上 下
5 / 8

しおりを挟む
 エリーとの婚約が決まった時、僕は絶望した。
 両親から見せられた彼女のプロフィールは、平々凡々な女性と何ら変わりはなく、彼女の容姿も別段優れているわけではない。
 一体なんでこんな女と婚約しなくてはいけないのか疑問だった。

 不服そうな顔をしたのに父は気づいたのか、怒ったように言った。

「なんだフィル。文句があるのか?」

「あ、いえ……そういうわけでは……しかし、お父様がなぜ彼女を選んだのか気になりまして……」

 僕の両親は厳しい人だった。
 公爵家の名に恥じない息子に育てるために、僕には友達を作る暇すら与えられなかった。
 父は僕を睨むようにみると、ゆっくりと言った。

「彼女の両親とは古い付き合いでな……彼らの娘ならばお前の妻として不足はないと思った」

「しかし、このエリーという令嬢は特に何かに秀でているわけでもありませんし……」

「確かにそうだ。だが、夫婦になるというのは、そんなに単純な話ではないのだ。お前にもいつか分かるよ」

 父の隣で母がニコッと笑った。
 その有無を言わせない笑みが昔から大嫌いだった。
 結局僕は、この縁談を受け入れるしか選択肢はなかった。

「分かりました」

 ……僕は思っていた通り、エリーは本当につまらない女だった。
 美しいわけでもないので連れて歩くだけで恥ずかしいし、毎日うざったいくらいに僕の家を訪ねてくる。
 僕のことが心配だの愛しているだの自分勝手なことを言って、僕の大切な時間を奪っていく。

 エリーが妻になる未来が嫌で嫌で仕方がなかった。
 そんな時、僕は街でレベッカと出会った。
 噴水の前に佇む彼女は、まるで天使のような美しさを放っていた。
 僕よりもブサイクで位の低そうな貴族二人に絡まれていて、僕は反射的に彼女を助けていた。

 二人組は僕が公爵令息だと知ると、真っ青になって去っていった。
 僕はレベッカに微笑みかける。

「大丈夫だったかい?」

「は、はい……助けていただいてありがとうございました……」

 服は所々汚れていたが、上等な繊維で作られていた。
 礼儀作法をわきまえているようで、頭の下げ方がエリーの百倍美しい。
 
「もしよかったら、僕の恋人になりませんか?」

 考えるよりも先に口が開いていた。
 彼女は驚いたように目を見開いたが、すぐに嬉しそうに微笑んだ。
 こうしてレベッカは僕の浮気相手になった。

 よくよく話を聞いてみると、彼女は幼馴染の女と一緒に隣国から逃げてきたらしい。
 幼馴染の女は大して綺麗でもなかったので、家の侍女として雇うことにした。
 
 そして僕は日を追うごとにレベッカにのめりこみ、彼女こそ自分の妻に相応しいと考えるようになった。

 エリーに婚約破棄を告げ、勢い余って谷に突き落とした時も、後悔はなかった。
 あの一件は事故として処理され、僕は悲しみに暮れるフリをした。
 婚約者の痛ましい死に、皆が同情してくれた。

 それから半年がたち、レベッカが正式に妻になった。
 全ては上手く進んでいた。
 僕は最愛の人との幸せを手に入れたのだ。

 しかしレベッカと夫婦となってちょうど一年。
 彼女に僕は応接間に呼び出された。
 そこにはレベッカと彼女の侍女の女がいた。

「レベッカ。それで、話ってなんだい?」

 二人が座るソファの向かいに僕は座った。
 レベッカはどこかいつもとは違う冷たい瞳を僕に向けていた。

「フィル様。私と離婚してください」

「……は?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

離婚して、公爵夫人になりました。

杉本凪咲
恋愛
夫の浮気を発見した私は彼を問い詰める。 だが、浮気を認めた夫は、子供の親権だけは譲らないと私に叫んだ。 権力を盾に脅され、渋々条件をのむ私。 失意の中実家に帰るが、公爵家から縁談が舞い込んできて……

愛のない政略結婚でしたので

杉本凪咲
恋愛
政略結婚から始まった夫婦生活。 しかしそれは思っていたよりも残酷で……

【短編完結】婚約破棄なら私の呪いを解いてからにしてください

未知香
恋愛
婚約破棄を告げられたミレーナは、冷静にそれを受け入れた。 「ただ、正式な婚約破棄は呪いを解いてからにしてもらえますか」 婚約破棄から始まる自由と新たな恋の予感を手に入れる話。 全4話で短いお話です!

離婚を宣言されました

杉本凪咲
恋愛
突然巡ってきた公爵家との結婚。 彼と人生を添い遂げようと決意した私だが、五年後離婚を宣言されてしまう。 しかしそれには裏があり……

夫が妊娠させたのはメイドでした

杉本凪咲
恋愛
他人に上手く馴染めない私はいつも失敗ばかりを繰り返していた。 それは結婚でも同様らしく、彼は私ではない女性を妊娠させて……

貴方もヒロインのところに行くのね? [完]

風龍佳乃
恋愛
元気で活発だったマデリーンは アカデミーに入学すると生活が一変し てしまった 友人となったサブリナはマデリーンと 仲良くなった男性を次々と奪っていき そしてマデリーンに愛を告白した バーレンまでもがサブリナと一緒に居た マデリーンは過去に決別して 隣国へと旅立ち新しい生活を送る。 そして帰国したマデリーンは 目を引く美しい蝶になっていた

夫には愛人がいたようです

杉本凪咲
恋愛
結婚して三年が経過して、夫の愛人が家を訪ねてくる。 彼女は、自分こそが夫の運命の相手だと言い始めて……

【完結】地味と連呼された侯爵令嬢は、華麗に王太子をざまぁする。

佐倉穂波
恋愛
 夜会の最中、フレアは婚約者の王太子ダニエルに婚約破棄を言い渡された。さらに「地味」と連呼された上に、殺人未遂を犯したと断罪されてしまう。  しかし彼女は動じない。  何故なら彼女は── *どうしようもない愚かな男を書きたい欲求に駆られて書いたお話です。

処理中です...