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番外編2

町でイノシシと戦った公爵令嬢のお話 2

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「サボったなんて人聞き悪いなぁ。ちょっと内緒で出てきただけよ?」

 私の説明を聞き、エルは更に顔を曇らせる。

「それを世間では『サボった』って言うんです!」
「だって言ったら怒るでしょ?」
「あ、た、り、ま、え、で、す」
「だから、言わなかったのでぇぇぇす」

 声高らかに右手を上げて答えた私に、エルは深い深い溜息をついた。

「言わなかったのでぇぇぇす……じゃ、ありません!」
「いいじゃない。たまには楽しい事しなきゃ!」
「毎日、楽しんでらっしゃるじゃないですか……」
「なんか言った?」
「いーえ!」

 言っても無駄だと思ったのか、明後日あさっての方向を見ながら肩をすくめる。

「ま、ま、エルもドーナツ食べて。美味しいよ? 甘いもの食べたらさ、多少の事はどうでも良くなるから」

 よし! お祭りを楽しめないエルには、カラフルチョコスプレーがたっぷり掛かっているドーナツをあげよう。

 ほらほら……と笑いながら、とっておきのドーナツを差し出した。

 悩みの元凶が言うセリフじゃないでしょうが…………と憮然ぶぜんとした表情でエルはボソリと呟く。

 が、結局受け取って一緒に食べている以上、同罪だと、私は思う。

 ドーナツを手に小言が止まらないエルをまぁまぁとなだめた後、人込みから少し離れた壁に寄りかかり、賑やかな広場の様子を眺めていた。

 皆は楽しそうだし、ドーナツは美味しいし、私は幸せだぁぁ。

 ………………妃教育がなければね!

 思わず自分でツッコミを入れ、心の中で思いっきり叫ぶ。

 妃教育なんて大っ嫌いだぁぁ!

 私は、我が国の王太子であるセルビオ殿下の幼馴染。殿下8歳の誕生日パーティーで将来の王太子妃という肩書きまで付いてしまった。

 なぜ!?

 パーティー中の婚約発表に食べかけていたケーキがのどに詰まりそうになるも、婚約者に選ばれてしまったものは仕方ない。たぶん、私が魔法を得意としている事が大きかったのだろう。

 が!

 妃たるもの食事は小さな口で上品に、とか。妃たるもの穏やかな微笑みを絶やさずに、とか。妃たるものいかなる事があっても走ってはいけない、とか……たるもの、たるもの、たるもの、と言われ続けて早10年。

 妃だって美味しければ大口開けて食べたいし、おもしろければ爆笑するし、妃教育がなくなるなら王宮から脱兎のごとく逃げてやるしっ!

 うー、魔法の特訓なら喜んでやるのにぃ。

 持て余している体力と魔力に、窮屈な妃教育の日々を思い出してはイライラが募る。2本目のドーナツを半ばやけくそ気味にもぐっと口に入れた時、私の前を通り過ぎて行く男の子と女の子がふと目に入った。

 好奇心いっぱいの瞳でお祭りの様子を見ている幼い2人の姿がかわいらしい。

 子供の頃の私と殿下の姿と重なり、懐かしさに自然と頬が緩む。
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