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終わり

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◆◆

「王子殿下は教会の者たちをなんだとお思いですか」


司教が教会に尋ねてきた王子二人に問いかける。


「重々に承知している。
だが、事態は一刻を争うのだ。どうか協力していただきたい」


教会にもココのように力を扱えるものが一定数存在している。

だが、どの者たちも政略に使えない細やかな力しか持たない者たちだった。

ある者は火を生み出すことが出来るが、ろうそくに灯すのがやっと。
ある者は宙に浮かぶことが出来るが、それも子供一人分の高さまで。
治癒の力を持った者も、ただのかすり傷でさえも完全には治せない。

そんな細やかな力でなにが出来るのかと、実家を追いやれた者たちが教会に集まってくるようになったのだ。

そして今回やってきた王子殿下二人は、そんな者たちの力を貸してくれという。

魔物の大群行進のスタンピード。

天災のような状況に猫の手をも借りたい気持ちはわかる。

だが、彼らの後ろ盾は教会のみ。

彼らが死んだらどう責任をとるというのか。

それとも”名誉ある死”を強要されるのだろうか。

司教にとっても、教会の者たちは家族だ。
そんな彼らの死を、司教はなによりも恐れた。


「私が行きましょう」


そんな時だった。

ココが現れ、アメミヤが何故教会にいるのかと驚くユリウスとジェラルド、そして危険なことを承知で手を挙げるココに司教は驚愕していた。


「あれは…確かお前の婚約者ではなかったか?何故教会にいるんだ」


小声で尋ねるユリウスに、ジェラルドは何も言えなかった。

いや、正しくはアメミヤの姿を見て、なにも言葉が思いつかなかったのだ。


「発言をお許しください」


片手をあげ、ユリウスに許可をとるココにユリウスは頷いて答えた。


「ああ、許可しよう」

「私はジェラルド第二王子殿下の婚約者でも、シルンダ侯爵家の”養女”でもなくなりました。今は女神様に命を捧げるただの助祭としてここにいます」


”本当か?”と目で尋ねるユリウスに、ジェラルドは頷いた。


「…後で詳しく説明しなさい」


その言葉はジェラルドに向けられた。


「だが、…君は力を持たないと報告で聞いているが」 

「それは過去の話です。こうして女神さまを想い、命を捧げることで私は力を得ました」


アメミヤ、いやココの言葉に、ユリウスはジェラルドに目を向ける。

ジェラルドはココが力を使えることは知らない。だから、ふるふると首を振った。


「…だめだ。君を危ない目に合わせるとわかっていて、許可など出せない」


司教はココにいった。
実の親のようにココを心配する司教に、ココは微笑みを浮かべた。


「この世界は女神さまの物です。
それに……、私の愛すべき者たちの為に、私は戦いたい」


そう告げるココに、司教と司祭は胸を打たれた。


「大好きです。司教様、司祭様。そして他の人たちのことも私は本当に大好きなんです」


ココ…、と名前を呟きながら涙を流す司教に、ココは笑顔で「それに、すぐに戻ってきますよ」と告げる。


「魔物の大群はここから北西方向に集中して…」

「不要です」

「…え?」


教会の入口へと歩き出すココに、ユリウスが現場の位置を教えようと話しかけると一刀両断された。

スタスタとこれから戦場に向かうとは思えないココの態度に、ユリウスとジェラルドだけではなくこの場にいる誰しもが不思議に思った。

そして扉が開かれる。


「行ってきますね」


ココは翼を広げた。


「!?」

「なんだあれは!?」


飛び立つココの姿にこの場にいる誰もが驚愕する。

そして、


「あ、あれは…!」

「………女神の、…寵愛の印…」


ジェラルドは腰から力が抜け、崩れ落ちた。

ジェラルドの父親でもある国王の許可を取っているとはいえ、女神に愛された印を持った人間との婚約を破棄したのだ。

そして北西方向から突如として巨大な炎が立ち上がる光景に、誰もが目を奪われ、言葉を失った。





◆◆◆◆



「スタンピートってあんなものか」


これならば試練の部屋の方がよっぽど大変だった。

大気中からいくらでも魔力を取り込めるようになったココは、魔力の限界がない。
無限に発動できる魔法を魔物の大群に向けて発動させた。


「…あれは…」


これから討伐に向かおうとする、元父の姿を捕らえた。

そしてそれは相手も同じだった。

