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冬に湖に張った氷のような冷たい言葉に、周囲から私への同情の視線と、嘲笑が向けられた。
私のその群衆監視の中、あっさりと口を開く。
「では、離婚ということでよろしいですね?」
「……え?」
壇上のワルツの顔がぱっと曇り、動揺したように早口に言う。
「僕の言葉が理解できていないようだな。僕は離婚と言ったんだ」
「もちろん分かっていますよ。私は別に離婚で構いません。何をそんなに焦っているのですか?」
ワルツの心中は理解するのに容易い。
離婚を宣言すれば私が泣き叫ぶと思っていたのだろう。
しかし生憎、私はそんな醜態は晒さずに、淡々と離婚を承諾した。
彼は悔しそうに歯ぎしりをした後、先ほどのピンクの髪の女性へと顔を向ける。
「カノン! こっちへ来い!」
カノンは甘ったるい声で「はぁい」と返事をすると、のろのろした動きで壇上へと上がった。
ワルツは近づいてきたカノンの肩を、私に見せつけるように抱いた。
「彼女は男爵令嬢のカノン。お前よりも数倍は魅力的な女性だ。彼女を新しい妻にする」
まるで子供が自分の宝物を自慢する時のように、誇らしげに言うワルツ。
カノンもそんな彼に賛同するように、憎たらしい笑みを浮かべた。
しかし私はそれでも、先ほどのようにあっさりと口を開く。
「分かりました。どうぞ末永くお幸せに」
私の態度が予想外だったらしく、またもワルツは顔を歪めた。
権威ある公爵家の面影はそこにはなく、思い通りにいかないと不機嫌になる子供みたいな態度を取るのだなと、内心私は呆れてしまう。
二年前に縁談が決まった時は、少なくともこんな感じではなかった。
もう少し、公爵家という自覚を持った、洗練された大人の男性だったはずだ。
一体いつからこんな体たらくになってしまったのか、いや、元からこれが本性だったのかもしれない。
「アリア。強がりはよせ」
ワルツの声はとうとう震えだした。
「き、貴様みたいな薄情な女とは即刻離婚して慰謝料も請求してやる! いいな!」
「ええ、先ほどから何回も申し上げている通り、それでよろしいですよ。決まりですね」
「くそっ」
イラついた様子のワルツは、足で床を叩いた。
彼をなだめるように、カノンが甘い声を出す。
「ワルツ様。あんな女のことはもうどうでもいいじゃありませんか。真実の愛で結ばれた私たちがやっと一緒になれるのですから」
ワルツは彼女へ顔を向けると、「そうだな」と呟く。
そして私に顔を向けると、ひと睨みする。
「一週間後までに家を出ていけ」
「かしこまりました」
私は頷くと、踵を返す。
しかしワルツの妙に楽しそうな声が背中に飛んでくる。
「アリア。お前のことは愛していない。一度もな」
次いで飛んできたのは、ワルツとカノンの嘲笑。
馬鹿にされていることは十二分に分かったが、私はそれでも構わなかった。
だって、愛していないのは私もだから。
淡々と歩を進める私に、周囲の貴族達は哀れみの目を向けていた。
小声で近くの人と話し、嘲笑を浮かべる者もいた。
私はその中をしっかりとした足取りで歩き去る。
会場の外に出ると、息をはいた。
安心したような、やっと解放されたような、清々しい息。
明らかに私は舞い上がっていた。
「やっとこの時が来たね、ジーク」
それは幼馴染の名前。
心の底から愛を捧げた、最愛の人の名前。
私のその群衆監視の中、あっさりと口を開く。
「では、離婚ということでよろしいですね?」
「……え?」
壇上のワルツの顔がぱっと曇り、動揺したように早口に言う。
「僕の言葉が理解できていないようだな。僕は離婚と言ったんだ」
「もちろん分かっていますよ。私は別に離婚で構いません。何をそんなに焦っているのですか?」
ワルツの心中は理解するのに容易い。
離婚を宣言すれば私が泣き叫ぶと思っていたのだろう。
しかし生憎、私はそんな醜態は晒さずに、淡々と離婚を承諾した。
彼は悔しそうに歯ぎしりをした後、先ほどのピンクの髪の女性へと顔を向ける。
「カノン! こっちへ来い!」
カノンは甘ったるい声で「はぁい」と返事をすると、のろのろした動きで壇上へと上がった。
ワルツは近づいてきたカノンの肩を、私に見せつけるように抱いた。
「彼女は男爵令嬢のカノン。お前よりも数倍は魅力的な女性だ。彼女を新しい妻にする」
まるで子供が自分の宝物を自慢する時のように、誇らしげに言うワルツ。
カノンもそんな彼に賛同するように、憎たらしい笑みを浮かべた。
しかし私はそれでも、先ほどのようにあっさりと口を開く。
「分かりました。どうぞ末永くお幸せに」
私の態度が予想外だったらしく、またもワルツは顔を歪めた。
権威ある公爵家の面影はそこにはなく、思い通りにいかないと不機嫌になる子供みたいな態度を取るのだなと、内心私は呆れてしまう。
二年前に縁談が決まった時は、少なくともこんな感じではなかった。
もう少し、公爵家という自覚を持った、洗練された大人の男性だったはずだ。
一体いつからこんな体たらくになってしまったのか、いや、元からこれが本性だったのかもしれない。
「アリア。強がりはよせ」
ワルツの声はとうとう震えだした。
「き、貴様みたいな薄情な女とは即刻離婚して慰謝料も請求してやる! いいな!」
「ええ、先ほどから何回も申し上げている通り、それでよろしいですよ。決まりですね」
「くそっ」
イラついた様子のワルツは、足で床を叩いた。
彼をなだめるように、カノンが甘い声を出す。
「ワルツ様。あんな女のことはもうどうでもいいじゃありませんか。真実の愛で結ばれた私たちがやっと一緒になれるのですから」
ワルツは彼女へ顔を向けると、「そうだな」と呟く。
そして私に顔を向けると、ひと睨みする。
「一週間後までに家を出ていけ」
「かしこまりました」
私は頷くと、踵を返す。
しかしワルツの妙に楽しそうな声が背中に飛んでくる。
「アリア。お前のことは愛していない。一度もな」
次いで飛んできたのは、ワルツとカノンの嘲笑。
馬鹿にされていることは十二分に分かったが、私はそれでも構わなかった。
だって、愛していないのは私もだから。
淡々と歩を進める私に、周囲の貴族達は哀れみの目を向けていた。
小声で近くの人と話し、嘲笑を浮かべる者もいた。
私はその中をしっかりとした足取りで歩き去る。
会場の外に出ると、息をはいた。
安心したような、やっと解放されたような、清々しい息。
明らかに私は舞い上がっていた。
「やっとこの時が来たね、ジーク」
それは幼馴染の名前。
心の底から愛を捧げた、最愛の人の名前。
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