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3、古豪の嘲笑
他人の欺瞞⑵
しおりを挟むマナーに準ずるノックは、四度。
扉の前に立つ夏芽は、中の人物へと声を掛けた。
「あの....大丈夫でしょうか....。」
そう訪ねば、中からは密かに「助けて!!」と防音壁を物ともしない甲高い声が夏芽の耳へと入ってきた。
これは只ならぬ事態だと察知した夏芽は、すぐさまノブを回して中へと突入をする。
入っても良いとは言われなかったが、何やら緊急事態とも思える状況。この無礼をお許しください。と夏芽は、こんな状況にも関わらず冷静であった。
だがしかし、入ってみればそこには、シルク生地の肌触りの良さそうな寝間着を召した御令嬢が、ベッドの上に立ち何かを恐れる様に周囲を警戒していた。
「あ、貴女!!大変よ、虫が居るの!!」
入室してきた夏芽と目が合った静香は、直ぐに事態を知らせる。
夏芽はその言葉に、思考能力が停止した。
それは、令嬢が言を発した直後だ。
黒光りする彼奴が、夏芽の足元を横切った。
「ぎぃぃやぁあああああ!!!!」
虫嫌いの夏芽が、この場に助っ人に来たところで能無しだったのだ。
腹の底から出た悲鳴。夏芽はあろうことか、飛び上がり前のめりに突き進む。
その先には、静香が避難していたベッドが在り、そのまま夏芽もその場所へと合流してしまった。
孤島に取り残された女子二人。ベッドの下は、鮫が泳ぐ海とでも言えよう。
彼女等にとっては、そんな状況だったのだ。
たった一匹の虫に大袈裟な。と思う節があるかも知れない。
だがしかし、「ギャー」「来るなー」の連呼をする二人。気づけば、彼奴の行動に揺さぶられ、恐怖に脅えた二人は身を寄せていた。という訳だ。
その後、暫くしてやって来た双子。彼等も無能だった。
「―――――さあ、御嬢様。早急に食事を済ませてください。」
ダイニングルームで、非常に気不味い空気の中、堂々と食事を摂るのは、この屋敷の主人様方。
彼等の片割れの御膝上では、例のメイドが餌付けを施されていた。
「ちょっ、止めてください!!」
「ダメ、食べて。....昨日いっぱいしたから、お腹空いてるだろ?」
天真は、夏芽の耳元で囁く。それは昨日の情事を思い出させ、夏芽はゴクリと生唾を飲み込み察する。
瓜二つの双子が、入れ替わった状況。自分を捕まえたのは、弟の方。
そして、令嬢が兄だと思っているのは、弟の方。
今の今まで、気付くことが出来なかった。
昨日の艶事を甘々と囁けるのは、当人だけ。
だって、兄の方は自分を乱暴に扱ったのだから。
目の前で構えられたフォークには、綺麗な薄桃色のハム。それは薄切りで丁寧に折りたたまれた状態で一口大になっている。
「ほら、夏芽。あーん。」
誘惑するのは、きっと美味しそうな肉なのだ。
背後に張り付く胸板から伝わる心臓の鼓動の所為なんかじゃない。
迫り来る肉に罪は無い....。いや、でも....客人の前で、こんな....。
夏芽は躊躇するも、素直に食べてしまった。
「美味しいか?」
「....んぁいっ。」
咀嚼しながら返すなど、マナーが悪い。だけど、その一言を聞いた途端、天真は夏芽の腹に回した片腕に力を込め、強く抱きしめた。
可愛いメイドを餌付けしたい。そんな欲求は、兄がやった事の真似事。
目の前で繰り広げられた甘い時間が、羨ましかったのだろうか。
双子ならではでありましょうか。同じことをしたくなる。
「ほら、こっちもお食べ。」
そして、横槍を入れる蒼真。彼に関しては、ただの嫉妬で御座いましょう。
横取りされた玩具の意識を取り戻す為に、自分も居るのだと悟らせる。
双子の餌付けは止まらない。可愛い可愛い夏芽に喜んで欲しい。そう思いながら、彼等は柔らかい空気を纏う。
その一方で、一向に食が進まない御令嬢様は、目の前の夏芽を睨み付けていた。
執事のイルマは、令嬢を急がせるものの、当の本人は怒り狂い聞いてやしない。
「本日中に御戻りにならないと、いけないと申したのは、御嬢様でしょう。」
