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7.嘘付きな新妻

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「そうなんです~! ティメオ殿下のお話を以前から聞いておりまして! どうしても、どうしてもティメオ殿下にお会いしたい! そんな気持ちを訴えて、わたくし食事も喉に通らない毎日でしたぁ~!!」

(どうせばれない。ばれない嘘は真実と一緒)

「ティメオ殿下と式を挙げられて、これ以上の幸せはありません!!!」
「……話とは? どんな噂を耳に?」

 はしゃいだ様子の嫁が気に入らなかったのか、后が鼻を鳴らす。繊細なレースで縁取られた扇子をパタパタさせていた。

「実は噂ではなく! 領民から聞いた話で、わたくし一度も会っておりませんでしたのに、ティメオ殿下に懸想してしまったのです……」

(確かめようもない。だからばれない。ばれない嘘は真実なんだよ)

「ご存じの通り、ヴァロワ家は貨物事業を行っております。西から極東へ、長い旅をして参りますが、北の道を通る時でした。北の蛮族から襲撃に遭ってしまったのです! 当時、荷物はジレール家に献上する、西の島で見つけた珍品でございました。普通であれば、命が惜しければ荷物を捨て去り、逃げるところ。ですが物が物でしたので、なかなか荷物を手放せず、蛮族に襲われる! その時でしたぁ!」

 マルベーはその場で、適当に物語を作るのが得意だ。でも全部嘘じゃない。ヴァロワ家が貨物事業を行い、北のルートを通るのは事実だ。蛮族に襲撃されることも、時々あるのは本当……雇った傭兵が、ちゃんと蹴散らしてくれる。

「そこに! ティメオ殿下と! 部隊の騎士達が颯爽と駆けつけたのです! 従業員がよく語って聞かせてくれました! 黄金色の髪と瞳、美しい黄金色の両耳! 一度見たら忘れない! このご恩は一生忘れませんっ!と!!」
「……」

 后や弟殿下は眉間に皺を寄せていた。構うものか。玉座の間で、みんながマルベーに注目している。隣のティメオだって顔を上げないが、耳がピクピク動いていた。

「蛮族を蹴散らす、その勇敢な姿! 見惚れてしまう姿だったと皆、口を揃えておりました!一時期うちの領地では、ティメオ殿下を描いた似顔絵が、ぁっ……申し訳ありません……王族の似顔絵を……不敬でございましたぁ……」

 興奮したように喋り、どこかで落とし所を付ける。こうすると、あれ本当かも?と人は信じるのだ。

(ティメオ殿下の話なんか、悪い噂しか聞いたこと無いし、似顔絵なんて流行ってない。でも確かめようがない。だからこれは真実なんだよ)

 言葉に詰まらせながら、目元を押さえる。マルベーは嘘泣きも得意だった。両親に小遣いをせびる時に、よくやるからだ。

「……申し訳ありません……しかし私の……私の殿下への気持ちは本当であります……手の届かぬ、叶わぬ人……そう思いながら毎夜、枕を涙で濡らしておりました……」
「おぉ……そこまでティメオを……」

 人の良い陛下は、感動した様子だった。義父の攻略は楽勝。それで……

「もう結構よ……皇太子妃として、責任のある行動をなさってね」

 義母は「野蛮な空気を吸ったせいで、体調が優れない」とか言って、さっさと退場してしまった。弟殿下を見ると、ばつが悪そうに母親の後を付いていった。

(ママが近くにいないと何にもできないよ~……ってそれは俺も一緒か)

 挨拶が終わり、長い廊下を歩いていると、すっとラファイエットが近づいてくる。顔には「大人しくしてろ」の文字。
 白目を剥いてふざけていると、ぱっとティメオが振り向いた。慌てて襟を正した。

「で、殿下……?」
「……申し訳なかった……あまりに質素な式で……」

 相変わらず目力が強い。キラキラした宝石が、金糸に包まれているようだった。白目を見られたかもしれないと、マルベーは取り繕うように笑った。

「良いですよ、楽しかったですし。それに盛大な式なんか挙げたら、玉座を狙ってるって、噂立てられるのは面倒なんでしょう」

(息子をどうしてもトップにしたい母親、母親の言うことしか聞けない意思無しヘタレ息子、言いなりになるしかない父親……うーん、役満!)

 ティメオは固い表情のまま、頷いた。

「私は……王族としての責任は、どんな形であれ成し遂げられると思っている……だから玉座に拘る必要は無いと考えていて……貴方は」
「お、私ですか? 楽し――貴方と一緒にいられたら」

 にっこり笑って、媚びを売っておく。毎日親の金を使って、楽しく生きられたらそれで良かった。それなのに(将来)血まみれ恐王の妻になってしまったのだ。

(どこかで隙見て逃げるか~)

 下心ありありの笑顔だったが、ティメオの強ばりが緩む。「先ほどの貨物の話は……」と言われて、本人にはバレているだろうと、さっさと白状することにした。

「ああ、あれ! 嘘ですよ、嘘。俺の噂聞いてるでしょ? でも嘘も良いもんだって、ちょっとは思ったでしょ?」
「……」

 その時初めて、ティメオが感情を見せた。ぽかんと呆気に取られた顔になり――こぼれるような笑顔だった。
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