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(視点変更)




「お前最近噂になってんぞ」


エリーナと分かれたジルベークは真っすぐ公爵家へと帰宅した。
にこやかなジルベークの表情は、公爵家で働く者も思わず見入ってしまう程の破壊力である。
そんな上機嫌なジルベークが上着をメイドに預け、エントランスから離れようとしたところで声をかけたのがシュタイン公爵家次男のルーカスである。


「噂?」


兄弟仲は至って良好な為、ジルベークは気分を害すことなく伝えられた言葉をそのまま返す。
すると共にいたのか、長男であるオリバーもその場に姿を現した。


「あ、それ俺も聞いたぞ。なんでも深窓の令嬢に付きまとってる男がいる、とか?」


ニヤニヤとまるで弟の恋をからかってやろうとする、いやまさしく今そう思っているだろう兄二人組にジルベークは、にこやかな表情を崩して眉を寄せる。


「なんですか、それ…」


そう口にしながらも、身に覚えのあるジルベークは息を吐き出した。

深窓の令嬢という言葉は、本来俗世間の穢れを知らない純真無垢な女性のことを例えた言葉をいう。
だがエリーナは世間を知り、また世の中の穢れを知っている。
決して純真無垢というわけではないが、両親に大切に育てられ、いくつもの婚約申込書が戻ってくるという事実があるからこそ、箱入り娘という意味付けで彼女につけられたあだ名であった。
勿論これは男性の中だけで言われているあだ名であるが、察しの良い女性であれば耳にした者もいるだろう。

そして彼女をみたことのある者たちはこう口にした。
『まるでモンブランのような甘い髪色の彼女と共にカフェデートをしてみたい』
『深緑を思わせる瞳が素敵だ。是非あの瞳で見つめられたい』
『ふわりと微笑む彼女の笑顔が素敵だ。毎日彼女の笑みをみることが出来るのならばどんな苦境にも耐えよう』
そして中にはこういう者もいた。
『僕がせめて女性であれば、彼女と知り合えたのに』
と。

これまでエリーナは男性との交流を一切持たなかった。
だからこその深窓の令嬢。
エリーナが何故男性との交流を持つことがないのか、そこにどんな理由があるのか、誰も知らなかった。
何故なら彼女の家の者も、そして彼女と友情を育んだ者誰一人口を割らなかったからだ。

そんなエリーナと交流をしている男性がいると、たちまち噂になった。
だがエリーナが男性を遠ざけていることも事実であるし、まだエリーナもジルベーク"も"社交界にデビューしていなかったことが幸いして、そこまで話は広まることがなかったが、今後デートを重ねればもっと噂になるのは確かだった。


「で?実のところの関係はどうなんだよ」


ジルベークは父親には告げていた。
ある理由から婚約相手を決めるのは成人を迎えてからと予め決めていたが、その前に運命の出会いをしたということ。
婚約者は彼女がいいと告げると、エリーナの噂を知っていた両親は彼女の心を掴んでみろとだけ告げた。
だがそれは父だけが知っていることであるし、兄二人が知っていることではない。

(まぁ、隠すことでもないけど)

ジルベークはそう思い、正直に二人に話した。


「エリーナ嬢に交際を申し込みましたよ。勿論返事は保留でお願いし、頂いていません」

「なんでだ?」


不思議だったのか、何故返事を頂いていないのかと口にする二人にジルベークは答える。


「俺の事を知らないまま返事をもらったら、断られるに決まっていますから」


その言葉に納得したのか、確かにと互いの顔を見合わせ頷きあう二人の兄にジルベークは内心ムッとした。


「まぁそうだな」

「今まで断られた男の見合い写真を縦に並べれば、余裕で大人の身長を超えると聞くからな」

「まだまだガキのお前じゃあな」

「俺はもうガキじゃありませんよ」

「兄の俺からしてみればお前なんてガキだよ、ガキ」

「それにお前はまだ_」

「弟の恋に口出さないでください」


そこまで言いかけた次男のルーカスの言葉に被せて、ジルベークは話を遮った。
例え事情があろうとも、あの言葉の先は自分でもあまり聞きたくない。


______まだ子供だと、自覚させられるから



「はぁ……、早く大人になりたい」



(視点変更終)