「五月蠅いわね。そうだけど、状況が変わったのよ。」
榑林の御曹司を前にしているにも関わらず、口調が荒々しく乱れた令嬢は、ボロを出し始める。
サラダ用のフォークを握る手は拳と化し、垂直に葉へと突き刺され微動だにしない。
「イルマ、早急に御母様に連絡を入れてちょうだい。私は当分帰りません.....とね。」
さっさとご退去頂きたい御令嬢。だがしかし、そんな彼女の火に油を注いだのは、紛れもない....。
このメイドの登場によってだ。
彼等に相応しい相手は、私なのだと....そう見せしめる。要らぬ虫は、直ぐに潰してしまえ。
「.....ふっ、かしこまりました。」
御嬢様と執事間でのやり取りに、主人様方は気付きやしない。
まるで眼中に御座いません。とでも言いたげな。
「蒼真さん、天真さん。少し宜しくて?」
執事が一報を入れに、一時退出した後の事。御嬢様は一呼吸を置くと、目の前の彼等へと声を掛ける。
「ぃやっ、もう駄目です。食べれない。」
「そう言うな。お前はもっと肉を付けろ。」
公然と女性の胸部を触る真似は致しませんが、腹部は堂々と擦るのです。
胃袋に鱈腹収められたにも関わらず、でっぱりなど皆無な夏芽。そんな彼女が面白可笑しくて何度も、猥褻的とも取れる行為を繰り広げる。
彼等を取り巻く空気は、甘くて甘くて、それは付け入る隙など与えない。
だがしかし、そこは榊原の勘違い御嬢様、彼女が簡単に諦める筈がない。
声を掛けたが、反応しなかった主人等が悪い。
自分を無視した彼等が悪い。沸々と湧き上がる怒りに身を任せて、御嬢様らしからぬ、御膳を勢いよく打撃した御嬢様。
――――ダンっ!! その衝撃波は、向かいの彼等へと音と振動が到着し、過剰な糖度を一気に醒ます。
「私、当分この御屋敷に滞在致しますので、お見知り置きを....。」
ぎゃふんと物申す御嬢様に対し、呆気に取られた双子は、目を丸くさせ、同時に口を開く。
「「は?」」
それは聞こえたにも関わらず、何を言ってんだ?と。
「事を為すべき方向へと正す為ですわ。私が選ばれてこの場に居る事をお忘れ無きよう....。」
そして、決め台詞の『ごきげんよう。』
食事に手を付けたが、食していない。恋は盲目。食欲すら失せた御嬢様は、この場から退出する。
「....拙いな。」
そう口にしたのは、どちらの主人なのでしょうか。
ダイニングルームから出てきた御令嬢が、真っ先に視線を止めた先には、見目麗しい執事が受話器を耳に当て壁に寄り掛かる光景であった。
気の抜けた男は、ズボンのポケットに片手を仕舞い、通話を介している。
恐らく普段は、シャンとした一端の執事であろうイルマだが、この時ばかりは不意打ちを食らったのだろう。
自家の従者のだらしのない姿に、一瞬戸惑った御嬢様で御座いましたが、何やら悪い事を企み始めると、表情は歪み始めた。
男の側へと最小限の足音で近づくと、彼はその気配に気付き、御仕事モードへと様変わり。
「....はい。はい....では、.....。」
通話を終えたイルマは、懐に携帯電話を仕舞うと、何食わぬ顔して御嬢様へと顔を向けた。
仁王立ちした静香は、怒っているのか....いいや、違う。
何か面白い事でも考えている様な....。
「滞在期間中は、ここの手伝いをなさい。あの薄汚いメイドの素性を探るのです。そして出来るのならば、あの女を手籠めにしてしまえばいいわ。」
連々と切れ目の無い命令に、イルマは主人に悟られない程度の溜息を溢す。
だがしかし、一つだけ。たった一言だけ口を挿んだ。
「....あの女を自分の好きにしても構わない、と?」
「ええ、そうよ。」
「榑林の所有物なのに?」
「それは、貴方が彼等に気付かれない様に、事を成せば好いだけ。」
企む御嬢様。そして主君の命令は絶対....とは言えないが、何やら面白そうなので、断る理由も無い。
閉鎖的に孤立した御屋敷に、波風を立て乱そうとする不穏な存在である。
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