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暁 星が宿り、縁が交わる

一瞬の襲撃

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 巡回騎士に派遣された際に知り合った人々にフェオドラのことを教え、有事の際にはただでは済まないと脅す。とはいえ、アルトゥールが知り合った人々は善良なものが多く、そんな脅しにケラケラと過保護なもんだと笑った。

「こんにちわぁ、レオンチェフ様ぁ」
「あぁ」

 時折、アルトゥールに情を寄せているのか、はたまた公爵夫人が夢なのか、バッチリ着飾った女性がアルトゥールの腕をとろうとしてきた。しかし、アルトゥールは一言返事でそれをサッと躱すと彼女らに目をかけることなく、フェオドラの手を引いて行く。

「いやー、美人が一緒にいるところに突撃しに行くとか、バカなの? いや、バカなのか」

 美男美女美味しいですと二人を眺めていたものはそんな言葉を零す。彼らはどう考えても自分らの隣に立たせるべきではないし、見るだけでお腹一杯よとあれそれとフェオドラに貢ぐアルトゥールを見て思う。

「クリームが端についたままだぞ」
「うぇ、どこですか??」
「そっちじゃない、こっちだ」

 片手にクレープを持ち、アルトゥールの言葉を聞いて自分の唇の傍を確認するも拭うことはできていなかった。くすりと笑ったアルトゥールに自分が触っていた反対側のクリームを指でサッと拭い、ぺろりと舐めてしまう。

「もう、トゥーラ様、ばっちいですよ」
「くくっ、そうか、ばっちいか。フェオドラの頬についてたものだそんなことはないと思うんだがな」

 ほら、ハンカチで拭ってくださいとポーチからハンカチを取り出すもアルトゥールはフェオドラの言葉に笑って、どうにも手にとってはくれない。トゥーラ様と少し強く名前を呼べば、すまないと言葉では謝りつつも顔はまだ笑っていた。笑うアルトゥールの姿が珍しいのか彼を見とめた人々はぎょっとした顔をして隣の人と驚いたと言葉を交わし通り過ぎていく。
 見たこともないアルトゥールの一面を晒しながら、散策を続け、フェオドラは一軒の露店に立ち止まる。

「……綺麗」
「そうだな。フェオドラにも丁度いいサイズだな」
「え、でも」
「宝石を採掘する際に出た端だろうが、ここまで綺麗に加工したものは珍しい」

 小さな赤い宝石をより集めたと思われるブローチは光の色で色々な表情を見せていた。いろんな角度から見て、それに感想を零せば、当然のように購入しようとするアルトゥール。即決する彼にフェオドラは戸惑うもアルトゥールはそれに価値はあるといって、購入のためにブローチを拾い上げた。

「すまない、会計は」
「あ、すいません、うちの会計は合同になっててあっちになります」
「合同か、珍しいな」
「えぇ、そうですね、案内いたしますね」
「あぁ、あ、フェオドラは」

 ちらりと会計がある先を見るが、どうにも混んでいる。フェオドラをあそこに連れていくのはと、躊躇う。そんなアルトゥールに気づいたフェオドラはここで待っていると頷く。

「ここから動くな」
「はい、お待ちしております」

 しっかりと言い聞かせると周りに目を配らせ、その露店の手伝いの少年と共にアルトゥールはその場を離れた。勿論、荒くれ者のことが頭から抜けたわけではない。だからこそ、影の護衛達にフェオドラの身を守るよう目で指示した。

「手にとってご覧いただいて結構ですよ」
「本当ですか、ありがとうございます」

 店主の薦めもあり、フェオドラは会計を頼んだブローチ以外の品物にもフェオドラは腰を落とし眺める。端といえども宝石は宝石。カットも丁寧に行なっているのだろう、陽の光にキラキラと反射を返していた。

「どれも素敵ですね」
「そうでしょう、うちの職人がよりをかけて作っておりますからね」

 ちなみにこちらは若い職人がと店主は丁寧にどんな工夫をしているのか説明してくれる。それを聞き、フェオドラは言葉を返そうと顔を上げた。

「――!!」

 突然、フェオドラの口を何かが覆った。目の前の店主もいきなり起こったことに驚いているようで目を大きく見開く。周囲もおかしな空気にざわつく。

「んー! んー!」
「うるせェぞ! 黙ってろ!」
「んぐっ!!」

 これはダメなやつとフェオドラも気づいたのだろう、声を出そうともがき、暴れるもフェオドラに手をかけたであろう男は彼女の首の側面に手刀を振り下ろした。そのため、フェオドラは呻き声を上げるとその体から力が抜け落ちる。人々の騒めきが広がる。男はフェオドラを抱えるとアルトゥールのいる側とは反対に走り出す。

「嬢ちゃん!」
「フェオドラ様!」

 店主と護衛の叫び声が響く。人を押し退け、追いかけようとすると仲間が潜んでいたのか近くの露天の商品を道に散らばす。うわっ、なんだなんだと人々が意図せずに彼らの動きを制限してしまう。

「フェオドラ!」

 人の騒めきに気付き、アルトゥールが叫ぶ。フェオドラがいた露天に慌てて戻ってきた時にはすでにその姿はなく、護衛達は報告係と追跡組、応援を呼ぶ組と分かれていた。

「申し訳ありません」
「いい、報告を」
「はい、恐らく認識阻害の魔法を自身にかけていたようで容姿などを把握できておりません。ですが、現在仲間と思われる人物も含め、姿を見失う可能性がありますが可能な限り追跡させております」
「巡回騎士には」
「現在、応援を求めに向かわせました」
「そうか」

 冷静な声にアルトゥールは怒りを覚えてないのかとその顔を見て、護衛は見なければよかったと後悔した。アルトゥールの顔は今まで見たことのないほど怒りに染まっていた。
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