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浮気と勘違い
しおりを挟む気が付くと、スマホを握りしめたまま眠っていた。
スマホの画面をチラ見すると、朝の十時過ぎ。
土曜…。あぁ、今日は土曜日だっけ。
学校休みだし、もう少し寝ようかな…
…
ん?
あれ?
そう言えば、なんか
いつもと感じが違うような…
なんて言うか、体が重い気がする。
あぁ、そっか。疲れがたまってて
なかなか取れないんだ。
ここんとこ、寝不足だったし…
疲れ?寝不足?
!
『がばっ!』
勢いよく起き上がると、辺りを見回した!
見覚えのあるタンスと小さなドレッサー。
黄色い花柄模様のカーテンの隙間から
太陽の光が覗いていた。
現実世界!
ストーリーが終了した後、現実世界に戻されて
そのまま眠ってしまったのかも。
今までも、一つのストーリーが終わると
現実世界に戻されてたよね。
土曜日だからといって、いつまでも寝てられないのが主婦であり、母親だ。
アラームセットしたはずなんだけどな…
寝室にいない旦那と、起きているであろう
子供達の朝食を作る為に
急いでリビングへ向かった。
『ガチャ』
私「ごめん!寝坊…あれ?」
だけど、そこには誰もいなかった。
パンや麺類は、幾つか置いてあるけど
食べた形跡はない。
そのかわりに、食卓テーブルの上に
メモが一枚置いてあった。
『子供達と遊園地に行ってくる。
疲れてるんだろ?
起こすの悪いと思ったから、そのまま行く。
たまには、ゆっくり休んで。
夕方には、帰るよ。』
旦那が書いて行ったメモに
何だか心が、ほっこりした。
わかっててくれたんだなって思ったら
ゲームの中で高校生になって
ときめいたり、恋愛しようとしてるって事が
恥ずかしくなった。
そして、申し訳ない気持ちになった。
『ピロリン』
私以外、誰もいない静かな部屋で
アプリの通知が響いた。
私「私、ちょっと浮かれてたかも…」
そのままスマホをテーブルに置いて
そろそろ、昼食になりそうな自分だけの
朝食を作り始めた。
十三時をすぎた頃、久しぶりにユイミが
家に遊びに来ていた。
ユイミ「アンタの所はいいねぇ。
旦那さん、子供達の面倒見てくれるんだ。
私の旦那なんて、全然だったわ…」
ユイミの家も私と同じで、子供が二人。
でも二人共、既に一人暮らしをしているので
家にはいない。
ユイミ「ずっと、一人で見てきてたような
ものだからさ。
そう、だから恋愛アプリに
ハマったりするんだよねー。」
私「浮気してるわけじゃないんだから
いいんじゃない?」
ユイミ「確かにそうだけど、バレたら何か気まずくない?」
私「うーん。確かに。」
あぁ、そっか。私がさっき旦那に対して
思った感情って、こういう事かも。
気まずい…か。
ただのゲームなんだから、そのキャラクターを
好きになろうが、浮気にはならないし
申し訳なく思う必要がないって事だよね。
ユイミ「そう言えばこの前のアプリどう?
結構、ハマるでしょ?」
私「うん。まぁ…」
ユイミ「攻略中って藤堂先生だっけ?」
私「うん。無料だったし。」
ユイミ「あ、そっかぁ。あのね、藤堂先生は…」
私「ダメ!言わないで!」
ユイミ「え?あ、そうじゃなくてさ。無料のストーリーは…」
私「自分のペースで進めたいの。」
何か言いたそうなユイミだったけど
その時の私は、藤堂先生のラストストーリーをバラされてしまうんじゃないかと思っていた。
ユイミの言葉を遮ってしまった事を
後々、後悔する事になるのに。
ユイミ「あ、そうだ!最近、珠ちゃんが
配信されたんだよ!」
私「珠ちゃん?…うそっ!渡邊先生?
