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2、異物の権限

主人の誘惑⑶

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そして、欲求を満たしたメイドは、ご満悦でその場から去ろうとする。


だがしかし、夏芽が立ち去る寸前、その場に現れたのは、給仕をうっかり忘れていた他のメイド。


お局メイドよりかは、少しだけ若い女性だが、慌てて向かったのであろう。その女性の呼吸は荒く、顔面は窮地に陥っている様な、そんな感じである。




「あら、夏芽ちゃん。お疲れ様っ!」


「御疲れさまでーす。」


そんな状況でも、後輩メイドの存在を確認すれば、先輩メイドは挨拶をする。


そして、普段料理が準備されている筈の台の上は、綺麗さっぱり。水滴の一つも付いてやしない。



「あ、れ....。」


約束の時間は、当に過ぎた頃。思い出したメイドは、すぐさま向かったが、そこには準備されている筈の料理は無い。


さて、どうなってるんだ?と何度も瞬きを繰り返して、目の前でそっぽを向きながら口笛を吹く料理人へと視線を向ける。


怪しい....実に怪しい....。何か知ってるに違いない。そんな長年の勘?いいや、ここは女性の勘とやらを行使した。




「ちょっと、....お料理は!?」


声を荒らげ、料理人に詰め寄る。そんな光景を夏芽は、自分には関係の無いことだ....。と事の重大に気付かない。


この娘、馬鹿だ....。実に馬鹿だ....。


だがしかし、料理人もただ黙っている訳がない。

被害を蒙るのは御免だと、コック服の襟元を掴まれて前後に揺さぶられながらも、立ち去ろうとする夏芽へと指を指した。




「―――ふ、じ....お前、食べただろ....。」












―――――――――「ごきげんよう、榑林様。」



そう声高らかに、耳障りな高音な声が応接間で響き渡った。


この屋敷の主でございます、瓜二つの双子は、揃って同じ反応を示す。


『(出たな、榊原....。)』



密かに顔を引き攣らせ、見つめる先には、一張羅の振袖姿。冠婚葬祭か?と彼女の場違い感にだいぶ引く。




だがしかし、先手を出したのは、弟である天真。

「静香さん、本日は遠方から態々どうも....。」


内心では、どうやってここまで辿り着いたのか。と探る気満々なのである。


だがしかし、あの天真にしては物腰は、余所行きのお坊ちゃま。

言葉使いも穏やかである。こんな真面目な姿を夏芽が観たら卒倒してしまうに違いない。




「え....っと、貴方蒼真さんかしら?」


それは双子を見分けられない御令嬢の中の一人。

彼等はこの時、掛かったな....。と密かに口角を上げるのでした。



「そうですよ、もう僕等の判別がつかなくなったんですか?」


容姿、声、全てが一致するドッペルゲンガー。細胞の鑑定をすれば、配列の違いで、彼等の偽りも直ぐにばれる。


だがしかし、そんなまどろっこしい真似をする程、暇も忍耐も持ち合わせていないであろう御令嬢様。



「あら、御免あそばせ....。随分久しいもので、御二方が益々麗しく変貌をしてたので、疑ってしまいましてよ。」

「それを言うなら、静香さんだって、随分と御綺麗な御召し物を着て、それが凄く映えていらっしゃる。」



別に、榊原 静香が綺麗だとは、一言も申しておりません。


だがしかし、姫方は自分に好都合な解釈をするのです。



今日こんにちの為に、エステをしてから来ましてよ?お分かりになるかしら。」


そんな事はどうでもいい。彼等は平常心を保つのに必死になっていた。








榑林の双子の見分け方。御令嬢界隈での情報は、


弟の方が、若干の短気気質を持つ。容姿で判断が難しい彼等を見分ける為に、探り出した見分け方。


だがしかし、そんな情報が世に出回っている事を、彼等が知らない筈がない。


本当の事だが、若干そういう役回しを態としている部分もある。



榑林のブランドに飛びついてくる害虫共を一網打尽にするには、自分等の正体を知られない事が一番効く。



時に兄は、弟の様に振舞い。時に弟は、兄の様に振舞う。


そしてそれを無作為に繰り返し、相手の思考判断能力を掻き乱し、誤解を吐き出させては、深く心に傷がついたと、大袈裟に振舞う。



名家の跡継ぎは、基本的には長男が継ぐのが恒例である。


だがしかし、ここまで美青年で財を成す名家の出であれば、二番手である弟であっても、婚約する事が出来れば安泰なのだ。




そんな小狡い事を考える家は数知れず....。



「で、本日はどのようなご用件で?」


それは率直な質問。きっと返ってくる答えは解りきっている。

意地悪にも榊原を見下ろす形で対峙した双子。



その場の空気は、氷山の一角。茶を出す執事は、内心冷や冷や。だがしかし、そこはプロ。長年仕え続けた主君を前に、動揺でも見せてみろ。後が怖い。








「まあ、折角いらっしゃったんだから、食事でもしながらお話しません?」



それは、どちらが発したものなのか、悪巧みを考える双子は、執事に出された紅茶を同タイミングで口付けると、目の前の勘違い女へと問う。



「あら、それは嬉しいですわね~。榑林の専属料理人の御味は、きっと最高に違いないわね。」

「静香さんの舌に合うかは分かり兼ねますが、きっと御満足していただけるものかと....。」




そして、彼等は立ち上がると、応接間から一階に在るダイニングルームへと移動する。



榊原に会う手前、執事が昼食の準備をすると言っていた。


だから、彼等は誘う。より出入り口へと近い方へと....。




俺達の楽園を汚す者は、一刻も早く追放だ。



誰の差し金?安息を吐ける唯一の場所が見破られ、危機感で頭は一杯になる。


他の令嬢とは、少しばかり格が上の猛者。榑林により近い家元の御令嬢。


そんな女が、昔から苦手であった。どれだけ色々な令嬢が、目の前に現れようとも、その地位に酔った女は自信過剰。



榑林を制するのは、自分だと....。そう思わせる振る舞い。



簡単に言えば、相手の意思など素通りしてしまう女。



性格が悪い彼等だから、同じ臭いを放つ人種を嗅ぎ分けられるのだ。







さあ、辿り着いた。廊下を歩き、目的の部屋へのノブを回す。





扉がゆっくりと開かれれば、久方振りに入室する本来の食事の場。




「―――――あ、坊ちゃま....。」



拓けた視界にすぐさま映り込んだのは、先程まで情事を楽しんでいたメイドの姿。


藤 夏芽は、それはそれは気不味そうに、顔を顰めて立っていた。











用意されているはずだが、


そこには何も無い。




代わりと言っては難ですが、



「ぼ、坊っちゃま....」



ちょっと宜しいでしょうか。



決して視線は交わらない


どこまでも、ばつが悪そうなメイド




瓜二つの双子が並ぶが、


夏芽は瞬時に見抜くのだ。



「蒼真坊っちゃま、あのですね....」





なんで分かったの?
主人は客人の前でメイドを撫でた。

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