3 / 7
3
しおりを挟む
ウォルターの書斎の前で、私は深呼吸をする。
肺に空気が広がり、不思議と気分が落ち着いてくるが、体はどこか熱っぽい。
それでも私は書斎に手を伸ばす。
ノックを三回してから声を出す。
「ウォルター様。レイスです。お話があります」
平坦な口調を意識していたが、声が少し震えてしまう。
程なくして、相変わらずの不機嫌そうなウォルターの声が中から飛んできた。
「入れ」
扉を開けると、ウォルターは机に目線を落とし仕事をしていた。
領地管理の書類を見て、時折サインをしたり線を引いたりしていた。
「ウォルター様。お忙しい所申し訳ございま……」
「いいから早くしろ」
氷のように冷たい声だった。
私はごくりと唾を呑み込むと、早速本題に入る。
「侍女のセーヌより聞きました。ウォルター様が浮気をしていると、街で他の女性と親し気にしている所を目撃したと……」
「え……」
ウォルターの手が止まる。
驚いたように私に顔を上げた。
「本当なのですね」
その反応で、セーヌが言っていたことは正しいと証明された。
ウォルターはそのまま表情を固めていたが、ふいに口元に笑みを浮かべる。
「ふふっ……上手く隠していたつもりだったが、まさかバレてしまうとは。仕方ない。仕方ない」
まるでサプライズがバレたような言い草だった。
表情はどこか嬉しそうで、まともな思考回路を持っていないことが判然とする。
私は眉間にしわを寄せた。
「仕方ない? 本気で言っているのですか? ウォルター様は私と結婚している身。それなのに他の女性と関係を持ったのですよ? これは立派な浮気です! 果てには公爵夫人はやめさせて頂きます!」
言葉が奔流のようにスラスラと出た。
しかしウォルターは全く反省していないようで、目に嘲笑の色が浮かぶ。
「それがなんだというのだ。お前は僕の浮気を断罪したいのだろうが、そんなことは無駄だ。僕は公爵家なんだぞ」
「私は現時点では公爵夫人です! 断罪する権利くらいあります!」
負けじと声を張り上げるが、ウォルターは気にも留めないように、笑いながら息をはく。
「レイス。よく考えてもみろ。確かにお前は公爵夫人だが、元は伯爵家だ。お前自体に権力があるわけではなくて、全部僕のおかげなんだ」
「伯爵家の出身だから、浮気も見逃せと言うのですか?」
「分かっているじゃないか」
ウォルターはおもむろに引き出しを開けると、数枚の写真を取り出す。
そこには複数の裸の女性の姿が写っていた。
「ひっ……な、なんですかこれ……」
「僕の愛人たちだよ」
自分の宝物でも自慢するように、ウォルターは言った。
「記念に撮影しているんだ。君も撮ってあげようか?」
全身が総毛立った。
結婚して三年が経ち、初めてウォルターの本性を知った気がした。
私が思わず数歩後退したのを見て、彼は嬉しそうに笑う。
「ふふっ……もう諦めろレイス。お前に僕を断罪することはできない。生まれながらにして公爵家の僕にお前は逆らえない」
「そんなの……」
「これが貴族社会というものさ」
ウォルターが立ち上がる。
その目はどこか遠くを見ていて、焦点が合っていない。
「僕達の間には決定的な身分の差がある。だからお前には何もできない。浮気のことは水に流して、これからも僕の妻として生きてくれ。一生な」
彼はそこまで言うと、私に不気味な笑みを向けていた。
悔しさと怒りが込み上げるも、私は口を開けない。
そのまま無音の時間が続き、私は観念したように言う。
「もういいです……」
ウォルターの言い分を理解している自分もいた。
彼が話の通じる人だったなら、このまま離婚の道も歩めたかもしれない。
しかし彼は自分の保身のためなら、躊躇なく私と家族を潰すだろう。
それを悟った私は、暗澹とした気持ちのまま、逃げるように書斎を後にした。
肺に空気が広がり、不思議と気分が落ち着いてくるが、体はどこか熱っぽい。
それでも私は書斎に手を伸ばす。
ノックを三回してから声を出す。
「ウォルター様。レイスです。お話があります」
平坦な口調を意識していたが、声が少し震えてしまう。
程なくして、相変わらずの不機嫌そうなウォルターの声が中から飛んできた。
「入れ」
扉を開けると、ウォルターは机に目線を落とし仕事をしていた。
領地管理の書類を見て、時折サインをしたり線を引いたりしていた。
「ウォルター様。お忙しい所申し訳ございま……」
「いいから早くしろ」
氷のように冷たい声だった。
私はごくりと唾を呑み込むと、早速本題に入る。
「侍女のセーヌより聞きました。ウォルター様が浮気をしていると、街で他の女性と親し気にしている所を目撃したと……」
「え……」
ウォルターの手が止まる。
驚いたように私に顔を上げた。
「本当なのですね」
その反応で、セーヌが言っていたことは正しいと証明された。
ウォルターはそのまま表情を固めていたが、ふいに口元に笑みを浮かべる。
「ふふっ……上手く隠していたつもりだったが、まさかバレてしまうとは。仕方ない。仕方ない」
まるでサプライズがバレたような言い草だった。
表情はどこか嬉しそうで、まともな思考回路を持っていないことが判然とする。
私は眉間にしわを寄せた。
「仕方ない? 本気で言っているのですか? ウォルター様は私と結婚している身。それなのに他の女性と関係を持ったのですよ? これは立派な浮気です! 果てには公爵夫人はやめさせて頂きます!」
言葉が奔流のようにスラスラと出た。
しかしウォルターは全く反省していないようで、目に嘲笑の色が浮かぶ。
「それがなんだというのだ。お前は僕の浮気を断罪したいのだろうが、そんなことは無駄だ。僕は公爵家なんだぞ」
