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「慰謝料に金貨千枚だと……?」

エナから送られてきた慰謝料の請求書には、法外な値段が書かれていた。
どうやら彼女に対しての慰謝料だけでなく、ルイへの慰謝料もそこに含まれているらしい。

もし本当にこんな金額を支払おうものなら、俺の財産はほとんど空になってしまう。
書斎で請求書を睨みつけ、俺は石のように固まっていた。

と、扉が勢いよく開く。
そこにはアンナがいて、手に紙を持ち、涙目をしていた。

「セドリック! どうしよう! こんな金額払えないわ!」

彼女は机まで走ってくると、紙をバンと机上に叩きつけた。
目を落とすと、それは俺と同じ慰謝料の請求書だった。
金貨五百枚と記載されていて、俺よりも爵位の低い彼女には、苦しい額だろう。

「お願い、セドリック! 私にお金を貸して! 絶対に返すから!」

「アンナ……無理だよ」

ここまで力のない言葉を紡いだのは、産まれて初めてだった。
アンナの顔がさっと青ざめる。

「俺も金貨千枚の慰謝料を請求されているんだ。お前のことまで助けてやれる余裕はない」

「そんな……じゃ、じゃあどうしろっていうのよ! 私が一文無しになってもいいというの!?」

「し、仕方ないだろ! 俺達は王子に盾突いたんだ! 今更どうしようもないだろ!」

「くっ、あ、あんた公爵家でしょ! 何とかしなさいよ! 責任を取りなさいよ!」

激しく口論していると、扉の方に人影が見えた。
次いで、聞き馴染みのある低い声が飛んでくる。

「セドリック。どうやら困っているようだな」

そこには俺の父がいた。
今回のことは隠密に済まそうと報せていなかったが、どうやら既に事情を把握しているようだ。
父は重たい足取りでアンナの隣まで歩を運ぶと、俺を冷たい目で見下ろした。

「あのルイ王子に喧嘩を売ったそうだな。上流貴族の間で噂になっているぞ」

「あ、いや、その……」

父は次いでアンナに目を向け、眉間にしわを寄せる。

「君は誰だ?」

アンナは何かを思いついたようにニヤリと笑みを浮かべると、下手くそなカーテシーをした。

「私はセドリック様の妻になるアンナと申します」

「は? エナはどうした?」

父の鋭い眼光が再び俺を睨む。

「えっと……その……」

上手い言い訳がないか考えていると、助け舟を出すようにアンナが口を開く。
しかしそれは愚行だった。

「あの女なら私たちで追い出しました。ほら、公爵家には似合わないくらい地味な女性でしたから。きっとセドリック様が酔った勢いで縁談を組んでしまったんですね。あんな奴隷のような冴えない人を妻にするなんて、とても正気の沙汰とは思えませんから」

この女は何を言い始めるのか。
俺とエナの結婚を決めたのは、紛れもなく父である。
その父の感性を侮辱するような発言をするなんて、彼女の方が正気の沙汰とは思えない。

俺は恐る恐る父へと目線を移した。
父は呆気にとられたように口を開けていたが、やがてニコリと笑うと、言葉を紡ぐ。

「そうか。それは失礼したよ。実はあの縁談を組んだのは私なんだ。すまないね」

「え……」

アンナの顔がぐっと青みを増した。
その恐怖に染まった顔が、俺の方へ向けられる。

「まじ?」

「ああ、大まじだ」

「お前たち」

父の地の底のような低い声に、書斎の空気が一段と重くなる。
先ほどまでの笑みは消えていて、顔は鬼のように怒りで歪んでいた。
父は俺とアンナを交互に見ながら、恐ろしい声を出す。

「覚悟は出来ているんだろうな?」


その後、俺は慰謝料を払い家を勘当された。
アンナも同様に家を勘当されて、奴隷に身分を落とした。
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