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「きゃあ! 男爵令嬢ローラが襲われているわ!」

 女性の叫び声と共に、辺りは緊張感で包まれた。
 ダリアとローラは訳が分からない様子で、周囲に集まった貴族たちの顔を見つめている。
 貴族の一人がダリアに掴みかかるのをきっかけに、ダリアはあっという間に拘束されてしまう。

「離せ! 僕は公爵子息のダリアだぞ! こんなことをしてタダで済むと思っているのか! このゴミ野郎たちが!」

 騒然となった逢瀬の現場を見ながら、モンドが唖然とした様子で口を開く。

「エミリア……もしかして君はこれを狙っていたのかい?」

「ええ」

 私は頷き、このことに気づいた経緯を説明した。

 ……ダリアの大きな叫び声を聞いた後、私は森の向こうに微かに人影を見た。
 その時は気のせいとも思ったが、その後もチラチラと人らしき姿が目に映るので、きっと誰かがここに向かっていると考えた。

 ダリアの小言を聞きながら私の意識はそちらに集中していた。
 よく観察してみると、どうやらこちらに向かってきているのは一人ではなく複数。
 少し思考した私はあることを思い出して、ダリアに頭を下げて、後は事の顛末を見守るだけにした。

「あること?」

 モンドの疑問に答えようとした時、その答えを、ダリアを拘束する貴族が言ってくれた。

「タダですまないのは君の方だ! 彼女男爵令嬢ローラは第三王子の婚約者だぞ!」

 数日前に、第三王子が身分の低い貴族令嬢を婚約者にしたと噂で聞いた。
 ローラというありきたりな名前だし、顔を見たことがないので分からなかったが、きっとダリアと浮気をしている  
 ローラこそが、第三王子の婚約者ではないかと思ったのだ。
 でなければ数人の貴族がパーティーの最中に森の中へ入ってくるなどあり得ない。
 おそらく第三王子のご機嫌でも取るつもりなのだろう。

「なるほど……彼女は第三王子の婚約者だったのか……」

 モンドが感嘆の声を上げた時、森の向こうから第三王子が姿を現した。 
 拘束されたダリアを見下ろして、静かに口を開く。

「お前は確か……公爵家のダリア……」

 ダリアは顔面蒼白になって、弁明するように声を上げた。

「違うのです! 誤解です! 僕とローラの間には何もありません! 何もないのです!」

 しかし貴族達から反論の声が即座に上がる。

「王子! 騙されないでください! 彼はローラ様に無理矢理抱き着いていました!」
「ローラ様は苦し気に……」
「この男は悪魔です! ゴミ以下の最低な男です!」

「皆様何を言うのですか! 僕がローラを襲うはずがありません! ローラ! 君からも何か言ってくれ!」

 最後の望みを託すように、ダリアはローラを見つめた。
 しかし彼女は怯えた様子で、目に涙を浮かべた。

「うぅ……酷い……私を無理矢理襲ったくせに……王子!」

 ローラはダリアを切り捨てる道を選んだようだ。
 目に大粒の涙を浮かべると、第三王子に抱き着いた。
 怯えた彼女の様子を見て、第三王子は怒りで顔を歪める。

「ダリア!!! お前は打ち首にしてやるからな!!! 覚悟しておけよ!!!」

 王子の怒号が森に轟き、驚いた小鳥たちが空へと飛んでいく。
 遅れて駆け付けた兵士たちによってダリアは本格的に拘束されると、連れていかれてしまった。
 あんなに騒がしかった現場が静まり返り、モンドは茂みの中から立ち上がる。
 そして私にそっと言った。

「帰ろうエミリア」
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