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私は臆病者だ。
結局バースを断罪する勇気が出ず、浮気の事実は胸に留めることにした。
しかしそんな私を嘲笑うかのように、バースは堂々と浮気を繰り返すようになった。
自分の部屋に使用人やメイドを呼びつけ行為に及ぶことはもちろんのこと、時折外出して朝方に帰ってくることが増えた。
臆病者の私はバースを問い詰めることもせずに、秘かに探偵を雇った。
その結果、バースが家の中だけでなく、外でも他の女性と関係を結んでいることが発覚した。
証拠の写真を数枚探偵からもらったが、私はそれを引き出しの中に封じ込め、鍵をかけた。
きっとこの鍵を開けることはないだろうと、諦念を抱きながら。
そんな日々がしばらく続き、私はバースとろくに会話すらしなくなっていた。
結婚当初は毎日のように愛を囁きあい、離れている時間が辛かったが、今はそれの逆だった。
バースと話している時間が苦痛に感じられて、少しでも彼と離れていたかった。
彼も同じことを思っているようで、特に私に近づいてくることもなく、淡々と浮気に溢れた日々を過ごしているようだった。
これでいいのだと自分に言い聞かせた。
しかし心は腐ったリンゴのようにぼろぼろになっていて、死の香りが鼻をついた。
このままでは私は自殺をしてしまうかもしれない。
そう思った時、不思議と勇気が湧いてきた。
死ぬくらいなら、せめてバースを断罪しよう。
決意の炎が心に灯り、私は引き出しの鍵をあけた。
バースの浮気の写真を手にとると、足早に部屋を飛び出した。
「私です。プエルトリコです」
扉をノックしてそう言うと、程なくして不機嫌そうな声が飛んできた。
「入れ」
私が扉を開けるのと同時に、中にいた使用人が出て行った。
彼女の服は少しはだけていて、顔は高揚していた。
バースはソファに腰を下ろしていて、眉間にしわを寄せた顔を私に向けている。
「何の用だ」
剣で突き刺すような鋭い声だった。
私は思わず怯んでしまうが、すぐに言葉を返す。
「バース様。浮気していますよね?」
「……は?」
バースは少しだけ口角を上げた。
やっと気づいたか……とでも言いたげな顔だった。
体が高揚するのを感じながら、私は続きの言葉を放つ。
「証拠の写真もあります。わ、私と離婚してください! そして正当な額の慰謝料を請求します!」
しんと音が消えた。
バースは口をぽかんとあけて、私をじっと見つめていたが、やがて顔をほころばすと、大きな声で笑いだした。
「はははっ! 何を言い出すかと思えば、離婚だと? はははっ、これは傑作だな」
「な、何がおかしいのですか!」
必死にくらいつく私に、バースは平然とした声で言う。
「僕の浮気を断罪したいみたいだが、そんなことはできないよ。離婚も慰謝料もなしだ」
「そ、そんなこと許されません! 私には証拠の写真だってあるのですよ!」
ポケットから探偵に貰った写真を出した。
バースと浮気相手が映ったそれを見せつけるが、彼はふふっと笑い声を立てる。
「お前は何にも知らないんだな」
「……どういうことですか?」
バースの余裕たっぷりな態度が、私に嫌な予感を湧き立たせる。
背筋が急に寒くなり、気づいたら私は一歩後退していた。
バースが嬉しそうな目で私を見ると、ゆっくりと口を開いた。
「僕の浮気は容認されている」
……は?
