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密約 ―ミツヤク―

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 国王の私室奥には秘密の部屋がある。

 シトリン家と繋がっているその部屋は、何かあった時の国王の逃亡ルートであり、シトリン家との密会の場でもあった。

 魔法で左手の人差し指に光を灯し、入り組んでいる薄暗い地下道を右へ左へと歩く。

 死神と呼ばれし者は、この地下迷路を完璧に記憶しなくてはならない。知らぬ者が迷い込んでしまえば、永遠に日の光を浴びる事が叶わぬほど難解な迷路となっている。

 まぁ、この地下の存在を知る者はほとんどいないが。

 僕が最後の角を曲がると扉が現れた。右手を扉に描かれた魔法陣にかざし、魔力を放出する。手のひらが赤く光り、カチャリと鍵が開く音がした。

 選ばれし者のみしか、触れる事ができない扉を押すと、すでに国王は中央のテーブルで優雅に紅茶を飲んでいた。

 フードをかぶったまま、お辞儀をした僕は右手に魔力を集中させ、死神グリム・リーパーであるあかし、大鎌を顕現けんげんさせる。

「若き死神よ、久しぶりじゃな」
「お久しぶりです」
「まぁ、座れ」

 僕はフードの奥からチラリと国王に視線を向け、早々に話を切り出す。

「アルベルト王子の婚約の件で物申しに参りました」
「さっそく本題とはせっかちじゃの」

 ククッと笑いを口から漏らした国王を僕は軽く睨みつけた。

「私も暇ではございませんので」
「アルベルトの婚約のぉ……もう、お前の耳に入ったのか。さすがじゃ」

 感心したように頷く呑気な態度に、イラッとしつつも淡々と話を進める。

「なぜ、婚約を?」
「クラリス嬢は公爵家令嬢であり、魔法を発現させた。しかもSSクラス級の大魔道士じゃ。王家との婚姻も不思議はなかろう」
「では、なぜ強引に内定を?」

 国王が言う事はもっともだ。ただ、候補を飛ばして内定はおかしい。前代未聞の出来事である。

「アルベルトがべた惚れじゃからな」

 僕に魔道士の血が云々うんぬんと話すのは無駄だと思ったのか、苦笑しながら真意を話す国王に僕はふんっと鼻を鳴らした。

「王家と我が家門の何百年にも渡る密約。忘れたとは言わせませんよ」
「忘れるわけなかろう。死神は闇社会の番人。罪人の魂を刈る代わりに、想い人を傍に……おおっ! ということはジェスター、お前もクラリス嬢を?」

 すっとぼけた顔でわざとらしく驚いてみせる国王に苛立ちが募っていく。

 なにが、おおっ……だ。
 国王は僕の想い人がクラリスだと知っていたに決まってる。

 知っていたからこそ、アルベルトとの婚約を内定させ、先手を打ったんだろう。僕に諦めさせようという魂胆こんたんがミエミエだ。
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