多ければ月一で開催されるお茶会という友人との交流の場に、私は参加し、香り良いお茶の匂いを嗅いでいた。

この場にいるのは学生時代に知り合ったお友達。
学校を卒業してからそれぞれ忙しくしており_婚約者との婚姻をあげる為の準備等_、滅多に日程が合うことがなかったため、このお茶会は久しぶりに開催された。
流行のファッションを話した後には、美味しいスイーツの話だったり、婚約者の話だったり、そして順調に進んでいる結婚式の進捗の話が話題に上る。
結婚式への進捗を話してくれたアイリーンには、「楽しみにしているわ」「おめでとう」と皆声をかけ、私もお祝いの言葉を告げると何故か私へと視線が向けられた。


「え、な、なに?」


何故アイリーンが私をじっと見ているのかと不思議に思い、ちらりと他の友人に目を向けるとアイリーンと同じように皆視線を私に向けていた。


「エリー、貴方最近噂になっているのだけれど、本当なの?」

「噂?なにが?」

「ある殿方と頻繁にデートをしているという噂よ」

「へ!?」


想定していなかった言葉に思わず声をあげたが、顔を赤くした私にアリーナだけではなくジュリアやイザベア、ソフィア、リナが食いつく。


「私も聞いたことはあるわ!殿方の名前までは伝わってこなかったのだけれど、とても親密そうにしていたと!」

「そうそう!私びっくりしてしまって!」

「私もびっくりして聞き返してしまったわ!」

「そうそう!エリーってば全然教えてくれないんだもの!……で、噂は本当なの?」


目をキラキラとさせて私の言葉を待っている皆に、思わずたじろぐ。
だってそれほどまでに勢いが凄いのだ。


「あ、えっと……、で、デートということではなく、ただお話が合う方とお出かけをしているのを、誤解しているだけかと」

「では噂は本当ではないと?」

「恋人ではないと?」

「本当にただの友達?」

「告白もされていない?」

「あ」


一言。たった一言漏らした私に確信を持ったのか、友人たちの表情が一気に輝きだす。


「告白されたのね!?」

「あ~~~、甘酸っぱい!!」

「しかもエリーから聞くからより心がときめくというものよね!」

「友達ってエリーがいっているってことは、エリーに返事を強制してないということ!友達の座に収まれただけでも凄いのに、紳士的な対応で更に好感度があがるわ!」

「確かにそうね!男を知らないエリーのために、ちゃんと少しずつ距離を詰めているってことだもの!」


ひ、ひぃぃぃいいぃぃ!
何も話してないのにそこまでわかるものなの!?


「エリー、貴方はどうなの?異性として」

「異性!?」

「あら、それはまだエリーには早いわ」

「そうよ。相手の殿方も辛抱強く待っているというのに、その答えを私達が先に聞くのは無粋だわ」

「確かにそうなのだけれど、…やっぱり知りたいじゃない?」

「あ、あの…」

「エリーの大切な感情を育むためには、私達もお助けしなきゃ」

「確かに他人が介入して上手くいくこともあると思うけれど、エリーの殿方はエリーのことを優先してくれていると私はそう思っているわ。
だからこそ、私達はあまり介入しないほうがいいのよ」

「あ、あの~」

「貴方は知りたくないの?」

「勿論知りたいわ!」

「我慢しているのよ!」

「付き合った際には詳細を求め、細かく聞かせてもらうからこそ、我慢できるってものよ!」


その言葉に私は遂に立ち上がった。
立ち上がった際に勢いでテーブルに着いてしまった手が地味に痛いけれど、でもここは口を絶対に挟むべきところだとそう思った私は、立ち上がった。


