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4、この状況は……!

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「ど、どうしましょう…!?」


いえ、どうもしなくてもいいかもしれません。
だってここは小説の世界じゃなくて、現実の世界なのだから。
でも現実に起こりえないファンタジーな内容が今、目の前に起こっています。
となると、この小説に書かれた内容が絶対に起こらない保証なんてまったくないのも事実なのです。

小説に書かれた内容はこうです。

異世界から来た女性に、居合わせた公爵家の独身男性が一目惚れをして、そのまま女性を邸へと招き入れる。
だが男性は親が決めた婚約者がいた。
男性は婚約者の事を好意的に見てはいなかったのだが、婚約者の女性は違った。
婚約者は男性の事が好きで好きでたまらないほどに愛していた。
邸へと連れてきた女性に、微笑みながらも笑顔で接する婚約者の女性。
だけどそれは男性の前でのみだった。
女性が一人になるとあらゆる手段で女性を虐め、遂には殺人未遂にまで達してしまう。
だが婚約者から女性を救ったのは、婚約者が愛する男性だった。
男性は自分の婚約者を蔑んだ目で見下し、断罪する。
婚約者は叫んだ。
「貴方の事を愛しているのに!」と。
殺人まで至ってはいないが、狂気に狂った元婚約者の女性は処刑を余儀なくされた。
裁判所でギロチンで首を切られそうになる瞬間、愛する男を最後にと元婚約者の女性は目を向けた。
そして男性の隣に立つ女性が目に入る。
女性は笑っていた。
安堵からではなく、とても楽しそうに笑っていたのだ。
元婚約者は、女性の表情にぞっとする。
そして悟った。ハメられたのだと。





「こ、これは小説…小説よ…
第一私はヴァン様の事なんとも思っていないし、マルティ様にも危害を加えようとも思っていないわ…!」


恋愛小説と思って読んでいたものがまさかのサスペンスというかホラーというか、思っていたジャンルと全く違いました。
しかも、異世界の女性、公爵家の男性、婚約者の私、というキーワードが何とも絶妙に当てはまり怖くなって体がぶるりと震えあがりました。

よっぽどの恐怖心がうまれたのか、冷や汗もかいていました。


「大丈夫、大丈夫。仲良くやっていけば、なにも問題なんてないわ」


ぶつぶつと呟きつつ、心を落ち着かせていると、トントンとノックする音が部屋の中に響きます。
ホラー小説なんて読んでないのに、ただのノック音が部屋に響き渡っただけでドキドキと緊張感が高まりました。
 

「お嬢様~、起きてますか?」


ひょこっと扉から顔を覗かせたミーラに、強張っていた体から力が一気に抜けていくようでした。


「ミーラ……」

「あ、起きてましたね!…ん?小説読んでたんですか?」

「ええ、続きが気になってね」

「ん~、今日はお嬢様には寝ててほしかったのですが…だってお嬢様、侯爵家でも働きづめで全然寝れてないんですもん」

「そんなことはないわよ。毎日3時間ちゃんと寝てたわ」

「それ全然大丈夫じゃないですからね!?」


そうかしらと首を傾げていると、ほどよく温められた湯を差し出されて、私はありがたく使わせてもらいます。
そして軽く身支度をしていると、トントンとミーラの時よりは力強いノックが響きます。
ミーラも一緒にいるので、先程の恐怖心は生まれませんでした。
一人じゃないというのはとても心強いものですね。

ミーラにお願いして出てもらうと、ミーラと共に入ってきたのはヴァル様でした。


「え、ヴぁ…ヴァル様?お、おはようございます」

「あ、ああ、おはよう。それより朝食にい、一緒に行かないか?」


想定外なことを言われた私は思わずミーラの顔を伺ってしまいます。
すると彼女は大きく頷く。


(これは受け入れろということかしら…?)


