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 信じられない言葉に、今度は私が顔をしかめた。
 
「払わない? 本気で言っているのですか?」

 オリビンが当たり前だと言いたげに頷く。
 
「僕は真実の愛を見つけたんだ。こんな名誉なことのどこに慰謝料が発生するんだい?」

「そうですよぉ、先輩」

 ペトリもオリビンに賛同するように、口を開く。

「大体私たちの関係に後から入ってきたのは先輩の方じゃないですかぁ? だから慰謝料も、先輩が払うべきだと思いますぅ」

「は?」

 相変わらずのふわふわとした態度に、つい私はペトリを睨みつけてしまう。
 すると彼女は急に怯えたような「ひっ」という声を出し、オリビンにしがみついた。
 オリビンはその様子を見て、剣のような鋭い視線を私に飛ばす。

「ダイヤ! ペトリが怖がっているじゃないか! いい加減にしろ!」

 夫が選んだのは不倫相手の方らしい。
 オリビンはペトリを心配そうに見つめると、頭をなで始めた。
 再び逢瀬が繰り広げられる雰囲気が漂ってきたので、私はピシャリと言い放つ。

「私たちは婚姻関係にあるのです。不貞したのなら慰謝料を払うのが義務です」

 しかしオリビンは正論を鼻で笑う。

「ふっ……口の減らないやつだ。たとえ天地がひっくり返っても、僕は慰謝料を払うつもりはない。そもそも今まで夫でいてやったことに感謝してほしいくらいだよ」

 オリビンはため息交じりにそう言うと、眉間にしわを寄せる。

「僕と同じ公爵家の人間でありながら、自分勝手で孤独なお前を、わざわざ妻にしてやったんだ。それだけでもありがたいと思え」

「……私は自分勝手ではありません」

「ふん、じゃあなぜ孤独になる? 僕のように広い交友関係を持っているわけでも、ペトリのように可愛らしいわけでもない。魅力もなく、友人もいないお前に何の価値がある?」

「話を逸らさないでください」

 言いつつも、私の心臓はドクドクと鼓動を早めていた。
 オリビンの言っていることは半分当たっているようなもので、私は孤独な人間だったから。
 
「じゃあお前も現実から目を逸らすなよ。価値のない自分の意見に固執して、価値がある僕達の邪魔をするなよ。お前みたいな日陰者はずっと陰の中で生きていろよ」

「私は……」

 言葉の続きが出て来ない。
 世界が崩壊したように、思考が停止を迎える。
 私の動揺を感じとったのか、オリビンはニヤッと不気味に笑った。

「慰謝料は払わない。なぜなら僕達は強く価値ある人間だからだ。お前のような弱者の言いなりにはならない。諦めろ」

 ペトリは私を見て口を開いた。
 しかし声は出ていなくて、口の動きだけで私に言葉を伝えていた。
 彼女は『バカ」と言っていた。

 諦めるつもりはない。
 しかし、もう立ち向かう力は私に残されていなかった。
 
「ま、また……話します」

 私は何とかその言葉を振り絞った。
 そして体を反転させると、部屋を飛び出した。

 扉を閉めると、涙がとめどなく溢れてくる。
 愛する人に裏切られた悲しみに加えて、不倫させ中傷を受けた悔しさが混じっていた。
 
 ポツポツと自室までの道のりを歩く。
 ふと窓を見ると、相変わらずの快晴が広がっていた。

 そんな空が憎らしくて、私は俯いて歩いた。
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