でも、渡邊先生って恋愛対象は男じゃないの?」
ユイミ「それが、違うみたいなんだよね。
さっき、配信されたって通知来てさ
まだ、プロローグしか見てないけど
何か、良さそう!」
通知?そう言えば、さっきスマホ鳴ってたよね。
渡邊先生のストーリー配信の通知だったんだ。
私「ヤバイ、気になる!」
ユイミ「あーっ!やっぱりアンタもハマってるんじゃん!」
私「じ、実は…。」
旦那が帰ってくる予定の夕方くらいまで
ユイミと私は、その恋愛アプリの話で
盛りあがった。
ユイミが帰った後、旦那からBコネ(メッセージアプリ)が入った。
私「今、パーキング。後、40分くらいで着く」
40分か…。
スマホの画面は、あのアプリの通知が
出たままになっている。
渡邊先生か。いい先生だし、このキャラ
好きなんだよなぁ。
さっきユイミと、こんな事を話した。
もし、ゲームの中のキャラを本気で
好きになったら浮気になるのかって話。
そうしたらユイミは
「私はいつも本気で好きになるし、その方が楽しい」
「既婚者は基本的に旦那以外と恋愛したら
アウト。ゲームやアニメで満足出来るならそれでいい」
と言っていた。
確かに、そうかも知れない。
バレたら恥ずかしいけど、実際浮気してる訳じゃないから、セーフ。
それに、誰かが傷つくわけでも
傷つけられるわけでもないもんね。
でも、私の場合はどうだろう?
ゲームだけどゲームじゃないような気がする。
だって、実際にゲームの中で高校生として
過ごしてるんだよね。
ゲームの中で、藤堂先生の為に作った弁当も
私が実際この手で作ったし
藤堂先生から持ってろって言われた
コンタクトレンズのケースも
ちゃんとこの手で渡したし。
それに…
たまに、藤堂先生に対しての胸キュン的な
感情は、ヒロインだけの感情だとは
思えなくなっていた。
だから私の場合、ただの好きなキャラって言う
感情だけでは収まらない気がする。
うーん…。
色んな感情が、頭の中をグルグルした。
…もし、このままアプリをアンストしたら
藤堂先生には、会えなくなるのかな?
渡邊先生にも、智暁くんにも
アプリの中での親友のチエコにも。
嫌だな…それ。
ただ、スマホを操作してるだけと違う。
現実世界と同じように、存在している人達。
いや、存在と言っていいのかわからないけど
あのまま、放置したままにしたら
藤堂先生達はきっと、あの問題を解決出来ないままになる。
どうしてかわからないけど
私が行かなきゃ行けないような気がした。
アプリを長押ししながら、“移動”と
“アンインストール”の中間で
止まっていた私の指は…
『トン。』
アプリをタッチした。
??「おい。おーい。」
私「え?…わぁ!とぅーみ…」
じゃなくて。
私「智暁くん。」
東峰「お前、俺が教えてやってるのに
なに、ぼーっとしてんの?」
私「へ?…あ。」
現実世界で寝落ちしたから、どこから
始まるかと思ったけど
そういえば放課後、智暁くんに
パソコン教えてもらってたところだったわ。
私「ご、ごめん。」
東峰「…」
私の顔を、イケメン一号が見つめてる。
なんか、ときめくんですけど…。
私「な、なに?」
東峰「目、瞑って。」
私「な、な、なんで?」
東峰「いいから、早く。」
言われるままに、目を瞑ったけど
なんだろう?
なんか、智暁くんの息が軽くかかるんですけど。
も、もしかして
キ…
私「いてっ」
東峰「おい、まだ目ぇ開けるなよ。
取れないから。」
何?取れない??
『ガラッ』
藤堂「そろそろ下校時間に…」
私「…!」
藤堂「ここは、学校ですよ。そのような行為は、今後控えて下さい。
それから、パソコンルームの使用は下校時間の十分前までですので、そろそろ電源を落として下さいね。」
藤堂先生は、それだけ言うと
そのまま、パソコンルームを出て行った。
東峰「はい、ゴミ。付いてた。」
私「あ、ありがとう。」
東峰「藤堂、なんか勘違いしてたみたいな。
ま、別にいいけど。」
もしかして、智暁くんとキスしてたって
藤堂先生に勘違いされた?
藤堂先生の立ってた場所から見たら
そう見えてもおかしくはない。
心がざわついた。ヒロインの感情が
私の中に、ドンと入ってきたみたいに。
そう。なんだか胸が苦しい。
あぁ、そうか。ヒロインは藤堂先生の事が
気になり始めてるんだ。
だから、こんな気持ちになってるんだ。
私は、昔感じた事のある感情が
自分の中にある事に懐かしさを覚えた。
藤堂先生に、変な勘違いされて
それどころじゃないはずなのに。
私「…」
東峰「…」
智暁くんと二人きりのパソコンルームには
なんとなく気まずい空気が流れていた。
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