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遭逢 ―ソウホウ―

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「……なんですか?」

 違和感は消えないものの、彼女はどこからどう見ても普通の女の子で、殺意や悪意がない事は一目瞭然。

「真っ黒にオレンジの目……うん、この子だわ」

 顔を上げ、ホッとしたように微笑む。

「あなたが保護してくれたのね。ありがとう」
「君の猫?」
「ううん、その子の飼い主さんが探してるの」

 ニコニコ笑う少女を僕はアルカイックスマイルを浮かべながら、こっそり観察した。この猫を一生懸命探していたのか、スカートの裾や袖に泥がついている。

 この子に猫を預けても大丈夫そうだな。何よりもこんなに屈託なく笑う女の子は初めて見た。

「そう、飼い猫だったんだ」

 僕が子猫をそっと渡すと、彼女は子猫に頬ずりをする。

「ダメよ。1人でお散歩なんかしちゃ。おばさん、探してたんだから」
「みゃあん」

 僕の時とは違い、子猫は甘えた声でゴロゴロと喉を鳴らした。

 やっぱり僕が怖かったんだな……猫に悪い事した……

「ありがとう。この子、飼い主さんに渡してくるわ。ちょっと待ってて!」
「う、うん……」

 えっ? 待つの? なんで? 早く帰らないといけないんだけど。

 そう頭では思ったものの、彼女の勢いがある声につい頷いてしまい、後悔をする僕。彼女が歩き出すと、子猫は急にバタバタ暴れ出し、オレンジの目で僕の事を真っ直ぐ見つめた。

「にゃぁぁぁぁぁん」

 大きな声で鳴いた子猫に彼女はクスリと笑う。

「きっと、あなたにお礼を言ったんだわ。じゃあ、待っててね!」

 手を上げ、駆け足で行ってしまった彼女の後ろ姿を見ながら、僕はぼんやり佇んでしまった。

 お礼……? この僕に? そんな事……思いもしなかった……


 しばらくして、はぁはぁと息を切らせながら戻ってきた少女は僕にふふっと笑いかける。

「飼い主さん安心してたわ。この辺は悪ガキがいるからって」
「そう……」

 うん、いたよ。転ばせておいたけど。

 この辺の警備を増やして、今度あの悪ガキ達は大人からしっかり叱ってもらおう。町の安寧秩序を守るのはシトリン家の役目。屋敷に着いたら、父上に報告して提案書を作らなきゃな。

 あれこれ仕事の事を考えていた僕はコバルトブルーの瞳にじっと見つめているのに気づき、コホンと咳払いをした。

 そうだ……なぜか、この子に引き止められたんだっけ。
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