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最終話
-4-(終)
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「……あンの、クソ親父ッ!」
ことの次第を聞き終えたダンピールの第一声が、これだ。
ヴァンパイア・ハンターと対峙していたときでさえ丁寧な言葉遣いを崩さなかった男から、とても想像できない単語が飛び出し、ミロは聞き間違いをしたのかと、目を瞬いた。
「それで? あなたを私のものにした私のお父さまは、そのあとどうしました?」
言葉の隅々に幾本もの刺を飾り、リュシアンは眼光も鋭くミロを睨めつけた。
「目を覚ましたときには、もういなくなってた」
パリンッ
小気味よい音を立て、リュシアンの手の中でワイングラスが砕ける。
ミロはビクッと身体を震わせ、反射的に愛するダンピールからズズッと少し離れた。
「私の名前すら告げずに、ですか」
ミロが点頭する。
「私がすでに死んでいたらどうするつもりだったんでしょうね、あのヴァンパイアは」
「どうするも何も…生きてんじゃねえか、あんた」
あっけらかんと言われて、リュシアンは一瞬、言葉に詰まる。
照れ隠しなのか、眼鏡のブリッジを押し上げようとしたが、そこで眼鏡がすでにないことを思い出し、わざとらしく咳払いした。
「では、ヴァンパイア・ハンターとなったのも、名前も顔も、どこにいるのかすら知らないダンピールを探すため、というわけですね」
法王庁に入ったのも、神父になったのもそのために違いない。
一人闇雲に歩き回るよりも、組織の情報網を頼りにしたほうが効率いいに決まっている。
フフフフフ…とリュシアンが愉快そうに笑う。
ダンピールが滅多に生まれないこと。
生まれてもほとんどが成人できないこと。
ゆえに希少種であること。
それをわかりきった上で、父親は一人の子供の人生を狂わせた。
身勝手にも己の罪滅ぼしのためと称して。
「そもそも誰が、いつ、断罪した」
ミロに聞こえないよう小さく呟くと、リュシアンはすくっと立ち上がり、決然と顔を上げ、拳を握る。
「決めました」
振り向きざま、ぴたりとミロの視線を捉えて、凛として言い放つ。
「お父さまを探します。おいそれと死ぬような下級魔物でもなし。この私に『クソ親父』などという言葉を遣わせた罪を、きちんと償ってもらいます」
堪えきれず噴き出すミロに、リュシアンは一転して表情を和らげた。
「もちろん、あなたも一緒にですよ、ミロ」
「……」
「ミロ? どうかしましたか?」
「…初めてあんたに名前呼ばれた」
「え? それはその…失礼しました」
「違うっ」
月光色の髪が揺れて、ミロは立ち上がる。
「あんたに名前を呼ばれんのって……気持ちいい」
そう呟きながら近づくミロに、あっという間に頤をすくわれ、唇を重ねられる。
舌を絡められている合間を縫って、これからもずっとそう呼んでくれともらすものだから、リュシアンも愛しさが増す。
「俺の名前はミロ、ただひとつ。マスターがそうつけてくれた」
「……ミロ」
「リュシアン」
「ミロ…」
眩暈を伴う愉悦が唇を介して去来する。
このふたつの魂は本来ひとつであるべきものなのだと、身にしみてよくわかった。
呼吸がままならなくなってからようやく、ふたつの体は名残惜しげに離れた。
息を整え、リュシアンはおもむろに手を差し出す。
「まだ返事をもらっていませんでした。――ミロ。私と一緒に行きましょう」
晴れやかに微笑むリュシアンの美しさは、ヴァンパイアとはまた種を別とする凶器だ。清廉であるがゆえに蠱惑的。蠱惑的であればこそ、その魔性が際立つ。
これに逆らえるものなどいるはずがない。
もとより逆らおうとも思わない。
人間でもヴァンパイアでもない月光色の髪をもつ青年は、異なる色の双眸を一瞬丸くしたが、すぐに得心した。
ダンピールの手を取る。
視線を絡ませたまま、恭しく口づけた。
「とわに」
とわに。
いつまでも。
やがて死が二人を別つそのときが来ても。
あえて音に乗せなかったセリフの続きが聞こえる。
リュシアンは、捧げられた言葉の重みに酔いしれた。
これほど官能を刺激し、心をざわつかせる言葉に出会ったことがない。
口づけの余韻がにわかに這い上がってきて、無意識のうちに吐息し、うっとりとミロを見つめる。
「でもその前に……」
命令するようにして強請る。
「私にあなたの血をください」
ミロが破顔する。
リュシアンの唇にも誓約の印を施すと、シャツを脱ぎ落とし、リュシアンの目の前で、リュシアンが美しいと思った髪をかき上げた。
さらされる首筋の白さに、リュシアンの喉が鳴る。
父親のことで一時なりを潜めた欲求が呼び起こされ、目覚める。
一度口にした甘露の味を思い出して、虹彩が輝きを増し、再び危険な――ミロにとっては魂を揺さぶる甘美な――光が灯る。開いた口から牙も伸びてきた。
庭で穿った傷の表面はすでに乾いている。
捧げられたその白に指を這わせ、繰り返し…繰り返し愛しむ。
「美しい――」
「来いよ……」
