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 家の玄関をくぐると、待ち構えていたように、ステラが飛び出してきた。
 
「おかえりなさい、お母様、お父様!」

 長く伸びた薄青の髪に、四歳特有のキラキラした瞳。
 フルートがあと十歳若かったら、姉妹と間違われるだろうほど、彼女と似た容姿をしていた。

「ただいま」

 ウラノスが一歩先に靴を脱ぐと、ステラを抱っこする。
 途端にフルートの脳内に不倫の記憶が蘇り、全身に鳥肌が立った。

「や、やめて!」

 思わず叫んでしまいはっとする。
 ウラノスとステラがきょとんとした顔でフルートを見つめていた。
 
「お母様、どうかされたのですか?」

 ステラの瞳は秘密を探る探偵のように、興味で溢れている。
 対して、ウラノスは妻に対し、冷たい瞳を向けていた。
 余計なことをするなと、叱るように。

 フルートは口を微かに開け茫然としていたが、やがて苦笑を浮かべた。

「い、いえ何でもないわ……」

 取り繕うように靴を脱ぐと、足早に廊下を歩いていく。
 ステラは不安げにウラノスを見る。

「お父様。私、何か悪いことしましたか?」

「いや、何もしていないよ。きっとパーティーで疲れてしまったんだろう。あそこは人が多く集まるから」

「じゃあ私、紅茶を作ってもっていってあげますね!」

「いや、僕が行くよ。ステラはフルートの似顔絵を描いておいてくれ。きっと喜ぶから」

「はい!」

 ウラノスがステラを離すと、彼女は宝物でも見つけたみたいに駆けていった。

「はぁ……面倒だなぁ……」

 娘の背中を見つめながら、ウラノスは一人ため息をはいた。

 扉がノックされたので、開けるとウラノスが紅茶片手に立っていた。
 フルートは「何?」と不機嫌そうな声を出すが、ウラノスは貼り付けたような笑みを浮かべる。

「何があったんだ? 話してみなよ」

 そう言ってウラノスは無遠慮に部屋に入ってきた。
 フルートは扉を閉めると、警戒しつつ、椅子に座る。

「飲むだろ?」

 ウラノスが渡してきたカップをフルートは受け取れなかった。
 彼は眉間にしわを寄せる。

「何が気に食わないか知らないが、これ以上そんな態度を取るのなら僕にも考えがあるぞ」

 イラついたウラノスの声と同じように、フルートも声に棘を含ませる。

「ふーん、じゃあ離婚でもするっていうの?」

「……誰もそんなことは言っていないだろ」

「本当はしたいのでしょう? 私、知っているのよ」

「は?」

 ウラノスの顔が一瞬強張る。
 フルートはその隙を突くように、言葉を続けた。

「今日のパーティー……随分とお楽しみだったわね。えっと、オーロラさんだっけ?」

 瞬間、ウラノスの顔色が青くなる。
 フルートやステラの髪とは違う、不気味な青だ。

「ど、どうしてそれを……あ、いや……」

「見間違いじゃなかったようね」

 フルートは呆れたように息をはいた。
 一度は不倫を心の中に留めておこうと決意したものの、結局そうすることはできずに、白日の元に晒してしまっている。
 だが、彼女自身後悔はしていなかった。
 これが最善だと本能で分かっていた。

「……どうする? 離婚する?」

 フルートの言葉に、ウラノスは慎重に口を開く。

「ま、待て……お前は何か勘違いをしている。別に僕は不倫をしていたんじゃない。体の関係なんてなかったんだ」

「誰もそんなこと言っていないでしょう。私はただ『お楽しみだったわね』と言っただけよ」

「あ……」

 フルートは心底呆れていた。
 自分の夫はこんなにも愚鈍で、弱々しい人間だったのだろうか。
 そう思った時、堪忍袋の緒が切れたようにウラノスが叫びをあげる。

「だ、だが証拠はないはずだ!!!」
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