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廊下から聞こえる均等な音に、安堵の息を吐いた。
半開きにしたドアが勢いよく開いた時、少し遅れ気味のこの教室の時計が丁度4時を指していた。
視線の先にいたのは、確かに彼女だった。
彼女は不機嫌そうな顔で、小さな物体を投げつけてきた。
取りこぼしそうになりながらキャッチしたそれは、重しにした消しゴムだった。

「…あんたは、直接あの場で文句言うような奴だと勝手に思ってた。」
「俺もこんな女々しいことをすることになるとは思ってなかったよ。」

彼女は一番ドアに近い椅子に座った。
椅子を引いた時に舞った埃に少し咳をして、ポケットからハンカチを取りだしていた。
旧校舎は、今はほとんど使われていなかった。
嘗ては大人数だったこの学校で、主に文化部の部室として使われていた旧校舎だったが、入学者の減少に伴い、使われなくなってしまったらしい。
本校舎とグランドを挟んで反対側という立地もよくないのだろう。

「でも良かった。」
「何が?」
「朝のことで呼び出されたってことでしょ?
もし告白で呼び出されたんだったら、断った時逆上して襲われるかもしんないじゃん。
旧校舎だったら助けも来ないし。」
「はあ!?
誰が告白なんか!っていうか断る前提かよ…」

その言葉に、彼女はケタケタと笑って、なんともないように言った。

『だって、こんなナルシスト野郎と付き合いたくないじゃん。』

その言葉に、少し驚いて、思った。
『ああ、やっぱり間違っていなかった。』

「なあ、俺の名前、知ってる?」
「えっ、知らない。」
「だよな。
俺もお前の名前知らない。」
「そうだと思った。」

そう言って、彼女はさっきと同じようにケタケタと笑った。

「俺達初対面みたいなもんなのにさ、なんで俺のこと『ナルシスト野郎』って言ったんだ?」
「うっ…確かに悪かったよ。初対面なのに『ナルシスト野郎』なんて言って。
朝も言い過ぎたよ。
ノリっていうか…」
「ああ、そういうことじゃなくて、ナルシスト野郎なことは否定しない。」
「否定しないんだ…」
「聞きたいのは、なんで初対面なのに『ナルシスト野郎』ってわかったかってこと。」

彼女は少し考える素振りを見して、小声で答えた。

「なんとなく…こいつ世の中を見下して生きてそうだなって。」

彼女は遠慮がちにこちらの顔色を窺った。
『失礼なことを言ったから機嫌を損ねていないだろうか。』ってところか。
別になんとも思わないのに。
普段の俺の方がクソみたいなことを平然と思ってるから。

「そっか。」
「そっかって…
あたし相当失礼なこと言ったよ?」
「別になんとも思わないよ。
むしろサッパリ言ってくれる性格の分好印象。」
「…ふーん。
変わってるね。」
「わかってたろ?」
「まあ確かに。」

そう言って、彼女はまたケタケタと笑った。
この短時間で3回目だ。
この笑い方にも、性格にも慣れてきた。

「それで、本題だけど。」
「今朝のことなら謝るって、そういう話でもなさそうだよね。」
「察しがよくて助かるよ。」

彼女は、『当たり前だろ』って顔で満足気だ。

「朝の発言っていうか、俺の演奏で感じたことについて、話して欲しい。」

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