翼を広げて宙を飛んでいるココを見過ごすような者はいないだろう。

驚愕し、口を大きく開けるその姿は思わず笑ってしまう程だったが、生憎ココにはもうあの男には話しかける言葉も用事もなかった。

ココはすぐに教会へと引き返す。

宣言通りひらりとすぐに戻ってきたココを、”家族”の皆に出迎えられ、もみくちゃに頭を撫でまわされ、そして熱い抱擁を受けた。

ココは嬉しそうに満面の笑みを浮かべ、その姿をみたジェラルドはズキと心臓に痛みが走る感覚を覚えた。

魔物の脅威が去り、町は賑わった。

だが、その間にも教会へ駆け込む人たちは多かった。

力を持たない一般の人々がスタンピードの騒動で逃げまどい、軽傷を負った為だ。

教会では力のある者は治癒能力を使い、力のないものは薬草を摺り、薬を作った。

暫く忙しい日々を送っていたが、それでも皆と一緒だとココはなんでも楽しかった。


「不思議」

「なにが?」

「だって私、力が使えることを知られたら連れ戻されるのかと思ったもの」


口をとがらせながら告げるココに、話を聞いていたゴーユは笑った。


「ぷはははは!それは安心しろよ!」

「?」


不思議そうに首を傾げるココに、涙が出るほど笑ったのか目をこするゴーユは訳を話した。


「貴族になるのと、貴族の婚姻には王様と教会の二つの承認がいるってことは知ってるよな?」


ココは頷いた。

ジェラルドの婚約者として確定されたあの頃、婚姻の際には陛下と教会に申請する為に必要なことを教えられていたからだ。


「”教会では一度平民落ちした人間を再び貴族とすることは認めない”
例えその人が悪いことをしていなくても、だ。
基本的に教会には力がない。
金のない平民が、子供を貴族に売り飛ばすのも容認してるくらいだ。
だが、再び貴族の籍にするということの裏には、なにかよからぬことを企てることが大半だ。
だから、この件については例え王族からの要請であろうが教会は断固として拒否できるんだよ。
勿論、なにも企てもしていない、本人も戻りたいというなら話は別だが、その証明も難しい。
だから気にしなくていい。
お前は平民から貴族になって、それからまた平民になった。
また貴族に戻ることはありえないんだ」

「…ほんと?」


ココは信じられないといったように、ゴーユを見上げた。
そんなココを安心させるために、笑顔で答える。


「ホントホント」


ココはやっと、肩の力が抜けるのを感じた。

教会の皆と、”家族”と一緒に過ごしていても、また再び”地獄”に戻されることだけはどうしても避けたい、その為にはどう行動すればいいのだろうかという思いが常にあったのだ。


「…よかった」


ココの言葉にゴーユは微笑み、ココの頭を撫でた。


「私、ここが好き。ずっとずっとここにいたいと思ってる」

「そっか」

「信じてない?」

「信じてるさ。俺もここが好きだから」

「そっか」


ココの笑顔を見て、ゴーユは口籠り俯いた。


「………突拍子もない話をしてもいいか…?」

「なに?」 

「お前が一人で魔物の群れに飛んでったあの日、俺夢を見たんだ」

「うん」

「力が欲しいか?って、俺欲しいって答えた。もうお前一人に任せたくねーから。
そしたらさ、変な部屋が立て続けに表れて、それでどんどん進んでいったら…」

「力が使えるようになった?」

「……ああ」


ゴーユは黒髪にルビーのような赤い目の持ち主だった。

力の使えない人間と、一般的には思われていた。


「ふふ、ふふふふ」

「信じてねーのか?そりゃあ女神のいとし子として何一つ色を持ってないけど、でも」

「信じてるよ。だって私と一緒だもん。
私も力が欲しいかって聞かれて、答えて、それで強くなれた」


あっけらかんな態度で答えるココに、ゴーユは目を瞬かせる。


「……そうなのか、お前も?」

「うん。だからゴーユの話本当に信じてるよ」

「なら、…なら今度は一人で行こうとするな!
俺も一緒に行くから!絶対に!!」


茹蛸のように顔を赤く染め上げるゴーユに、ココの頬もつられて赤く染まる。


「…もしかして、私の事好き?」

「好きだ!」


躊躇なく答えるゴーユに、ココは笑った。

そしてゴーユの手に、そっと手を重ねるココ。


「…嬉しい」








女神はこの世界が好きだった。

弱い者でも、他を守ろうとする人間は特に好きだった。

色など関係ない。

心からの願い、そして努力する人間こそ女神に愛されるのだと、人々はまだ知らない。


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