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産まれた時から私は可愛かったらしい。
両親の寵愛を一身に受けて、望めば全てが手に入る環境で私は育った。
「ペトリ。お前は王子と結婚して王妃となりなさい」
「いいえ、ペトリは王女にも慣れる存在だわ。機会があれば国王様に直訴しましょう」
どこまで本気なのかは分からなかったが、両親はよくそう言っていた。
年齢を重ねるにつれて、私は、自分がどれだけ価値のある人間なのかを理解できるようになった。
周囲の目を引くピンク色の髪に、可愛らしい容姿。
性格も優しく、明るく社交的。
人間の良い所を全部詰め込んだ私が、好かれない理由なんてなかった。
私には二つ年上の姉がいたが、彼女は平々凡々な女性だった。
美しさも知性の欠片もなく、ただ生きているだけの魅力のない女性。
私は姉を避け、時に嘲笑し、日々を過ごしていた。
時が経ち、貴族学園に入学を果たした。
入学初日から私は、自分でも分かる程に目立っていた。
他のクラスの男子生徒が私を一目見ようと、廊下によく集まっていた。
その中には女子生徒もいて、まるで自分が学園の顔になったかのような、優越感を覚えた。
だが、私の心にはいつも物足りなさが存在していた。
こんなに周囲から好かれているのに、ふいに寂しさが込み上げる時があった。
皆が好きなのは私の容姿で、中身ではないのではないだろうか。
そんな疑問が湧きだして、頭から離れない。
その日。
放課後に、私は学園内の花園を訪れていた。
空がオレンジ色に染まり、人の数がまばらとなっている。
ふいに湧いた寂しさを紛らわすように、人気のない花園を練り歩いていた。
そこで私は白銀の髪を持った彼女を見つけた。
彼女はベンチに腰を下ろして、静かに本を読んでいた。
私のような可愛らしさはないものの、儚げで、まるで別の世界で生きているような独特な雰囲気があった。
私は引き寄せられるように、彼女に話しかけていた。
「何の本を読んでいるんですか?」
彼女はほどなくして顔をゆっくりと上げた。
感情のない無機質な瞳をしていた。
「生物の神秘」
おそらくそれが本の題名なのだろう。
彼女はそれだけ言うと、再び本に目を落とした。
初めての感覚だった。
全ての人に愛されてきた私との会話を、彼女は少しだけ迷惑そうに、自らふいにしたのだ。
「私、ペトリっていうんです。上級生ですよね? お名前なんて言うんですかぁ?」
堪らず私は口を開いていた。
こんなにもムキになっている自分が馬鹿に思えたが、構わなかった。
「ダイヤ」
今度は本から顔を上げることなく彼女は言った。
「へぇ……素敵な名前ですねぇ」
ダイヤと名乗った彼女の凛とした態度が癇に障る。
自分にはない、内面の強さを持っているようで、それが私にはとても嫌なことに思えた。
「また話しましょうね」
私は愛想よく言うと、その場を後にした。
それから私は度々花園を訪れて、ダイヤと会話をした。
飄々としたその化けの皮を剥いでやるつもりで接していた。
だが、一向にそれが剝がれることはなく、冷たい現実を頬に突きつけられている気がした。
あなたなんて私の足元にも及ばない、そう言われているようで、無性にイラついた。
自分の強さを示したくて、たくさんの男性と関係を持った。
その中にはオリビンという公爵令息もいた。
やがてダイヤはあっさりと卒業していった。
私には一言も別れの言葉はなかった。
その後、関係を続けていたオリビンから、ダイヤという女性と結婚すると聞いて、私は運命を感じた。
やっと彼女に一泡吹かせる時が来たのだ。
私に愛想の欠片も向けない、あの冷徹で傲慢な女に。
ダイヤが幸せに浸っているであろう時を見計らい、私はオリビンを焚きつけた。
彼女に離婚を宣言しようと。
しかし全ては失敗に終わった。
オリビンの父のモースはダイヤの肩を持ち、逆に私の愚行を明らかにされた。
私は堪らず応接間から飛び出した。
家に帰ると、使用人たちが泣いていた。
一体何事なのかと聞いてみると、近くにいた姉が代わりに答えてくれた。
結婚相手すら見つからない、落第者の姉が。
「お父様とお母様が事故にあって死んだの。今この時から私が新しい当主よ」
「……え?」
何かの間違いかと思った。
しかしむせび泣く使用人たちを見ていると、それが現実のことであると実感できる。
姉は冷たい目をしていた。
ダイヤよりも冷たく、悪意が込められたような不純な目だった。
「私ね、ずっとこの時を待っていたの」
姉は私にだけ聞こえるような小さな声で言った。
「どういうことですか?」
愛想を振りまいている余裕はなかった。
姉の目は復讐心で黒ずんでいた。
「私、あなたのことなら何でも知っているのよ。たくさんの男性と遊んで、今も関係を続けていることも。全部、全部知っているのよ」
恐い。
逃げたくなるが、足は動かない。
姉は私に顔を近づけると、一層低い声で言う。
「当主である私に逆らったらどうなるか……分かるわよね?」
絶望が全身を伝い、私はその場に崩れ落ちた。
