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 物心ついた時には、私はお姉様のことが嫌いだった。
 お父様とお母様の期待を一身に背負って笑う、あの姿を見ているだけで、気分が悪くなった。

「リリアナ。お前に服を買ってきたんだ。ほら、こういうヒラヒラしたの好きだろ?」

 ありがとうございます、お父様。

「まあよく似合っているわリリアナ。あなたならきっと素敵なお嫁さんになれるわね」

 ありがとうございます、お母様。

 私はあと何回、この嘘の笑顔を浮かべればいいのだろう。
 長女としてこの家に生まれた姉は、両親の意志とは関係なく、自分の道を自分で決める人だった。
 しかし私には、相応しい旦那様と結婚するというレールが既に敷かれていた。
 なので、父は私に剣術や武術を教えることはなかったし、可愛いものや美しいものを買い与え、立派なレディーになれと言われた。

 それが私の幸せになるのだからと。

 子供ながらに私はたくさん考えた。
 自分の幸せとは何なのか。
 何が私を幸せにしてくれるのか。

 しかしはっきりとした答えは出て来なくて、イライラが募るばかり。

 そんな時に、気持ち良い顔で稽古をする姉を見ていたら、嫌悪の感情を抱くは当然だった。
 私には発見できなかった幸せを、既に見つけている気がして、焦りと悔しさが込み上げる。

 それに加えて姉は優秀な人間だった。
 剣術や武術は既に大人と互角の腕前で、稽古の合間にしている勉強でも良い成績を治めていた。
 反対に私は何をやっても長続きはせず、誇れるほどの特技など身につくこともなかった。

 十歳の時、そんな姉の姿に嫌気が差して、石を投げつけた。
 姉は私を疑うように見ていたけれど、泣く様子も一切なく、飄々としていた。
 内心煮えくり返る思いで、私は拳を握りしめた。

 ……その日から私は稽古と称して、姉に嫌がらせをするようになった。
 石を投げたり、水をかけたり、物を隠したり……数えきれない嫌がらせを姉にした。
 しかし四年経っても姉は泣くどころか、上手く私をあしらうようになっていて、嫌がらせが不発に終わる時も少なくなかった。

 何とかして姉を私の所まで堕落させたかった。
 
 もう手段を選んではいられなかった。
 十六歳になった姉はメビウスという公爵令息との縁談が決まってしまい、このままでは私の手の届かない所に行ってしまうと思った。

「ねえ、リリアナ。どうしたの? 何があったの?」

 私は姉を階段近くに呼び出した。
 切迫した顔で部屋を訪れたら、すぐに姉はついてきた。
 本当に家族想いで、馬鹿で、お人よしの姉だ。

「実は……お父様から貰ったイヤリングを階段に落としてしまったみたいで……一緒に探してくれませんか? 誰にもバレたくないんです……こんなこと頼めるのはお姉様しかいなくて……」

「分かった」

 姉はすぐに頷いた。
 勉強が出来るのに、この人はどこまで馬鹿なんだろうと、私は心の中で呟いた。
 今までずっと疎んで、嫌がらせをした私の言葉を真に受けて、手を貸すなんて。
 
「ありがとうございます。お姉様」

 やっと本心から誰かにお礼を言うことができる。
 階段に目を落とし一歩下ろうとした姉の背中を、私は思い切り押した。

「……え?」

 姉は短くそう言うと、視界の下に消えていった。
 私は恐る恐る下を見て、嬉々とした表情を浮かべた。
 そこには見るも無残な姉の姿があった。

「自業自得ですよ、お姉様」
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