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9.寝落ちして
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風呂に入って、下も念入りに洗って、なんか透けてる寝間着にして、お香も焚いた。準備万端!となって数時間後、部屋は静かだった。
「さむ……」
春先だが、まだ夜は冷える。透け透けの寝間着は冷える。掛け布団を体に巻いて、ベッドの上を転がっていたが、やっぱり来ない。
(なんかホットミルクとか……)
諦めて、一杯飲んだら寝よう。やっとベッドから起き上がると、ドアに向かった。せっかく娼館通いで培った絶技を披露できるところだったのに。
(これで将来のイカレポンチサイコパス王を骨抜きに……)
「――わぁっ!」
「も、申し訳ない」
ドアを開けた途端、制服姿のティメオが立っていた。マルベーはぎょっとして身を引く。廊下にはオロオロした使用人がおり、目配せをしたが、困惑した様子だった。
「で、殿下っ、い、いつまで、今までずっと……?」
「……入ってよいのか、分からず……」
(いや、入れよ!お前ん家だろ?!)
「わぁ殿下ぁ! お待ちしておりました~♡」
にっこり笑って、手を握ろうと腕を伸ばす。さっと右手を拒絶され、じゃあ左手は……同じように後ろに隠される。
耳がピクピクと動いて、緊張が伝わってきた。
「……お部屋にどうぞ~~~♡」
「はい……」
廊下にいた使用人に口パクで「酒!」と伝える。瞬足で消えた使用人を見届け、ソファに案内した。
「殿下、お待ちしておりましたぁ♡」
「……」
「?」
向かい合うようにして座るが、ティメオは押し黙ってしまった。無口でも様になるのは圧倒的に顔が良いから。常に話術で人の注目を集めていたマルベーは、羨ましくなった。
(あ~あ~、顔が良いって得だなぁ)
葡萄酒が運ばれて、グラスに注がれる。緊張を解して、ベッドに誘導……とマルベーは計画を立てていたが、ティメオは一向にグラスに手を出さない。
「殿下、すみません。お酒の気分じゃなかったでしたか? お茶とかにします? あ、でもこれ美味しいですよ~」
ガブガブ飲んでいたら「服」と、消え入りそうな声が聞こえた。
「はい?」
「あなたは……その、服はあまり、人前で着るのは……」
ぱっと目が合うと、ティメオの目元が赤くなっていた。両耳もほんのり色が付いている。恥ずかしそうに、目を伏せてはいるが
(その割にばっちり見てんな)
チラチラと視線は感じる。寝間着はガウンを羽織っているが、下着がうっすら見える半透け。黄金色の尻尾がぷるぷる震えていた。
「すみません、殿下に気に入って頂きたくて……お気に召されませんでしたか?」
恥ずかしげもなく、小首を傾げる。三十路の仕草じゃないと、どこからか悪口が聞こえたが、頭を振って抹殺した。
(死なずに済むなら、なんでもするわ)
「いや! とても似合っている、だけど、これで廊下には……」
「分かりました! じゃあ殿下の前でしか着ません! ……殿下にしかお見せしませんよ」
そっと隣に座って、体を寄せる。腕を絡ませると、マルベーより何倍もある上背が、びくりと震えた。
(お、でも拒絶はしない、と)
全部娼館で学んできた。記憶力が良いので、娼婦(夫)から受けてきたサービス全て覚えている。
(俺はサービス提供者、こいつは客)
背中や肩に触れていく。ごつごつと固い体は、相当鍛えているのだろう。近づくと、ふんわりと漂ってくる清潔感のある石けんの匂いに混じって、甘い香り。ティメオの体臭だろうか、マルベーは気に入った。
「殿下」
「……っ」
キスしようとしたが、顔を背けられる。気を取り直して、体に触れていく。
「耳や尻尾に触れても?」
「……」
真っ赤になった耳と顔がこくりと動く。そっと触れると、柔らかくて頬ずりしたくなる感触だった。
(わ~、触ってるだけでも気持ちいいな)
前世で行った猫カフェなど思い出す。むにゅむにゅした耳はずっと触っていたくなる。これで額とか指でなぞると、猫は気持ちよさそうにしていた。
「今日、来てくださって嬉しかったです」
「……はい」
「殿下は普段、どこを触れられるのがお好きなんですかぁ」
「……」
脇腹にも手を伸ばすが、ティメオはあまり喋ってくれない。しばらくして、真っ赤になった顔で「分からない」と言った。
「……物心付いた頃には、誰とも触れ合ったことがない」
「……」
母親が幽倫塔で死んだのは、ティメオが6歳の時。母親が死ぬまで、会うこともできなかったのだろう。
(俺なんて親に抱きついて甘えて、小遣い貰ってたのに)
小遣いが足りなくなると、両親に抱きついて頬にキスをしていた。口うるさい親も「やめなさい!」とか言いながら結局、マルべーを許すのだ。
(俺もこいつがわかんないよ。いったいどんな環境で育ったんだろう)
「じゃあ、これから俺といっぱい触れ合いましょう!」
笑いながら抱き付いたら、体が硬直した。腕を回してくれなかったが、拒絶されなかったのでヨシ!
尻尾の付け根を刺激しようとしたが、そこはやんわり拒絶される。触れるのは拒絶しないが、どうやら最後の一線は守りたいらしい。
(ガードが堅すぎるよ……)
触れてなんとか緊張を解そうとしたが、駄目だった。鉄壁の守りに、マルベーも後半ヤケクソになっていた。
ティメオが手を付けなかったワインを一本開けたところで、昔話を始めた。
「でんかぁ~、あるところにぃ、どこにでもいる男がおりましたぁ! そいつはいせかいにいて! 異世界っていうのはですね、ここじゃない場所があるんですよ、信じられますぅ?」
「……」
「そこはね、こことは文化とか、生活とか全然違ってぇ、その男は会社員をやってたんですよぉ。会社員っていうのは、はたらくひと! 俺はもうこっちきて、働いたことなかったんで、それはマジで嬉しかった!」
酔うと昔を思い出す。時々、あの世界に戻りたくなるのだ。
「会社なんか、なんにも楽しくなかった! でも働かないと、借金返せないしぃ、あ、俺のローン、どうなってんだろぉ?」
「……」
「まぁいっか。 働かないとね、彼女に高級レストランとかぁ、ホテルとかつれてけないし、男はそのとき、クレジットカード何枚も作っててぇ、あとねバンドルカードも作ってた! 俺限度額いっぱいまで借りて返せなくなってたから、そん時他のクレカ作れなくなってたんだよね! 受けるよなぁ」
「……」
マルベーは前世の話を続けた。酔っていて、隣の男の様子など目に入らなかった。クレジットカードにリボ払い。限度額いっぱいまで借りすぎて、ATMでキャッシングできなかったこと……
(今はいくら金を使っても、許してくれる両親がいて、幸せだったのに……あ~殺されるなら、戻りたい)
未来を見つめたところで、やっと我に返った。そうだ、隣に座ってる男に殺されるのだ。
(あれ、もしかして今ので首切られるかな)
ずるっと肩に感じる重み。ティメオは眠りこけていた。
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