は知らない。
偽りの仮面は、私には透明と同じだった。
「動揺していますね」
自分でも驚くほどに冷たい声が出た。
先ほどまで雪を眺め、その冷たさがフラッシュバックしたのかもしれない。
ソロモンは微かに目を大きく見開いたが、直ぐに苦笑でそれを隠した。
意味がないというのに。
「何が? マリン、君の言いたいことがよく分からないよ。どうか正直に伝えてほしい」
偽善者。
ふいに込み上げてきたその言葉を、私は飲み込んだ。
正しい行いが正しいとは、限らない。
きっとソロモンはそれを知らないのだろう。
「ジュリアのこと愛していますよね」
棘のある言い方をした。
もちろんわざと。
ソロモンは今度は分かりやすく驚いた。
背後に浮かぶ色にも、彼女のことを思い出したのか、愛を表す赤色が混じる。
「ソロモン様。離婚してください」
思っていたよりも呆気なく、その言葉は飛び出した。
窓から見える景色に雪が混じっていた。
小さな虫の死骸が空から降ってくるように、ゆっくりと雪がこの地へと降りてくる。
眼下にある庭も雪で埋もれていて、必死に雪かきをする男がいた。
こんなに寒い中、ご苦労なことだと感心をしつつも、余計なことはしないで欲しいとも思ってしまう。
このまま雪が降り積もり、家を埋めてくれるのなら、それが一番いい。
本気でそう思ってしまった私は、窓を開けようとして我に返る。
「何しているんだろう、私」
窓を開けて、男に雪かきを止めるように言おうとしていた。
その事実だけが脳裏に残って、その時の気持ちはすっと形を消している。
最近はこんなことがたくさんあった。
まるで大海で遭難してしまったようだ、心だけが。
……夫ソロモンの愛情が私に向いていないと知ってから、既に三か月が経過していた。
あれから私はソロモンを避けるようになり、彼も示し合わせたように私を避けた。
相変わらず彼の背後には、悲しみの青と憎しみの黒が見えた。
オーラのように漂うその色は、時折交じり合い、消えもしたが、愛の赤色が出現することは一度としてなかった。
私はベッドに腰をかけると、窓に目を向けて、降り注ぐ雪を眺めた。
あんなに没頭していた絵も、今は描くことを止めて、何もしない日々が続いている。
空虚という言葉が、今の私にはぴったりだった。
そのまま数分死んだようにぼうっとしていると、ふいに扉がノックされた。
「マリン。話がある。入っていいかい?」
ソロモンの声だった。
私は返答に詰まるが、自暴自棄になったような不貞腐れた声を出す。
「はい、どうぞ」
ガチャ、扉が開きソロモンが入ってくる。
彼は真剣な顔つきのまま扉を閉めると、その場で口を開いた。
「最近僕のことを避けているだろ? 何か理由があるのかい?」
善人のような優しい口調だった。
私は力を使い、彼の色を見てみる。
やはり青と黒が入り混じっていた。
「理由は、ソロモン様が一番分かっているのではないですか?」
「どういう意味だ?」
「自分の胸に問いかけてみてください」
何を執着しているのだと心が怒鳴った。
うるさい、本当にうるさい。
「……僕は別に……心当たりがないけど」
私の力のことは、ソロモンはおろか、誰にも言っていない。
だから嘘をついてもバレることを彼は知らない。
偽りの仮面は、私には透明と同じだった。
「動揺していますね」
自分でも驚くほどに冷たい声が出た。
先ほどまで雪を眺め、その冷たさがフラッシュバックしたのかもしれない。
ソロモンは微かに目を大きく見開いたが、直ぐに苦笑でそれを隠した。
意味がないというのに。
「何が? マリン、君の言いたいことがよく分からないよ。どうか正直に伝えてほしい」
偽善者。
ふいに込み上げてきたその言葉を、私は飲み込んだ。
正しい行いが正しいとは、限らない。
きっとソロモンはそれを知らないのだろう。
「ジュリアのこと愛していますよね」
棘のある言い方をした。
もちろんわざと。
ソロモンは今度は分かりやすく驚いた。
背後に浮かぶ色にも、彼女のことを思い出したのか、愛を表す赤色が混じる。
「ソロモン様。離婚してください」
思っていたよりも呆気なく、その言葉は飛び出した。
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