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そしてギルの看病が始まった。

毒を全て取り除いた体に、恐る恐るといった感じに戻ったギルは想像していたほどの苦痛を感じずにいて「大丈夫」と声にならない小さな声で私に教えてくれた。

その掠れた吐息のような声に、これほどになるほどギルは過酷な状態だったのだろうと改めて思うと悔しくもあり悲しくもあった。

ちなみに父さんと兄さんはギルの事を拒否することもなく、受け入れてくれた。
もっというと、自分の息子を大事にしない王様と、血は繋がってはいないが子供を殺そうとした王妃たちに腹を立たせていたし、そんな王族が納める国を出て他の国で商売するか?まで言っていた。

結局はそのまま国を出ることもせずにいるが、最近兄さんから教えて貰って知ったことがある。

どうやら王様がギルを探しているという話だ。

今更何の用だと思ったが、もしかしたら息絶えたギルを確認しに来たのにいないから捜索しているのではと私は思ったが、どうやら違うらしい。

兄が言うには、今は王位を継ぐ王太子を決めている最中らしく、あのとき小屋に来ていたのは王様がギルに会う為に派遣させた騎士たちで、小屋から姿を消したギルを捜索しているというのだ。
決して殺害が目的ではないというらしいが、はっきりいって信じられないし、ギルをこんなにした王族に会わせたくなかった。

ギルは恥ずかしそうにして_わざわざ精神状態になるほど_拒否をしていたが私は押し切って衰弱しきった体を柔らかい布で拭きつつ、いつから食べていないのか、ギルに聞いたが覚えていなかった。

ただメイドが持ってきた食事に手を付けるとキリキリとお腹が痛くなったそうだ。
そうした痛みがあるときは母から教えて貰った薬草をむしって、そのまま口にしていたらしい。

小さいギルに薬を作れというのは無理があったから、そう教えたことに対しては仕方ないことかもしれないけれど、やっぱり王妃たちに対して怒りがこみ上げる。

そしてそんな生活を送り続けたギルは、遂に我慢できないほどの痛みが走ったところで食事を拒否。
暫く持ち込まれたメイドからの食事には手を出さなくなって、次第に運ばれもしなくなったらしい。

ならどうしていたかと聞くと、森に生えていた野草を口にしていたと。

だが野草だけでは成長期の男性の摂取量には遠く及ばず、遂には動けなくなったというのだ。

暫くは窓の外を眺めているだけだったが、ある日体から抜け出して、誰にも見つからずに自由に動けるようになったという。

それがちょうど半年前。

仮死状態とはいえ食事を一切取らず、また毒が体の中にあった状態なのによく生きていてくれたと泣きたくなった。


「メアリー?」


流動食から遂に固形物を少し含めたスープに食事を切り替える頃には、聞きたかったギルの声がはっきりと聞こえるまでになった。

あのころとは違う、大人の男性になったギルの声はとても落ち着くような、安心するような声だった。


「ううん、なんでもないの。ただ、ギルが生きててよかったって思って…」


私がもっと早くギルに会いに行けば、なんて言葉は使わない。
それを言ってギルに怒られたからだ。

ギルは言ってくれた。
「メアリーはちゃんと約束を守ってくれた。あいに来てくれて本当に嬉しかった」と。
「メアリーがいつまでも謝るというのであれば、それは嬉しかった僕の気持ちを拒否するものだ」と。

だから私はギルとまた出会えたことに喜びを感じると、何度も何度もギルに伝えることにしたのだ。




「ね、メアリー」

「どうしたの?ギル」


浮遊魔法をかけた椅子にギルを乗せて、私達は今一緒に家の周りを散歩している。

平民街といっても、それなりに稼いでいる私たち一家は庭がある家を持っていた。
商品開発情報の防止や、未販売商品の情報漏れを恐れて高い塀まであるから、庭をのんきに歩いても外から見えることはない。