「わ、私は、私は…、黙秘権を行使するから!!!」


大声で宣言すると、一瞬の沈黙が生まれた。
そして、上品な笑いが起こる。


「「「「ふふ」」」」

「…ふふふ、そうね。貴方の言う通り、我慢してみるわ」

「次の集まりにはきけることを祈りましょう」

「そうだわ。次と言ったらもうすぐ社交界デビューもあるもの。
ふふふ。エリーのパートナー、今から楽しみね」


だから私は黙秘権をするんだって!
その言葉は口から出ることはなかった。

最後に言われた言葉が私の脳内を反復する。

だって、パートナーって……、基本的には父親、もしくは兄弟が努めるもの。
だから、ジルベーク様が私のパートナーになることはないのだ。
けど、でも、でも、もし、仮にジルベーク様が私のパートナーになっていただけたのならば……

そう思ったら、顔が更に熱くなって皆に話す余裕がなくなったのだった。








「エリーナ、今日は令嬢達とのお茶会に行ってきたんだろう?」


夕食時、お父様に尋ねられた私は豚肉のソテーを口に含んだばかりだった為、咀嚼後飲み込んで答える。
ゆっくりと焼いているからかとても噛みやすかったため、そこまで待たせてないだろう。


「はい。行ってきました」

「なにかあったのか?」


お父様の質問に私はドキッとする。
友人に言われた言葉を思い出したからだ。
でも、お父様が知っているわけがない。そう思い直して私は水を一口飲みこんだ。


「………。お父様、あの……」

「なんだ?言ってみなさい」

「で、デビュタントのパートナーは父と決まっているもの、ですよね?」

「そうだな。勿論、兄妹がいれば兄でもいいが…、エリーナのデビューは私が一緒に行くから安心なさい」


私を安心させるためにニコリと微笑むお父様。
優しいお父様にいつもなら、安堵して胸を撫で下ろすところなのに、私はどこか寂しく感じた気がした。
正直、何故お父様にこんな質問をしたのかもわかっていなかった。
ただ、本当になんとなく、口にしただけの質問に、何故こんな落ち込んでいるのかと、自分自身が不思議だった。


「あら。アナタ。一つ言い忘れているわ。
エリーナちゃん、肉親だけじゃなくて、将来を誓った婚約者も、パートナーとして問題ないからね」

「へ?」

「お、おい。そ、それはどういう意味だ…?」

「なにも意味なんてないわよ。
エリーナ、友達以上になったらすぐに報告よ?」

「私は婚約を許してない!ただの友達だろ!?そうだろエリーナ!?」

「ふふふ。うるさくなる前にお部屋に戻ってもいいからね」

「あ、はい。それでは先にお部屋に戻っていますね。
お父様、お母様、おやすみなさい」


「エリーナ!?待ってくれ」と私を呼び止める父の呼びかけには答えず、手を振るお母様に会釈しながら私は席を立つ。
最近のお父様はご乱心になる回数が多い。

部屋へと戻ると湯あみの用意が出来たというリリーに、私は食事を終えたばかりだがお願いした。
友達とのお茶会しか今日は行っていないけれども、少し疲れてしまったからだ。

丁度いい湯加減のお湯に体を浸かせていると、リリーが頭を洗ってくれる。
マッサージも兼ねているから、とても心地よくて思わず寝てしまいそうになる私に、リリーが話しかける。


「お嬢様は、あのお方にパートナーをお願いされるのでしょうか?」

「え!?し、しないわよ!ジルベーク様は婚約者ではないし、それに私のパートナーはお父様にお願いするのだから!」


思わず反論したが、自分の言葉にツキンと胸が痛む。


「ね、リリー。私って……。ううん、なんでもないわ」

「?よくわかりませんが、私はお嬢様が大好きです。とても魅力的で優しくて、自慢の主のご主人様は誰からも愛されるお方ですよ」


それは貴女が私のメイドだからそう思っているだけなのではと思ったけれど、見上げるリリーの表情は心からそう思っているような、満足気なリリーの笑みに私は苦笑する。


「ありがとう。リリー」





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