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幼い頃、僕は可愛い女の子を見かけた。

『……ねぇ、あの子は誰?』

キラキラと輝いた銀髪を結い上げ、まるで宝石のように輝く紫色の瞳の女の子を指さして僕は尋ねた。

『あぁ、マルガイ公爵家のお嬢様ですね』

『マルガイ公爵家といえば、次の王妃のお告げがあった子?』

『ええ、そうですよ』

執事の返答に僕は心臓がツキリと傷んだ。
なんだろうとトントン胸を叩いていると、『カイル殿下?どうかなさいましたか?』と聞かれたため、『急に胸が痛くなった』と答えた。

キョトンとした執事がにこりと表情を変える。

『それは、カイル殿下が一つ大人になった証でしょうね』

『大人に?どういうこと?』

『恐らくこれは私の予想でしかありませんが、カイル殿下はあのお嬢様に恋をしたのですよ』

『恋…』

一目惚れと言う言葉は知ってはいたが、まさか自分がそれを体験するとは思ってもみなかった。
そして同時に失恋を体験することになることも思わなかった。

今から六年前一つのお告げが降りた。

【光り輝く銀髪とバイオレットサファイアの瞳を持つものを王妃に迎え入れれば、百年の間安寧の地となることを約束しよう】

その知らせは瞬く間に国中へと広まった。
そしてマルガイ公爵家から該当する娘が生まれたと知らせが届く。

お告げが意味することは、神が愛しく想う子の幸せである。
王妃に迎えたとしても神の愛し子が幸せを感じなければ、約束が果たされないこともある。
そのため次の王妃となる子に自分の伴侶となる者を選ばせる必要が出てくるのだ。
今王家には僕と僕の兄上であるアルベルト兄様しか子はいない。
その為二人のうちどちらかが、あの子の伴侶に選ばれる。

考えるまでもなく兄上が選ばれると誰もが思った。

兄上は天才で、だからか誰よりも貪欲に意識を欲した。
兄上と似ている自分がいうのもあれだが、兄上は見目もよく、そして王族のみに継がれると言われている輝く金色を髪の毛に宿している。
僕も瞳に金を宿していたが、兄上と違い黒色の髪の毛だった。

(きっと兄上が選ばれるだろうな…)

実際に会う順番も兄上が先と決められており、もし兄上が選ばれなかったとしたら僕が会うことになっていた。
可能性はゼロではなかったとしても、限りなくゼロに近かった。

遠くにいる女の子を見つめていると、女の子は急に父親から離れる。

『……あ』

まるで何かが見えているかのように、時より手を伸ばして走る女の子の後を僕は追った。

『ごめん!あの子を連れ戻す!』

『カイル殿下!?追うなら私が…ッ!?』

背後でなにかにぶつかったかのようにくぐもった声を発した執事に僕は振り向くことなく女の子を追いかけた。

少しだけ息が切れ始めたとき、この国を表す花が咲く花園に辿り着いたとき女の子が立ち止まる。
まるで花を求めた妖精がやってきたかのような光景に僕は見惚れながらも、女の子の前に出ようと脚を持ち上げたところで留まった。

(…待て。僕はまだあの子に会ってはいけない)

例え人間の中で決められたことだとしても、お告げに関することで決められたことを破ると王族といえども罪をおうことになるだろう。

僕は後ろを振り返った。

後をついてきているはずの執事にお願いしようと思ったのだ。
が、誰もいない。

(そういえばくぐもった声を聞いてから何も聞こえてこなかった…)

足音すらも。

つまりここにはお願いできる人は誰もいない。
自分しか女の子を父親のもとに返せる存在はいないのだ。

僕は必死に考えた。
そして一つの答えを導き出す。
それは兄上に変装すること。

髪の毛の色を変える程度の魔法を先日習ったばかりだったことも、この案を考えられた理由だ。

さっと髪の毛の色を変えて、唯一視界に入る前髪を指で摘んで色を確かめる。
兄上と同じ金髪だと確認してから僕は女の子に声をかけた。

『ねぇ君!』

女の子は振り返った。
女の子の目に僕の姿が写っている。
そう考えただけで僕の心臓は高鳴った。

『…、だぁれ?もしかして天使さま?』

可愛らしい声にドキドキと高鳴る心臓を必死に見て見ぬふりをしながら、僕は言葉を返す。

『え、て、天使じゃないよ』

『天使じゃないの?』

『そうだよ。…それより君、大人の人と一緒じゃないの?』

『ううん、お父さまと一緒に来たよ』

『君のお父さまはどこ?』

『わかんない。キラキラしたのを追いかけてきたらここにいたの』

『キラキラ?』

女の子を追いかけている間目を逸らすことなく追いかけていたが、キラキラと光る物など見えなかっただけに疑問に思った。
だけど嘘なんてつかないだろう、きっと僕が女の子に夢中で他のことが疎かになっていたのだ。と納得させる。
だって執事が付いてきていないことも後で気付いたくらいなのだから。