「結婚時に交わされた契約により、僕には無制限の浮気が許されているんだ。これに対して慰謝料を請求することも、離婚を申し出ることもできない」
「何を言って……」
バースは呆れたように息をはく。
「自分の父親にでも確認してみるといい。もしそんな事実がなかったら、正当な額の十倍の慰謝料を払って離婚してやるよ」
にわかには信じられないが、バースの態度から考えると、本当なのかもしれない。
「す、すぐに戻ります」
私はそう言うと、実家に向かうべく、部屋を後にした。
結局バースを断罪する勇気が出ず、浮気の事実は胸に留めることにした。
しかしそんな私を嘲笑うかのように、バースは堂々と浮気を繰り返すようになった。
自分の部屋に使用人やメイドを呼びつけ行為に及ぶことはもちろんのこと、時折外出して朝方に帰ってくることが増えた。
臆病者の私はバースを問い詰めることもせずに、秘かに探偵を雇った。
その結果、バースが家の中だけでなく、外でも他の女性と関係を結んでいることが発覚した。
証拠の写真を数枚探偵からもらったが、私はそれを引き出しの中に封じ込め、鍵をかけた。
きっとこの鍵を開けることはないだろうと、諦念を抱きながら。
そんな日々がしばらく続き、私はバースとろくに会話すらしなくなっていた。
結婚当初は毎日のように愛を囁きあい、離れている時間が辛かったが、今はそれの逆だった。
バースと話している時間が苦痛に感じられて、少しでも彼と離れていたかった。
彼も同じことを思っているようで、特に私に近づいてくることもなく、淡々と浮気に溢れた日々を過ごしているようだった。
これでいいのだと自分に言い聞かせた。
しかし心は腐ったリンゴのようにぼろぼろになっていて、死の香りが鼻をついた。
このままでは私は自殺をしてしまうかもしれない。
そう思った時、不思議と勇気が湧いてきた。
死ぬくらいなら、せめてバースを断罪しよう。
決意の炎が心に灯り、私は引き出しの鍵をあけた。
バースの浮気の写真を手にとると、足早に部屋を飛び出した。
「私です。プエルトリコです」
扉をノックしてそう言うと、程なくして不機嫌そうな声が飛んできた。
「入れ」
私が扉を開けるのと同時に、中にいた使用人が出て行った。
彼女の服は少しはだけていて、顔は高揚していた。
バースはソファに腰を下ろしていて、眉間にしわを寄せた顔を私に向けている。
「何の用だ」
剣で突き刺すような鋭い声だった。
私は思わず怯んでしまうが、すぐに言葉を返す。
「バース様。浮気していますよね?」
「……は?」
バースは少しだけ口角を上げた。
やっと気づいたか……とでも言いたげな顔だった。
体が高揚するのを感じながら、私は続きの言葉を放つ。
「証拠の写真もあります。わ、私と離婚してください! そして正当な額の慰謝料を請求します!」
しんと音が消えた。
バースは口をぽかんとあけて、私をじっと見つめていたが、やがて顔をほころばすと、大きな声で笑いだした。
「はははっ! 何を言い出すかと思えば、離婚だと? はははっ、これは傑作だな」
「な、何がおかしいのですか!」
必死にくらいつく私に、バースは平然とした声で言う。
「僕の浮気を断罪したいみたいだが、そんなことはできないよ。離婚も慰謝料もなしだ」
「そ、そんなこと許されません! 私には証拠の写真だってあるのですよ!」
ポケットから探偵に貰った写真を出した。
バースと浮気相手が映ったそれを見せつけるが、彼はふふっと笑い声を立てる。
「お前は何にも知らないんだな」
「……どういうことですか?」
バースの余裕たっぷりな態度が、私に嫌な予感を湧き立たせる。
背筋が急に寒くなり、気づいたら私は一歩後退していた。
バースが嬉しそうな目で私を見ると、ゆっくりと口を開いた。
「僕の浮気は容認されている」
……は?
「結婚時に交わされた契約により、僕には無制限の浮気が許されているんだ。これに対して慰謝料を請求することも、離婚を申し出ることもできない」
「何を言って……」
バースは呆れたように息をはく。
「自分の父親にでも確認してみるといい。もしそんな事実がなかったら、正当な額の十倍の慰謝料を払って離婚してやるよ」
にわかには信じられないが、バースの態度から考えると、本当なのかもしれない。
「す、すぐに戻ります」
私はそう言うと、実家に向かうべく、部屋を後にした。
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