血を与えるもの。
血を与えられるもの。
これからは、――とわに。
END
ことの次第を聞き終えたダンピールの第一声が、これだ。
ヴァンパイア・ハンターと対峙していたときでさえ丁寧な言葉遣いを崩さなかった男から、とても想像できない単語が飛び出し、ミロは聞き間違いをしたのかと、目を瞬いた。
「それで? あなたを私のものにした私のお父さまは、そのあとどうしました?」
言葉の隅々に幾本もの刺を飾り、リュシアンは眼光も鋭くミロを睨めつけた。
「目を覚ましたときには、もういなくなってた」
パリンッ
小気味よい音を立て、リュシアンの手の中でワイングラスが砕ける。
ミロはビクッと身体を震わせ、反射的に愛するダンピールからズズッと少し離れた。
「私の名前すら告げずに、ですか」
ミロが点頭する。
「私がすでに死んでいたらどうするつもりだったんでしょうね、あのヴァンパイアは」
「どうするも何も…生きてんじゃねえか、あんた」
あっけらかんと言われて、リュシアンは一瞬、言葉に詰まる。
照れ隠しなのか、眼鏡のブリッジを押し上げようとしたが、そこで眼鏡がすでにないことを思い出し、わざとらしく咳払いした。
「では、ヴァンパイア・ハンターとなったのも、名前も顔も、どこにいるのかすら知らないダンピールを探すため、というわけですね」
法王庁に入ったのも、神父になったのもそのために違いない。
一人闇雲に歩き回るよりも、組織の情報網を頼りにしたほうが効率いいに決まっている。
フフフフフ…とリュシアンが愉快そうに笑う。
ダンピールが滅多に生まれないこと。
生まれてもほとんどが成人できないこと。
ゆえに希少種であること。
それをわかりきった上で、父親は一人の子供の人生を狂わせた。
身勝手にも己の罪滅ぼしのためと称して。
「そもそも誰が、いつ、断罪した」
ミロに聞こえないよう小さく呟くと、リュシアンはすくっと立ち上がり、決然と顔を上げ、拳を握る。
「決めました」
振り向きざま、ぴたりとミロの視線を捉えて、凛として言い放つ。
「お父さまを探します。おいそれと死ぬような下級魔物でもなし。この私に『クソ親父』などという言葉を遣わせた罪を、きちんと償ってもらいます」
堪えきれず噴き出すミロに、リュシアンは一転して表情を和らげた。
「もちろん、あなたも一緒にですよ、ミロ」
「……」
「ミロ? どうかしましたか?」
「…初めてあんたに名前呼ばれた」
「え? それはその…失礼しました」
「違うっ」
月光色の髪が揺れて、ミロは立ち上がる。
「あんたに名前を呼ばれんのって……気持ちいい」
そう呟きながら近づくミロに、あっという間に頤をすくわれ、唇を重ねられる。
舌を絡められている合間を縫って、これからもずっとそう呼んでくれともらすものだから、リュシアンも愛しさが増す。
「俺の名前はミロ、ただひとつ。マスターがそうつけてくれた」
「……ミロ」
「リュシアン」
「ミロ…」
眩暈を伴う愉悦が唇を介して去来する。
このふたつの魂は本来ひとつであるべきものなのだと、身にしみてよくわかった。
呼吸がままならなくなってからようやく、ふたつの体は名残惜しげに離れた。
息を整え、リュシアンはおもむろに手を差し出す。
「まだ返事をもらっていませんでした。――ミロ。私と一緒に行きましょう」
晴れやかに微笑むリュシアンの美しさは、ヴァンパイアとはまた種を別とする凶器だ。清廉であるがゆえに蠱惑的。蠱惑的であればこそ、その魔性が際立つ。
これに逆らえるものなどいるはずがない。
もとより逆らおうとも思わない。
人間でもヴァンパイアでもない月光色の髪をもつ青年は、異なる色の双眸を一瞬丸くしたが、すぐに得心した。
ダンピールの手を取る。
視線を絡ませたまま、恭しく口づけた。
「とわに」
とわに。
いつまでも。
やがて死が二人を別つそのときが来ても。
あえて音に乗せなかったセリフの続きが聞こえる。
リュシアンは、捧げられた言葉の重みに酔いしれた。
これほど官能を刺激し、心をざわつかせる言葉に出会ったことがない。
口づけの余韻がにわかに這い上がってきて、無意識のうちに吐息し、うっとりとミロを見つめる。
「でもその前に……」
命令するようにして強請る。
「私にあなたの血をください」
ミロが破顔する。
リュシアンの唇にも誓約の印を施すと、シャツを脱ぎ落とし、リュシアンの目の前で、リュシアンが美しいと思った髪をかき上げた。
さらされる首筋の白さに、リュシアンの喉が鳴る。
父親のことで一時なりを潜めた欲求が呼び起こされ、目覚める。
一度口にした甘露の味を思い出して、虹彩が輝きを増し、再び危険な――ミロにとっては魂を揺さぶる甘美な――光が灯る。開いた口から牙も伸びてきた。
庭で穿った傷の表面はすでに乾いている。
捧げられたその白に指を這わせ、繰り返し…繰り返し愛しむ。
「美しい――」
「来いよ……」
血を与えるもの。
血を与えられるもの。
これからは、――とわに。
END
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