『……じゃあ僕が君を君のお父さまのもとに連れてってあげるよ』

『ほんと?ありがとう!』

花が咲くような笑顔を浮かべる女の子に、僕は始終ドキドキと胸を高鳴らせていたが、それでも女の子と周りの目を気にすることなく関わることはきっとこれが最初で最後だと思い手を差し出した。
躊躇なく握り返されることに嬉しく思いながら、一歩ずつ終わりに近づく道のりを小さな足で歩き進める。

『さっきの場所とっても綺麗だったね!』

『うん。あそこは神様に愛された人たちが大切にしてきた場所なんだよ』

『神様に愛された?』

『そう。心のきれいな子のことだよ。
君もあの花園が気に入った?』

『うん!だってとっても綺麗だったもん!』

そんなささやかな話をしながら歩き進めるとすぐに女の子の父親がいる場所へと辿り着いた。
僕は少し離れた場所で女の子に別れを告げる。

『どうしたの?お父さまは別に怖くないよ?』

『違うんだ。
実は、僕は本当はここにいてはいけないんだ』

きっと自分の父親を紹介してくれようとしているのだろう女の子は、僕が怖がっているのだと思っている様子だった。
僕はそれを否定して、そしてどうにか誤魔化した。
といっても嘘はついていない。
今の時点で僕はいてはいけない存在だから。
決められた約束を破って僕はここにいたから、王子という存在を知っている公爵には会うわけにはいかなかった。

『ねぇ、また会える?』

『……会えるよ』

君が兄上を選ばなければ、すぐにでも。

『約束だよ』

『約束するよ』

僕はそう言いながら笑った。
約束しなくてもこの先会うことは出来る。
兄上を選ばなければすぐにでも会えるだろうし、兄上を選んだとしても暫く経てば兄上の弟として紹介されるはずだから。



そして僕はこの日の夜兄上が選ばれたという報告を受け、この国の王でもある父上と王妃である母上に謁見を申し出た。

『僕をウェルハート辺境伯に行かせてください』

と。











ウェルハート辺境領は国境沿いに広がるとても広大な都市である。
よく辺境の地という言葉から田舎と勘違いするものもいたが、実際には王都に並ぶほど栄えていた。

その為学習の面でも環境は整っており、自らの子供が親元を離れた場所で成長したいと告げても頭ごなしに拒否されることはなかった。

王宮内でも勉強はできるし、剣術や魔法だって学ぶことができる。だがあくまで理論的なものしか学ぶことができない。
それが辺境の地となると全く異なる。
学んだ剣術や魔法は実戦で使ってみることで、成長速度が変わってくる。
例えば対人間、もしくは木材等といった固定した相手で学んだ剣術と魔法は、様々な魔物たちを相手にした実戦よりも劣る。即戦力に大きく違いが出るのだ。

母上は言った。
王子ともあろう貴方が前線に出る必要はないのだと。

父上は黙って僕と母上の様子を眺めていた。

僕は心の叫びとは違う言葉を口に出していった。
この王宮という場所で兄上と彼女の寄り添う姿を見るくらいならば、少しでも離れて暮らしたい。
だがその想いを打ち明けることはしない。
結果は覆らないからだ。
ただ強くなり、そして戻ってきたときには王となる兄上の力になりたいと、そう告げる。

そして許可が降りて僕はすぐに辺境の土地へと向かったのだ。


ウェルハート辺境伯に訪れた僕を、辺境伯とその息子が出迎えた。

『ようこそお越しくださいました、カイル殿下。
私はバルク・ウェルハートと申します。
そしてこちらは愚息のベンジャミンです』

『よお!これからここで暮らすんだろ?仲良くしよーな!』

礼儀をわきまえた父親とわきまえない息子の構図に僕は目をパチクリと瞬かせると、辺境伯は良い音を出してベンジャミンの頭を叩いた。

『こら!殿下になんちゅー口を聞いてるんだ!お前は!』

そういいながら息子の頭に手をおいて強制的に下げらせる辺境伯に僕はやめるように促した。

『大丈夫だよ。少し驚いたけれど、僕はこれからここで世話になる立場だ。出来れば気軽に接してほしいから態度も畏まる必要はないよ』

そういうなり喜ぶベンジャミンと、頭を抱えて深い溜め息をつく辺境伯に僕は少しだけ笑った。

(ここでなら彼女のことを忘れられそうだ)