「私は現時点では公爵夫人です! 断罪する権利くらいあります!」
負けじと声を張り上げるが、ウォルターは気にも留めないように、笑いながら息をはく。
「レイス。よく考えてもみろ。確かにお前は公爵夫人だが、元は伯爵家だ。お前自体に権力があるわけではなくて、全部僕のおかげなんだ」
「伯爵家の出身だから、浮気も見逃せと言うのですか?」
「分かっているじゃないか」
ウォルターはおもむろに引き出しを開けると、数枚の写真を取り出す。
そこには複数の裸の女性の姿が写っていた。
「ひっ……な、なんですかこれ……」
「僕の愛人たちだよ」
自分の宝物でも自慢するように、ウォルターは言った。
「記念に撮影しているんだ。君も撮ってあげようか?」
全身が総毛立った。
結婚して三年が経ち、初めてウォルターの本性を知った気がした。
私が思わず数歩後退したのを見て、彼は嬉しそうに笑う。
「ふふっ……もう諦めろレイス。お前に僕を断罪することはできない。生まれながらにして公爵家の僕にお前は逆らえない」
「そんなの……」
「これが貴族社会というものさ」
ウォルターが立ち上がる。
その目はどこか遠くを見ていて、焦点が合っていない。
「僕達の間には決定的な身分の差がある。だからお前には何もできない。浮気のことは水に流して、これからも僕の妻として生きてくれ。一生な」
彼はそこまで言うと、私に不気味な笑みを向けていた。
悔しさと怒りが込み上げるも、私は口を開けない。
そのまま無音の時間が続き、私は観念したように言う。
「もういいです……」
ウォルターの言い分を理解している自分もいた。
彼が話の通じる人だったなら、このまま離婚の道も歩めたかもしれない。
しかし彼は自分の保身のためなら、躊躇なく私と家族を潰すだろう。
それを悟った私は、暗澹とした気持ちのまま、逃げるように書斎を後にした。
280
お気に入りに追加
500
あなたにおすすめの小説
【完結】妹が旦那様とキスしていたのを見たのが十日前
地鶏
恋愛
私、アリシア・ブルームは順風満帆な人生を送っていた。
あの日、私の婚約者であるライア様と私の妹が濃厚なキスを交わすあの場面をみるまでは……。
私の気持ちを裏切り、弄んだ二人を、私は許さない。
アリシア・ブルームの復讐が始まる。
妹と婚約者が結婚したけど、縁を切ったから知りません
編端みどり
恋愛
妹は何でもわたくしの物を欲しがりますわ。両親、使用人、ドレス、アクセサリー、部屋、食事まで。
最後に取ったのは婚約者でした。
ありがとう妹。初めて貴方に取られてうれしいと思ったわ。
白い結婚の王妃は離縁後に愉快そうに笑う。
三月べに
恋愛
事実ではない噂に惑わされた新国王と、二年だけの白い結婚が決まってしまい、王妃を務めた令嬢。
離縁を署名する神殿にて、別れられた瞬間。
「やったぁー!!!」
儚げな美しき元王妃は、喜びを爆発させて、両手を上げてクルクルと回った。
元夫となった国王と、嘲笑いに来た貴族達は唖然。
耐え忍んできた元王妃は、全てはただの噂だと、ネタバラシをした。
迎えに来たのは、隣国の魔法使い様。小さなダイアモンドが散りばめられた紺色のバラの花束を差し出して、彼は傅く。
(なろうにも、投稿)
平凡令嬢は婚約者を完璧な妹に譲ることにした
カレイ
恋愛
「平凡なお前ではなくカレンが姉だったらどんなに良かったか」
それが両親の口癖でした。
ええ、ええ、確かに私は容姿も学力も裁縫もダンスも全て人並み程度のただの凡人です。体は弱いが何でも器用にこなす美しい妹と比べるとその差は歴然。
ただ少しばかり先に生まれただけなのに、王太子の婚約者にもなってしまうし。彼も妹の方が良かったといつも嘆いております。
ですから私決めました!
王太子の婚約者という席を妹に譲ることを。
妹が私こそ当主にふさわしいと言うので、婚約者を譲って、これからは自由に生きようと思います。
雲丹はち
恋愛
「ねえ、お父さま。お姉さまより私の方が伯爵家を継ぐのにふさわしいと思うの」
妹シエラが突然、食卓の席でそんなことを言い出した。
今まで家のため、亡くなった母のためと思い耐えてきたけれど、それももう限界だ。
私、クローディア・バローは自分のために新しい人生を切り拓こうと思います。
王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
虐げられた令嬢は、耐える必要がなくなりました
天宮有
恋愛
伯爵令嬢の私アニカは、妹と違い婚約者がいなかった。
妹レモノは侯爵令息との婚約が決まり、私を見下すようになる。
その後……私はレモノの嘘によって、家族から虐げられていた。
家族の命令で外に出ることとなり、私は公爵令息のジェイドと偶然出会う。
ジェイドは私を心配して、守るから耐える必要はないと言ってくれる。
耐える必要がなくなった私は、家族に反撃します。
婚約者に心変わりされた私は、悪女が巣食う学園から姿を消す事にします──。
Nao*
恋愛
ある役目を終え、学園に戻ったシルビア。
すると友人から、自分が居ない間に婚約者のライオスが別の女に心変わりしたと教えられる。
その相手は元平民のナナリーで、可愛く可憐な彼女はライオスだけでなく友人の婚約者や他の男達をも虜にして居るらしい。
事情を知ったシルビアはライオスに会いに行くが、やがて婚約破棄を言い渡される。
しかしその後、ナナリーのある驚きの行動を目にして──?
(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる