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さすが公爵家の屋敷。
そう言いたくなるほどに、レオンの家は豪華だった。
敷地面積も、使える人間の数も、ゆうに私の家の二倍はあって、財力の差を痛感させられる。
「さあ、こっちだよ」
レオン自らが案内人となり、私を先導していく。
遅れないようについていくが、見慣れない公爵家の様相に、私の視線は四方八方に揺れ動いていた。
長い廊下を何回か曲がり、ある扉の前でレオンは止まった。
木で出来た古めかしい扉だが、歴史に名を遺す偉大な貴族が使っているような高級感がある。
「ここが我が家の音楽室さ。ピアノの他にも、色々な楽器を置いているんだ」
レオンは前置きをすると、扉を開けた。
瞬間、部屋の中央に置かれた黒い塊に、私の意識は集中した。
気づいたら走り出していた。
レオンの横を通り抜け、草原を駆けるように、軽やかに足を動かす。
ピアノに抱き着くように駆け寄ると、私はそっと手を触れた。
「喜んでもらえたようだね」
背後からレオンの声がした。
私は我に返り、慌てて振り向いた。
「勝手な真似をしてしまい、申し訳ございませんでした」
「いや、気にしないでくれ。それだけそのピアノが大事だったんだろう? むしろ僕は嬉しいよ。君が温かい心を持っている人で」
「レオン様……お気遣い感謝いたします」
「それより、ピアノを弾いてみてくれないか? さっきから指がうずうずしているみたいだし」
レオンはそう言うと、私の指に視線を落とした。
確かにさきほどから指がピクピクと動いていた。
私は抑えきれない思いを胸に、コクリと頷いた。
椅子に座り、鍵盤に触れた。
冷たいがどこか温かい鍵盤。
まだここには、両親の面影が残っていたようだ。
「では、いきます」
私は指を鍵盤に沈めて、演奏を開始した。
一週間ほど弾いていなかったので、最初は満足のいく指運びはできなかった。
しかし徐々に感覚を取り戻すように、私の指はどんどん軽くなっていく。
それと同時に、私の意識は現実世界から消えていった。
雲の上に私は立っていた。
空には数多の星が輝いていて、精霊が躍っていた。
向こうで両親が手を振っている。
私はゆっくりと歩を進めた。
雲は大小さまざまで、色も皆違っていた。
時折雲の隙間に足を突っ込み、下に落ちそうになるが、精霊が助けてくれた。
私は何とか両親の前まで辿り着くと、少女のような笑みを浮かべた。
そんな私を二人はそっと抱きしめてくれた。
……最後の音を弾き終えた時、私は涙を流していた。
急に意識が現実に引き戻されて、なぜ自分がこんなにも泣いているのかと困惑する。
「見事な演奏だったよ。ありがとうフィオナ」
レオンは拍手を数回した。
私は慌てて涙を拭くと、彼を見上げた。
「本当にありがとうございました。もう二度と会えないと思っていましたから」
「いや、こちらこそ。君の素晴らしい演奏を生で聞けて本当に嬉しいよ。できればもう少し何か弾いてくれないかい?」
「いいのですか?」
願ってもみない提案だった。
エドガーに怒られるだろうことなどすっかり忘れ、私は目を大きく見開いた。
レオンはふっと笑うと、頷いた。
「好きなだけ弾いてくれ」
そう言いたくなるほどに、レオンの家は豪華だった。
敷地面積も、使える人間の数も、ゆうに私の家の二倍はあって、財力の差を痛感させられる。
「さあ、こっちだよ」
レオン自らが案内人となり、私を先導していく。
遅れないようについていくが、見慣れない公爵家の様相に、私の視線は四方八方に揺れ動いていた。
長い廊下を何回か曲がり、ある扉の前でレオンは止まった。
木で出来た古めかしい扉だが、歴史に名を遺す偉大な貴族が使っているような高級感がある。
「ここが我が家の音楽室さ。ピアノの他にも、色々な楽器を置いているんだ」
レオンは前置きをすると、扉を開けた。
瞬間、部屋の中央に置かれた黒い塊に、私の意識は集中した。
気づいたら走り出していた。
レオンの横を通り抜け、草原を駆けるように、軽やかに足を動かす。
ピアノに抱き着くように駆け寄ると、私はそっと手を触れた。
「喜んでもらえたようだね」
背後からレオンの声がした。
私は我に返り、慌てて振り向いた。
「勝手な真似をしてしまい、申し訳ございませんでした」
「いや、気にしないでくれ。それだけそのピアノが大事だったんだろう? むしろ僕は嬉しいよ。君が温かい心を持っている人で」
「レオン様……お気遣い感謝いたします」
「それより、ピアノを弾いてみてくれないか? さっきから指がうずうずしているみたいだし」
レオンはそう言うと、私の指に視線を落とした。
確かにさきほどから指がピクピクと動いていた。
私は抑えきれない思いを胸に、コクリと頷いた。
椅子に座り、鍵盤に触れた。
冷たいがどこか温かい鍵盤。
まだここには、両親の面影が残っていたようだ。
「では、いきます」
私は指を鍵盤に沈めて、演奏を開始した。
一週間ほど弾いていなかったので、最初は満足のいく指運びはできなかった。
しかし徐々に感覚を取り戻すように、私の指はどんどん軽くなっていく。
それと同時に、私の意識は現実世界から消えていった。
雲の上に私は立っていた。
空には数多の星が輝いていて、精霊が躍っていた。
向こうで両親が手を振っている。
私はゆっくりと歩を進めた。
雲は大小さまざまで、色も皆違っていた。
時折雲の隙間に足を突っ込み、下に落ちそうになるが、精霊が助けてくれた。
私は何とか両親の前まで辿り着くと、少女のような笑みを浮かべた。
そんな私を二人はそっと抱きしめてくれた。
……最後の音を弾き終えた時、私は涙を流していた。
急に意識が現実に引き戻されて、なぜ自分がこんなにも泣いているのかと困惑する。
「見事な演奏だったよ。ありがとうフィオナ」
レオンは拍手を数回した。
私は慌てて涙を拭くと、彼を見上げた。
「本当にありがとうございました。もう二度と会えないと思っていましたから」
「いや、こちらこそ。君の素晴らしい演奏を生で聞けて本当に嬉しいよ。できればもう少し何か弾いてくれないかい?」
「いいのですか?」
願ってもみない提案だった。
エドガーに怒られるだろうことなどすっかり忘れ、私は目を大きく見開いた。
レオンはふっと笑うと、頷いた。
「好きなだけ弾いてくれ」
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