選ばれたのは美人の親友

杉本凪咲

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「どうして……?」

 どうか間違いであって欲しい。
 しかし、レベッカは嬉しそうな横目を私に向けた後、ルドガーの頬にそっとキスをした。
 
「ルドガー様。エルが来てしまいました」

「ああ……本当に間の悪いやつだ。全く……」

 なにこれ。
 心がズキリと痛み、黒い感情が渦巻く。
 ルドガーは名残惜しそうにレベッカから体を離すと、私に不気味な笑みを向ける。

「エル。君と結婚して本当に良かったよ。こうしてレベッカと出会えたのだから」

「ふふ、そうですね。ありがとうエル」

 レベッカも一緒になって私に言う。
 堪らず私は声を荒げた。

「どういうことなのレベッカ! な、何でルドガー様と……」

「あら、頭の良いあなたでも分からないのぉ?」

 馬鹿にするようなレベッカの声。 
 初めて聞く、悪意に満ちた声だった。

「ずっと私たちは愛し合っていたの。三か月くらい前から……」

「は?」

 今度はルドガーが口を開く。

「お前は良き妻になるために必死で気が付かなかったみたいだが、僕はレベッカと不倫をしていた。こんな美人、放っておいてはもったいない」

「……っ!」

 怒りで頭が爆発してしまいそうだった。
 私は夫だけでなく、親友にまで裏切られたのだ。
 しかも二人は関係を持っていた。

「レベッカ! 私のこと、励ましてくれたんじゃなかったのね」

「ああ、あれね……笑いを堪えるのに必死だったわ。ふふっ」

「レベッカ……」

 私は拳を強く握る。
 と、両目から熱い涙がふいに流れた。
 それを見て、レベッカの顔が更に嬉々とする。

「あら、泣いちゃった……ごめんねぇ。エル」

 悔しさと怒りが込み上げたが、すぐに悲しみがそれを覆った。
 
「私たち親友じゃなかったの……? 今までどんな気持ちで私と一緒にいたの……?」

「親友? 笑わせないでよ。私は一度もあなたのことを親友だとは思ったことはないわ。ただの引き立て役としか思わなかったもの」

「酷い……そんな……」

 足の力が抜けて、私はその場に崩れ落ちる。
 「どうして!」と何度も床に叫ぶが、返ってくるのは嘲笑だけ。
 ルドガーがおもむろに近づき、私の前にしゃがんだ。

「それで、離婚届けは持って来たんだろうな?」
 
 私は歯ぎしりをすると、鞄の中から離婚届けを取り出す。
 彼はそれをひったくると、足早にレベッカの所に戻る。

「じゃあもう消えてくれ。ちゃんと慰謝料は払ってやるから、顔は見せるなよ」

 続いてレベッカが言う。

「じゃあねエル。またお茶会でもしましょ!」

 お茶会などするわけがない。 
 怒りと屈辱、更には悲しみと絶望。 
 様々な感情が入り交ざり、酷い頭痛に襲われる。
 私はふらついた足取りで立ち上がると、ルドガーに顔を向ける。
 しかし言葉が出て来ず、無残にも踵を返した。

 部屋を出ると、激しい雨の音がした。
 馬車に乗らずに、歩いて家に帰りたい気分だった。

 ……それから一か月。
 私は部屋に閉じこもり、ひたすら泣く日々を過ごした。
 あの一件で心は完全に壊れてしまい、夜も眠れない日々が続いていた。
 鏡で自分の顔を見てみると、目の下に酷いくまがあり、お世辞にも女性らしいとはいえない。
 これではまるで、化け物みたいだ。

 肩まで伸びた白い髪、平々凡々な顔面、果てには体調不良が加わり、最悪のコンデションとなっている。
 いつになったら私はこの地獄から抜け出せるのだろうか。
 夫と親友に裏切られた悲しみは、この先の未来に永遠に続いている気がした。
 
 と、部屋の扉がノックされる。
 次いで聞こえてきたのは、父の声。

「エル。お前に話がある。開けていいか?」

 私がルドガーと離婚してから、腫れ物に触れるような口調を私に向けていた。 
 まるで、私を刺激したら、暴れるのが分かっているのかのように。

「はい」

 自分でも虚ろな声だと本当に思うが、仕方ない。
 扉がゆっくりと開き、父が姿を現す。
 どこか嬉しそうな表情が、私の顔を見た瞬間に、心配の色を帯びる。

「……大丈夫か?」

「はい……話とは何でしょう」

 大丈夫なはずはないが、本音をぶちまけることはしない。 
 レベッカのように裏切られたら恐いから。
 父は少しためらった後、ゆっくりと口を開いた。

「お前に縁談が来ている。公爵家のアベル様直々に」
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