両親の寵愛を一身に受けて、望めば全てが手に入る環境で私は育った。
「ペトリ。お前は王子と結婚して王妃となりなさい」
「いいえ、ペトリは王女にも慣れる存在だわ。機会があれば国王様に直訴しましょう」
どこまで本気なのかは分からなかったが、両親はよくそう言っていた。
年齢を重ねるにつれて、私は、自分がどれだけ価値のある人間なのかを理解できるようになった。
周囲の目を引くピンク色の髪に、可愛らしい容姿。
性格も優しく、明るく社交的。
人間の良い所を全部詰め込んだ私が、好かれない理由なんてなかった。
私には二つ年上の姉がいたが、彼女は平々凡々な女性だった。
美しさも知性の欠片もなく、ただ生きているだけの魅力のない女性。
私は姉を避け、時に嘲笑し、日々を過ごしていた。
時が経ち、貴族学園に入学を果たした。
入学初日から私は、自分でも分かる程に目立っていた。
他のクラスの男子生徒が私を一目見ようと、廊下によく集まっていた。
その中には女子生徒もいて、まるで自分が学園の顔になったかのような、優越感を覚えた。
だが、私の心にはいつも物足りなさが存在していた。
こんなに周囲から好かれているのに、ふいに寂しさが込み上げる時があった。
皆が好きなのは私の容姿で、中身ではないのではないだろうか。
そんな疑問が湧きだして、頭から離れない。
その日。
放課後に、私は学園内の花園を訪れていた。
空がオレンジ色に染まり、人の数がまばらとなっている。
ふいに湧いた寂しさを紛らわすように、人気のない花園を練り歩いていた。
そこで私は白銀の髪を持った彼女を見つけた。
彼女はベンチに腰を下ろして、静かに本を読んでいた。
私のような可愛らしさはないものの、儚げで、まるで別の世界で生きているような独特な雰囲気があった。
私は引き寄せられるように、彼女に話しかけていた。
「何の本を読んでいるんですか?」
彼女はほどなくして顔をゆっくりと上げた。
感情のない無機質な瞳をしていた。
「生物の神秘」
おそらくそれが本の題名なのだろう。
彼女はそれだけ言うと、再び本に目を落とした。
初めての感覚だった。
全ての人に愛されてきた私との会話を、彼女は少しだけ迷惑そうに、自らふいにしたのだ。
「私、ペトリっていうんです。上級生ですよね? お名前なんて言うんですかぁ?」
堪らず私は口を開いていた。
こんなにもムキになっている自分が馬鹿に思えたが、構わなかった。
「ダイヤ」
今度は本から顔を上げることなく彼女は言った。
「へぇ……素敵な名前ですねぇ」
ダイヤと名乗った彼女の凛とした態度が癇に障る。
自分にはない、内面の強さを持っているようで、それが私にはとても嫌なことに思えた。
「また話しましょうね」
私は愛想よく言うと、その場を後にした。
それから私は度々花園を訪れて、ダイヤと会話をした。
飄々としたその化けの皮を剥いでやるつもりで接していた。
だが、一向にそれが剝がれることはなく、冷たい現実を頬に突きつけられている気がした。
あなたなんて私の足元にも及ばない、そう言われているようで、無性にイラついた。
自分の強さを示したくて、たくさんの男性と関係を持った。
その中にはオリビンという公爵令息もいた。
やがてダイヤはあっさりと卒業していった。
私には一言も別れの言葉はなかった。
その後、関係を続けていたオリビンから、ダイヤという女性と結婚すると聞いて、私は運命を感じた。
やっと彼女に一泡吹かせる時が来たのだ。
私に愛想の欠片も向けない、あの冷徹で傲慢な女に。
ダイヤが幸せに浸っているであろう時を見計らい、私はオリビンを焚きつけた。
彼女に離婚を宣言しようと。
しかし全ては失敗に終わった。
オリビンの父のモースはダイヤの肩を持ち、逆に私の愚行を明らかにされた。
私は堪らず応接間から飛び出した。
家に帰ると、使用人たちが泣いていた。
一体何事なのかと聞いてみると、近くにいた姉が代わりに答えてくれた。
結婚相手すら見つからない、落第者の姉が。
「お父様とお母様が事故にあって死んだの。今この時から私が新しい当主よ」
「……え?」
何かの間違いかと思った。
しかしむせび泣く使用人たちを見ていると、それが現実のことであると実感できる。
姉は冷たい目をしていた。
ダイヤよりも冷たく、悪意が込められたような不純な目だった。
「私ね、ずっとこの時を待っていたの」
姉は私にだけ聞こえるような小さな声で言った。
「どういうことですか?」
愛想を振りまいている余裕はなかった。
姉の目は復讐心で黒ずんでいた。
「私、あなたのことなら何でも知っているのよ。たくさんの男性と遊んで、今も関係を続けていることも。全部、全部知っているのよ」
恐い。
逃げたくなるが、足は動かない。
姉は私に顔を近づけると、一層低い声で言う。
「当主である私に逆らったらどうなるか……分かるわよね?」
絶望が全身を伝い、私はその場に崩れ落ちた。
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