とわに

空居アオ

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最終話

-3-

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 ヴァンパイアを親とし、師とした子供は、十六歳を迎えた。
 数年前まで、まともに言葉も話せなかったことが嘘かのように、何ヵ国もの言語を自由に操り、大人すら舌を巻くほどの知識を身につけていた。
 産み母のことについては、少年が世の理を解するようになった頃、ヴァンパイアから真実を告げられた(ヴァンパイアのほうは命乞いする村人から、生贄にと少年のことを勝手にべらべらとしゃべって聞かされた)。復讐する相手はすでにないが、それでも人間社会に戻るなら好きにしていいと言う。
 少年は選んだ。
 否。
 選ぶまでもなかった。
 だから今もこうして、相変わらずヴァンパイアと行動をともにし、ヴァンパイアのために日々過ごしている。

 十六歳になった夜、少年は改めてヴァンパイアに呼ばれた。
 そうして聞かされたのはヴァンパイアの身の上話で、なんと自分と年齢の近いダンピールの息子がいるというではないか。
 ヴァンパイアは続ける。

「私はあの子に何もしてやれなかった。あの子の母親を奪い、卑怯にも逃げた私自身によって、父親をも奪った。私の罪は許されない。私は私を罰さなければならない。だから永遠にあの子には会わないと誓った」

 そう言ったヴァンパイアの表情を、ミロは生涯忘れられない。
 貴族の称号に相応しく、凄絶な美貌と長者の貫禄を備え、何者にもこうべを垂れず、常に他者をその足もとにひれ伏させてきた超然孤高の魔物が、息子を不幸にしたと項垂れ、罪の意識に苛まれ苦しんでいる。

 ミロには信じられなかった。
 たかだか子供一人のために、ヴァンパイアがこんな姿を見せるなんて。
 ミロにはわからなかった。
 両親を知らずに育った少年には、親の悲嘆など想像の範疇になかった。

 だからその息子に興味が湧いた。
 いったいどんな子なのだろう。
 自分と年齢が近いなら、一人取り残されたその子は、どうやって生き伸びてきたのだろう。
 ミロにはヴァンパイアがいた。
 本当ならその子に与えられるべきものが、ミロに与えられた。
 これ知ったら、自分は恨まれるのだろうか。憎まれるのだろうか。殺されるのだろうか。

「しかしそれでも私はあの子を愛している。――ミロ。私はあの子におまえを残すことにした」

 何を言われたのかわからなかった。
 とはいったいどういう意味だ。
 ミロは無言でヴァンパイアに問いかける。
 そうして聞かされたのはダンピールの悲しいサガだった。

 ヴァンパイアから忌み嫌われ、人間から恐れられ、どちらの血をもその体内に受け継いでいながら、どちらからも受け容れられることはない。
 いつ果てるとも知れぬ命をただゆっくりと消費し、世界という名の牢獄をたった一人で彷徨う。

 孤独しか許されない運命にあるからこそ、孤独な一生を過ごして欲しくない。
 愛しい息子に友を与えたい。
 子供から大事な両親を奪った父親じぶんの、それが残された唯一の親心だった。


「来なさい」

 少年は言われるまま近づく。
 ヴァンパイアは椅子から立ち上がり、養い子の月光色の髪を指で梳き、首筋を撫でた。

「おまえの血に、私の力をほんの少し与える。そうすればおまえはヴァンパイアと同じ長い命と、人間には持ち得ない能力を持つことになる。そしていつか、おまえと出会ったあの子はおまえの中の私に気づき、そうしておまえに気づく」
「マスター」
「安心しなさい。だからといって、決しておまえをヴァンパイアにするのではない。人間でもなくなるが、ヴァンパイアにもならない」

 少年は養い親の双眸を見つめた。

「おまえはあの子だけのものになる」

 琥珀色の一対から揺らぎは見出せない。

「あの子だけを愛してくれ」

 その悲しいほどの懇願に、――やがて小さく頷く。

「イェス、マスター」



 ヴァンパイアが愛しているダンピールの子。
 生きているなら、会ってみたい。
 会いに行くまで、どうか生きていてほしい。
 絶対見つけるから。
 決して独りにはしないから。
 だから……待っていてほしい。







 ――迫りくる牙に身を委ね、ミロは、目を閉じた。









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