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馬車の窓から街の景色が流れていた。
その流れに誘われるように、俺は記憶の蓋を開けた。
……侯爵家の長男として生まれた俺は、何不自由のない生活をしていた。
勉強も剣術も得意で、芸術にも熱心に取り組み、成果を出した。
そんな俺が望めば、両親は何でも与えてくれた。
子供ながらに、俺は勝ち組だと確信していた。
友人も多く、毎日が楽しかった。
両親もいつも笑っていて、あの時は全てが上手く回っていた。
時が経ち、俺は十六歳になった。
貴族学園に入学を果たした俺は、そこで運命の出会いを果たした。
一目惚れだった。
同じクラスの彼女は、凛とした雰囲気と屈託のない笑顔を持っていた。
自然と周囲に人が集まっていて、まるで太陽のような存在だった。
俺は彼女に近づき、親しくなった。
そしてついに愛の告白をした。
緊張で、心臓が破れてしまうんじゃないかと思った。
「私でよければ」
彼女はぼそっと恥ずかしそうに言った。
天にも昇る気持ちになった俺は、思わず彼女を抱きしめていた。
こんなに幸せでいいのかと思うほどに、俺の人生は充実していた。
特に彼女と過ごす日々は、かけがえのない宝物のように思えて、彼女と人生を添い遂げたいと思っていた。
だが、学園の卒業間際、突然彼女は言った。
「ブッシュ様。私たち、別れましょう」
「……は?」
世界がぐらついた。
呼吸が荒くなり、今にも倒れそうだった。
「どうして? 何かあったのか?」
声が震えている。
彼女は俯いたまま、俺に言う。
「他に好きな人が出来ました。だからブッシュ様とはもう……」
「誰だそいつは……」
胸がナイフで刺されたように痛んだ。
その男がこの場にいたのなら、きっと殴り殺してしまうほどに怒りが湧いていた。
彼女は怯えたような声で答える。
「へ、平民の男性です……わ、私の初恋の人なのです……」
彼女は昔、泥棒に財布を盗まれた所をその男に助けられたという。
それでその男のことが好きになり、今まで秘かに思い続けていたらしい。
最近偶然に再開を果たし、既に男女の関係になっているみたいだった。
説明を聞き終えた俺は、拳を握りしめた。
「ふざけるなよ……お、俺を……ずっと騙していたのか……」
体の中で溶岩が煮えたぎっているようだった。
果てしない怒りが湧いてきて、全身に広がっていく。
「申し訳ありません……しかし、彼は、私の初恋の人なのです……だからどうか……」
「ふざけるな!!!」
気づいたら拳が出ていた。
彼女は「きゃっ」と悲鳴を上げ、その場に崩れ落ちる。
恐る恐る顔を見ると、鼻から血が出ていた。
「ど、どうか……お許しを……」
太陽のように輝いていた彼女は、もうここにはいない。
世界のどこにもいない。
「許すわけがないだろう」
もう何も分からなくなった。
ただ、目の前の女を殴っていた。
彼女は泣き叫び、懺悔を口にしたが、俺は手を止めなかった。
やがて拳に痛みを感じた所で、俺は意識を取り戻した。
彼女は死んだように床に倒れていた。
顔は大きく腫れあがり、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。
意識はあるみたいだが、立ち上がる元気はないみたいだった。
「もういい。勝手にしろ」
俺は力なく呟いた。
途端に足の力もぬけて、その場に崩れ落ちた。
ただただ熱い涙が流れていた。
……俺は目を閉じると、記憶に蓋をした。
時折思いだす最悪の記憶は、今でも俺を苦しめている。
再び目を開けた時には馬車は停まっていた。
目的地についたらしい。
俺が馬車を降りると、メイドが立っていた。
俺に向かって丁寧にお辞儀をした。
「マドレーヌはどこにいる?」
ここは彼女の実家だった。
その流れに誘われるように、俺は記憶の蓋を開けた。
……侯爵家の長男として生まれた俺は、何不自由のない生活をしていた。
勉強も剣術も得意で、芸術にも熱心に取り組み、成果を出した。
そんな俺が望めば、両親は何でも与えてくれた。
子供ながらに、俺は勝ち組だと確信していた。
友人も多く、毎日が楽しかった。
両親もいつも笑っていて、あの時は全てが上手く回っていた。
時が経ち、俺は十六歳になった。
貴族学園に入学を果たした俺は、そこで運命の出会いを果たした。
一目惚れだった。
同じクラスの彼女は、凛とした雰囲気と屈託のない笑顔を持っていた。
自然と周囲に人が集まっていて、まるで太陽のような存在だった。
俺は彼女に近づき、親しくなった。
そしてついに愛の告白をした。
緊張で、心臓が破れてしまうんじゃないかと思った。
「私でよければ」
彼女はぼそっと恥ずかしそうに言った。
天にも昇る気持ちになった俺は、思わず彼女を抱きしめていた。
こんなに幸せでいいのかと思うほどに、俺の人生は充実していた。
特に彼女と過ごす日々は、かけがえのない宝物のように思えて、彼女と人生を添い遂げたいと思っていた。
だが、学園の卒業間際、突然彼女は言った。
「ブッシュ様。私たち、別れましょう」
「……は?」
世界がぐらついた。
呼吸が荒くなり、今にも倒れそうだった。
「どうして? 何かあったのか?」
声が震えている。
彼女は俯いたまま、俺に言う。
「他に好きな人が出来ました。だからブッシュ様とはもう……」
「誰だそいつは……」
胸がナイフで刺されたように痛んだ。
その男がこの場にいたのなら、きっと殴り殺してしまうほどに怒りが湧いていた。
彼女は怯えたような声で答える。
「へ、平民の男性です……わ、私の初恋の人なのです……」
彼女は昔、泥棒に財布を盗まれた所をその男に助けられたという。
それでその男のことが好きになり、今まで秘かに思い続けていたらしい。
最近偶然に再開を果たし、既に男女の関係になっているみたいだった。
説明を聞き終えた俺は、拳を握りしめた。
「ふざけるなよ……お、俺を……ずっと騙していたのか……」
体の中で溶岩が煮えたぎっているようだった。
果てしない怒りが湧いてきて、全身に広がっていく。
「申し訳ありません……しかし、彼は、私の初恋の人なのです……だからどうか……」
「ふざけるな!!!」
気づいたら拳が出ていた。
彼女は「きゃっ」と悲鳴を上げ、その場に崩れ落ちる。
恐る恐る顔を見ると、鼻から血が出ていた。
「ど、どうか……お許しを……」
太陽のように輝いていた彼女は、もうここにはいない。
世界のどこにもいない。
「許すわけがないだろう」
もう何も分からなくなった。
ただ、目の前の女を殴っていた。
彼女は泣き叫び、懺悔を口にしたが、俺は手を止めなかった。
やがて拳に痛みを感じた所で、俺は意識を取り戻した。
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顔は大きく腫れあがり、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。
意識はあるみたいだが、立ち上がる元気はないみたいだった。
「もういい。勝手にしろ」
俺は力なく呟いた。
途端に足の力もぬけて、その場に崩れ落ちた。
ただただ熱い涙が流れていた。
……俺は目を閉じると、記憶に蓋をした。
時折思いだす最悪の記憶は、今でも俺を苦しめている。
再び目を開けた時には馬車は停まっていた。
目的地についたらしい。
俺が馬車を降りると、メイドが立っていた。
俺に向かって丁寧にお辞儀をした。
「マドレーヌはどこにいる?」
ここは彼女の実家だった。
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