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 ワルツとは既に離婚して、慰謝料も払い終えていた。
 だから中庭で幼馴染のジークと話していた私は、彼が再び私の元へ現れたのを見て、不機嫌しか感じなかった。
 
「今更、何をしに来たのですか?」

 うんざりした低い声でそう言うと、彼は怒ったように顔を歪めた。

「誰だその男は!!!」

「別に誰でも構いませんよね。私たちは既に離婚しているのですし」

「ふざけるな! こんなはずはない! お前は、一人で……な、泣いているはずだろう!」

 どうやらワルツは現実と妄想の区別がつかなくなっているみたいだ。
 離婚を告げられて喜ぶことはあっても、涙を流すことなんてありえない。
 ワルツはジークに敵意の籠った目を向けた。

「貴様、僕のアリアに何をした……」

 事の元凶がジークにあると思ったらしいが、生憎これは私の意志。
 ジークは金色の髪をふわりと揺らし、動揺の浮かんだ目で私に顔を向けた。

「アリア。どうしようか。もう僕達のことを話した方が……」

「だけど、そんなことしたら暴れ回るんじゃないかしら」

 こそこそ私たちが話していると、ワルツが案の定叫んだ。

「何を話している!」

 彼は一歩私たちに近づくと、言葉を続ける。

「アリア。もう一度僕と結婚しよう。こんな優男は捨てて、僕と熱い日々を過ごそうじゃないか」

「お断りします。それに、あなたにはカノンさんがいたではないですか」

 途端にワルツの顔が曇り始める。
 まるで自分がしたイタズラを隠している子供のような顔つきだ。

「カノンは……消えた」

 ぼそりと、聞こえるか聞こえない怪しい程度の音量でワルツは言った。
 私は眉間にしわを寄せる。

「消えた? 別れたのですか?」

「いや、というより、消えたんだ。あいつは多分、詐欺師だった。僕の金や金目の物と共に姿を消した。おそらくこの街にはもういないだろう」

 それを聞いて、私は納得した。
 カノンと結ばれて幸せなはずのワルツがどうしてここに来たのかと疑問に思っていたが、妻という体裁のための道具探しが理由だったのだ。

「それは残念でしたね。しかしだからといって、あなたの妻になることは一生ありません。諦めてお引き取りください」

 ジークとの関係は伏せておく。 
 今のワルツを逆上させては、何をするのか分からないから。
 と、その時ワルツの背後から数人の兵士がかけつけた。
 今までの彼の大声を聞いて、何かあったと思ったらしい。
 ワルツは兵士を見やりながら、拗ねたように言う。

「アリア。あんなに僕達は愛し合ったじゃないか。思い出してくれよ」

 そんな記憶は一切ない。 
 なるべく怒らせないように慎重に言葉を選ぶつもりが、つい本音が出てしまう。

「愛し合ってはいませんでしたよね? ワルツ様は毎日のように遊び歩いて、平気で浮気もしておりました。現に私に離婚を告げた時、カノンと関係を持っていたのでしょう?」

「そ、それは……」

「そのような不純な方と再び婚姻関係になることはありません。普通に考えて分かりますよね?」

 一言余計だったらしい。
 ワルツの顔が怒りに染まり、鬼の顔のように赤くなる。
 
「調子に乗るなよ! 伯爵令嬢の分際で公爵家の僕に文句を垂れるな! いいか! お前は僕の妻になる運命なんだ! 妻にならないなら殺してやる!」

 私は呆れたように淡々と言葉を返す。

「妻になるつもりはありません」

「くっ!」

 ワルツが歯ぎしりをして拳に力を込めた。
 そして地面を蹴り、私に殴りかかってくる。
 しかしジークが咄嗟に椅子から立ち上がると、ワルツの足に自分の足を引っかけて、地面に転ばした。
 ジークは即座に兵士を見て「捕らえろ!」と叫ぶ。
 一拍おくれて兵士が動き出し、ジークを上から押さえつける。

「離せ! 僕は公爵家だぞ! こんなことしてタダで済むと思うなよ!」

 ジークは埃を払うように手をパンパンと叩くと、私に困ったような顔を向けた。

「アリア、どうする?」

 私は顎に手を当てる。

「とりあえず、地下牢へ入れておきましょう」
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