そして僕はまるで本当の兄弟かのようにすぐに打ち解けられたベンジャミンと多くの時間を過ごした。
勉強も訓練も、実戦も。
平民の雇用も積極的に行っているこの土地では、風呂も身分関係なく汗を流すこともあった。
騒がしいベンジャミンのお陰といってもいいほどに、僕の心から彼女の記憶が薄れていった。

『しばらくお別れだな』

急にそういったベンジャミンに僕は答える。

『お前どこか行くのか?』

『学園だよ!ここじゃあ剣振り回してるが俺だって貴族だぜ!』

『……ああ、お前のほうが年上だったな』

共に過ごすと年上という感覚が薄れてしまっていたが、ベンジャミンは僕よりも一歳だけだが歳上なのだ。
そんな事実を思い出したことでカルチャーショック紛いな気持ちになりながらも『元気でやれよ』と送り出す僕にベンジャミンは笑って答える。

『お前がさみしく感じねー様に手紙書いてやるよ!』

『いらないな』

『うっわ!人の好意を!』

『手紙書くくらいなら勉強しろ。僕が入学したときに留年してたら笑い話にもならないからな』

ベンジャミンは体育会系の見た目通り頭を使うことが苦手な傾向にある。
机に向かって長時間いることができない傾向で、出会った当時はよく椅子に物理的に縛られていた。
それでも負けず嫌いでしかも単純な性格をしているベンジャミンは、勉強を教えてくれる家庭教師にうまく乗せられ、年下の僕より低い点数をとるとなんとしてでも勝ってやると意気込みを見せて、自ら取り組むようになった。

『じゃあな』と家を出るベンジャミンを、僕とウェルハート家総出で見送る。
【息子がすんなり学園に入れたのもカイル殿下のお陰だ】とか【坊ちゃまがまっすぐ成長したのも殿下のお陰です】とか、ベンジャミンが聞いていたら怒りだしそうなことも言われたが、僕はまたベンジャミンに会えることを楽しみにした。

辺境伯自らの手解き中、ベンジャミンからの手紙を持ってメイドがやってきた。
『休憩にしよう』と告げた辺境伯もいそいそとベンジャミンからの手紙な封をあける。
愚息とか口では言いながらも息子からの手紙を楽しみにしている様子の辺境伯に口端があがったが、封から出てきたテスト用紙を真っ先に確認した辺境伯に僕は少しだけ固まってしまった。

【カイルへ
元気にしてるか?俺がいなくてさみしいと思っているだろうと、心やさしいベンジャミン様がカイルに手紙をかいたぞ。
それにしても、お前の兄とは血がつながっているのか?
いや、顔はそっくりにみえたけど、なんか雰囲気というか、顔以外の部分が全く似てなくてな。
婚約者の子も大切にしていないようだったし。
いいか?お前は俺の弟分でもあるんだ。男なら一人の女性を大切にしろよ。
まあ、まだ婚約者もいないお前には早いわな!
じゃあ来年会おうぜ!
ベンジャミンより】

ベンジャミンからの手紙を読んだ僕は頭を硬いなにかで殴られたような衝撃を受け、ぐらぐらと視界が回る。
『カイル殿下?』と声をかけられたことで、僕はハッと我に返った。

『なんでもない。
……辺境伯すまないが、今日の特訓はこれで終わりにしてもらえないだろうか?』

答案用紙を手にしふるふると震えている辺境伯に断りをいれると特になにもいわれることなく了承された僕はベンジャミンの手紙を手にしながら部屋に戻る。

そして僕は頭を抱えた。

"婚約者を大切にしていない"
"男なら一人の女性を大切にしろ"

この言葉だけで兄上が彼女に婚約者としての責務を全うしていないことも、彼女ではない女性に入れ込んでいることも容易に理解できた。

だけどわからなかった。

何故神託により王妃に決まっている彼女を大切にしていないのか。

いや、それよりも彼女に選ばれた兄上が何故………

(これが選ばれたものの余裕なのか?)

暫くの間必死で理由を考えたが、どれも納得も理解もできなかった。
そして僕は自分の両親へと筆を走らせることになり、返ってきた返答を受けてすぐさま王都へと飛び立つことになった。




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