そういえば昨日ミーラに普通にすることと、彼女は私の傍にいつでもいると言われていたことを思い出します。

サスペンスなのかホラーなのかよくわからない小説を鵜呑みにせずに行動したほうが、この公爵家で生きていける可能性が高く感じると第六感が告げた気がしました。


「ありがとうございます。お誘いいただきとても嬉しいですわ」


そういうとヴァル様はホッと胸を撫で下ろして、私に背を向けて肘と体の隙間を少し広げました。
どうやらエスコートしてくれるようで、私はマルティ様に悪いとは思いましたが、ヴァル様の厚意を無視するわけにもいかずに彼の腕にそっと手を添えました。
ミーラが後ろについてきてくれることを確認し、ヴァル様と共に部屋を出ます。


「き、昨日はよく眠れたか?」

「はい、とても過ごしやすいお部屋をご用意頂けたお陰でいつもより快適に過ごすことができました」

「そうか、それは良かった。
……昨日の事なのだが、その、すまなかった」

「?というのは?」

「マルティのことだ。いくら君が素晴らしい人だろうが配慮に欠けていた。
君の事を考えたら早めに伝えたほうがいいと思ったのだが…、すまなかった」


ヴァル様の言葉に少し首を傾げましたが、私はすぐに理解しました。


(配慮に欠けたというのは、婚約者として赴いた初日に伝えてしまって悪かったという事かしら?
だったら私の事を考えて早めに告げたというのは、少しでも私がヴァル様に心動かされる前に行動したという事よね)

「そのことでしたら問題ありません。寧ろ早々に教えていただきありがとうございます」

「…君は本当に…」

「?どうしました?」

「いや……、手続き上婚約期間が必要とはいえ…君を妻として迎え入れられることを嬉しく思っているんだ」

「………」


少し頬が上気し、潤んだ目にじっと見つめられながらそんなことを告げられると、誰だって心臓がどきどきと高鳴ると思います。

甘いフェイスってこういう表情を言うのかしらと思わず考えてしまうほどに、黄色い声を上げていた女性たちの気持ちが今分かった気がしました。

ドキドキと高鳴る心臓が止む気配もなく、私はじっと見つめてくるヴァル様から目を逸らすために下に目線を向けます。


「わ、私は自身の身の振り方は十分にわかっております。
なので、ヴァル様の手を煩わせることのないよう十分に注意します」

「アニー…嬢?それはいったい…?」

「で、ですからそのように気を使った言葉は私には…」


無用ですと告げる前に、テンションの高い声が私達を出迎えました。


「ヴァル!アニーちゃん!おはよう!」

「お、おはようございます」

「…母上、おはようございます」


ニコニコと微笑みながら、私とヴァル様をじっくりと眺め頷く公爵夫人。


「その様子ならどうやら誤解は解けたようね。ホッとしたわぁ~」


と胸を撫で下ろしていたが、いったい誤解とはなんだろうと首を傾げる。


「おはようございます、皆さん」


ヴァル様に添えていた手を離したところで、マルティ様もメイドに連れられて食堂に訪れました。
今の見られていなかったかしらとドキドキしたけれど、表情も変わらないマルティ様の様子にほっとします。


「マルティ様、おはようございます」

「あ、アニー様おはようございます…あの、どうか私の事は呼び捨てでお願いできませんか?
私の世界では様付けは一般的ではなくて…」

「わかりました。ではマルティ、どうか私の事もアニーと呼んでください」

「はい!ありがとうございます!アニー!」


花が咲くような笑顔ってこのような時に言うのでしょうか。
パアと笑顔になるマルティ様が眩しいです。

そして少しでも疑ってしまった自分に嫌気がさしました。
そうでなくとも彼女はたった一人で誰も知り合いもいない世界に落ちてきてしまったのだから、優しく接して彼女が悲しまないようにするべきだったのに。

小説のどろどろした泥沼展開が起こらないように回避しようだなんて、彼女に対してとても失礼な思考でしたわ。






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