誰も手入れする暇がないから、きれいな花など植えていないが、草は魔法で刈れるため庭には芝生が広がっていた。

ギルが歩けるようになったら、ここで遊ぼうと誘ってみよう。

そんなことを考えていると、ギルが私を見上げた。

まだがりがりに痩せているが、随分顔色が良くなったと思う。

然程離れていない私に手を伸ばすギルに、私は手を伸ばし返して、骨が浮き出るギルの手を握った。


「……僕が、元気になったら聞いてほしいことがあるんだ…」

「?今言えないの?」

「うん、…今はまだ」


目を伏せたギルに私は微笑んだ。


「大丈夫だよ。ちゃんと聞くから、言いたくなった時教えてね」


そういうと、ギルは赤い目と同じくらい顔を真っ赤にさせながら小指を差し出す。



【約束するときにこれやると、絶対やぶっちゃいけないの】



子供のころに言った言葉を思い出した。
私がギルに教えた、指切りの決まり事。

私も小指を差し出して、ギルの小指に絡めた。
満足そうににこりと微笑んだギルに私も嬉しくなる。


「ね、ギル。私ギルに聞きたいことがあるの」

「え、な、なに?」


ギルは何故か体を固くしたあと、ギギっと音が出そうなぎこちない仕草で私を見上げた。
なんとなく顔が赤くなってる気がするけど、無理をしている様子はないから発熱ではないと思う。
日差しが少し強い、からかな?


「私、仕返ししたいんだけど、……いいかな?」


そう問うとギルはキョトンと目を丸くさせてから細めた。


「具体的にはどうするの?」


ギルの質問に対して、私は懐から赤い液体が入っている小さな瓶を取り出して見せる。


「それは?」

「毒だよ。調べてみたら王妃の実家だけが取り扱う毒だった。
しかも一般的には流通されてないくて、闇市へ卸していることがわかったの。その事に関する証拠だって揃えた。
勿論私だけの力じゃないよ。兄や父の助けもある。
でもこの情報を、……王妃を排出したともあろうか家が……ふふ、こんなこと知られたらどうなるんだろうなって思ってね」


ギルは私のことを優しいとよくいうが、私は聖人君子ではないのだ。
苛つくこと等あったら絶対に仕返ししてやりたいと思うし、それが普通だと思ってる。


「ちなみにそれはどこから?」

「ギルの体内から取り出したものだよ。
毒の成分を分析しないと効果の高い回復薬は作れないから。
……本当はもっといっぱいあったんだけど、あの小屋の中では保管するまで頭が回ってなかったから、ここで取り除いた分しか保管できなかったの。
王位継承を持つギルへの行為、そして闇市への関わり、これを私はこの国全土に広めたいと思ってる」


私が考える仕返しの内容をギルに伝えるとギルは難しそうな表情で考え込む。


「……メアリー。仕返しについてなんだけど、僕が自らの手で行いたい。だから、それは僕が預かってもいい?」


私は面食らった顔をしたけれど、それもそうかと納得してギルに小さい毒入りの瓶を渡した。


「あ、闇市への搬出証明は後で渡すね」

「ありがとう、メアリー」











そして数年後。

完全回復したギルは冒険者登録を行い、色んなクエストを受けた。
剣の才能も魔法の才能もあったギルは、どんどん強くなっていって、私じゃパートナーとしてついていけなくなるほどにギルは強くなっていった。

そしてガリガリ過ぎてわからなかったが、ある程度肉と筋肉をつけたギルは本当に格好良く成長した。
ギルは友達なのに、思わず胸がドキドキしてしまうくらい。


ある日、号外だよと大声で新聞をバラまく男の子が私達の前を走り去る。


「号外…?」

「やっとか」

「やっとって、……」


私は不敵に笑うギルを見上げた。


「僕、幽体化出来るでしょ?それを利用して王に直談判したんだ」


流石に生身のまま王城に入ると面倒ごとから逃げられなくなるからね。とギルは笑いながら落ちている新聞を拾う。


「……つまり、証拠を王様に叩きつけて王妃を引きずり落としたってこと?」

「ううん。王妃はそれは毒じゃないって言い張って仕方なかったから、王の目の前で飲み込んでもらったんだ。
勿論手足を縛って、口の中に解毒薬類がないことを確認してからね」

「じゃぁ号外って王妃が死んだってこと?」


でもそれにしては情報が遅すぎる?でも下町に広がるには時間もかかるかもしれないと私は首を傾げていると、差し出されたギルの手のひらが視界に入った。


「僕はギルベルト・アルバート。王位継承権第三位で、現王より王太子に選ばれました。
メアリー、どうか僕と結婚してください」


スマートな仕草で、私にプロポーズをしたギルは、その仕草とは反対に、それはもう夕日に照らされているかと思うくらい顔が真っ赤に染まっていた。

そして、それは私も同じだった。



「………………………………………………、あ、…う……」




顔が熱い。

燃えるように熱い中、思考もうまく働かなくて、私は上手に返答できなくて、それでも首を縦に必死で動かしたのだった。







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