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暁 星が宿り、縁が交わる

後始末

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 年始の挨拶回りがなんとか無事に終わると次の大仕事に取り掛かる。

「あなた、全部終わったのかしら?」
「あぁ、月一で記録を送付していたから、向こうも諦めたようだ」

 こちらの善きにしてくれと対象の家からは返事があったとヴェーラに振ってみせた。それにホッと息を吐くと執事長も呼び、支払う金額を決めていく。

「全員、呼びますか」
「いや、対象者らと後は各担当長が集まってもらえば問題あるまい」
「かしこまりました」
「ヴェーラ、私は立ち会えないが大丈夫か?」
「女主人の役目だもの平気よ。それに騎士を控えさせておくつもりだし、バカな行動をするようなら、それなりの口実になるでしょう」
「まぁ、そうだな。言及することも出来たが、したところで変わるわけがなかろうしな」

 何故ああも偉そうになれるのか不思議でしょうがないと零すヴィークトルに苦笑いを浮かべながらヴェーラと執事長も頷く。それから、ヴィークトルは出かけ、ヴェーラは対象者らを呼び出したサロンへと向かう。

「あぁ、よかったわ、全員揃ってるわね」

 サロンに入ると担当長らに目配せをし、対象者らが揃っているのか確認すると手を叩いて、声を出す。その言葉に気づいて対象となった使用人たちは女主人たるヴェーラが来ていることに気づく。
 遅い。サロンに各担当長らから呼び出され、待てと指示されたのであれば、もっと上の人間が来ることが予想ついただろう。けれど、誰一人出入口を気にすることなく、ヴェーラがサロンに来て声を出すまで気づかなかった。むしろ、背を向けて駄弁っていた。つまり、何故自分たちが呼び出されたのか想像もしていないのだろう。

「今日はあなた達に渡すものと伝えたいことがあって来てもらったの」

 持ってきて頂戴と声をかけるとメイドが複数の小袋を乗せたワゴンを押して入ってきた。それを見た彼らは目を輝かせる。中に何が入っているのか予想がついたのだろう。

「さ、一人ずつ持っていって頂戴。伝えたいことは皆の手に渡った後、するわね」

 そういうと彼彼女らは早かった。伝えられる内容など考えることもなく、我先にと小袋を手に取っていく。その際に一部のメイドたちはワゴンを押して入ってきたメイドに侮蔑を孕んだ目を向けていたが向けられた方は特に表情を変えず、ワゴンが空になったのを確認するとヴェーラに一礼し、サロンを出ていった。
 私たちは報奨を貰えたのにお生憎様と思っているのだろうが、何故彼女らは手にしたそれが報奨だと思うのか不思議だわとヴェーラは彼女たちの行動を見て、そう思う。

「さて、皆に行き渡ったわね。それはあなた達の退職金よ」

 ヴェーラの言葉に彼らは目を見開き固まる。何故と書いてあるその顔に思わず吹き出しそうになる。

「契約書に書いてあったでしょう。あなた達の契約は三年。あと二週間ほどで契約満了。次の職場探しなどで準備が色々とあって入用となるでしょう。その退職金は有効に使うといいわ」

 勿論、先方から紹介状を書いてほしいと言われたら、喜んで書きましょうとヴェーラは固まる彼らに告げる。

「な、何故ですか、奥様」
「何故? 何故も何も契約が切れるからよ」
「それなら、さっき来たメイドも切れるんですよね」
「えぇ、切れるわ。でも、彼女は契約更新の手続きをしてるから、まだうちで働いてもらうよ」
「それでしたら、私も契約更新を」
「どうしてしなくてはならないの?」

 必死に言い募る女にヴェーラは心底不思議そうに尋ねる。どうして? と女は意味がわからず呆然とする。

「だって、私は一生懸命働いてましたし」
「そう? 結構な頻度でサボってるって報告が入ってるのだけど」
「あ、あの女がそんなことを言ったのですね。そんなの嘘です」
「あら、誰も彼女が言った何て言ってないけど。それにこの報告は家政婦長たちから聞いたものよ。それにあなた達がサボっているところは私自身も何度か目撃したことあるもの」

 仕事をやらない、覚えない、他人に押し付ける人をいつまでも置いておくわけにはいかないのよねとヴェーラは頬に手を当てながら、言う。

「元々はあなた達の親御さんからお願いされて雇い入れてたのだけど、親御さんの方からももう好きにしていただいて良いとおっしゃられてね」

 勿論、あなた達以外にもそう言って雇い入れた子はいるわよと続け、その子達はきちんとしてたから契約更新をしたり、別のところに紹介したりしたと説明する。

「……私は、使用人なんかやってますが、伯爵令嬢よ」
「えぇ、そう、それがどうかして?」
「お父様がそんなこと言うはずがありません」
「ここ三年間、月一であなた達の素行は報告してるの。それを鑑みた上であなたのお父君もそう判断を下されたの。そもそも、使用人なんか・・・とはなに? 何故、ご両親がわざわざ雇って欲しいと頼んできたのか分かっているの?」

 頭を下げてきたご両親はお金が欲しくて雇って欲しいと言ってきたわけではない。それならば、手助けをするだけで断っている。彼らのご両親否家は正直裕福ではない。そして、跡継ぎではない彼ら。三子以上ならばなおのこと学園に通わせてあげるほどの余裕がない。けれど、それでも親として少しでもいい出会いをチャンスをと僅かな機会を使ってヴェーラたちに頭を下げてきた。条件は使用人として三年。本人たちのやる気があるのならば、さらに伸ばすことも別の家に紹介状を書くなり、他の職を勧めるなりはすると伝えていた。勿論、使用人の中に教育者も入れていた。これは彼らだけの為ではなく、雇う平民たちの為でもあったわけだが。貴族への立ち振る舞いから自らが貴族に属するようになった際の立ち振る舞い。貴族名鑑から国の歴史など、秘匿情報以外ならば望めば望むだけ多岐にわたる教育を用意していた。

「私はきちんと契約前にも契約後にもそれは伝えていたはず。それに家政婦長や他の担当長からもそれとなく伝えるようにしてました。けれど、あなた達はなにもしなかった」

 彼らとと同じような人達も勿論いた。けれど、その人達は以前フェオドラに会った朝食会の際に主人に叱られ、己の間違いに気づいた。そして、改めた。その成果もあって彼らは年初めのパーティの給仕、設営などの表舞台に立てるまでになった。

「むしろ、貴女は余計に質が悪いと言ってもいいわ」

 自分は伯爵令嬢だという女にヴェーラはにっこりと笑みを浮かべていう。

「噂話が出るのはしょうがないことだわ。けれどね、うちの息子が大事に大事にしてる子の情報を流し、その子を危険に曝したことは許せないのよね」

 殺させる気だったのだから、余計よね、と。そんなヴェーラの言葉に青くなる女。何故、それを知っているのとがばかりだ。

「あら、うちは公爵家よ。ご存じなかった」

 彼女の疑問にあまりにも楽しそうに笑うヴェーラに女は恐怖にしか思わなかった。それは他の者たちもしかり。

「一応、契約終了後も一週間は猶予とみなすわ。それ以上は与えません。私から伝えることは以上よ」

 あとは頼んだわと執事長に託すとヴェーラは淑女としてははしたないだろうが、少々駆け足で別邸へと向かう。

「今の時間なら、アーテャもジーニャもいないわね。フェオドラちゃん構い放題ね」

 その日、フェオドラはアルトゥールが別邸に戻るまでヴェーラに離してもらえなかった。

「お着替え、もう嫌です」
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