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最終話
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ヴァンパイアを親とし、師とした子供は、十六歳を迎えた。
数年前まで、まともに言葉も話せなかったことが嘘かのように、何ヵ国もの言語を自由に操り、大人すら舌を巻くほどの知識を身につけていた。
産み母のことについては、少年が世の理を解するようになった頃、ヴァンパイアから真実を告げられた(ヴァンパイアのほうは命乞いする村人から、生贄にと少年のことを勝手にべらべらとしゃべって聞かされた)。復讐する相手はすでにないが、それでも人間社会に戻るなら好きにしていいと言う。
少年は選んだ。
否。
選ぶまでもなかった。
だから今もこうして、相変わらずヴァンパイアと行動をともにし、ヴァンパイアのために日々過ごしている。
十六歳になった夜、少年は改めてヴァンパイアに呼ばれた。
そうして聞かされたのはヴァンパイアの身の上話で、なんと自分と年齢の近いダンピールの息子がいるというではないか。
ヴァンパイアは続ける。
「私はあの子に何もしてやれなかった。あの子の母親を奪い、卑怯にも逃げた私自身によって、父親をも奪った。私の罪は許されない。私は私を罰さなければならない。だから永遠にあの子には会わないと誓った」
そう言ったヴァンパイアの表情を、ミロは生涯忘れられない。
貴族の称号に相応しく、凄絶な美貌と長者の貫禄を備え、何者にも頭を垂れず、常に他者をその足もとにひれ伏させてきた超然孤高の魔物が、息子を不幸にしたと項垂れ、罪の意識に苛まれ苦しんでいる。
ミロには信じられなかった。
たかだか子供一人のために、ヴァンパイアがこんな姿を見せるなんて。
ミロにはわからなかった。
両親を知らずに育った少年には、親の悲嘆など想像の範疇になかった。
だからその息子に興味が湧いた。
いったいどんな子なのだろう。
自分と年齢が近いなら、一人取り残されたその子は、どうやって生き伸びてきたのだろう。
ミロにはヴァンパイアがいた。
本当ならその子に与えられるべきものが、ミロに与えられた。
これ知ったら、自分は恨まれるのだろうか。憎まれるのだろうか。殺されるのだろうか。
「しかしそれでも私はあの子を愛している。――ミロ。私はあの子におまえを残すことにした」
何を言われたのかわからなかった。
残すとはいったいどういう意味だ。
ミロは無言でヴァンパイアに問いかける。
そうして聞かされたのはダンピールの悲しいサガだった。
ヴァンパイアから忌み嫌われ、人間から恐れられ、どちらの血をもその体内に受け継いでいながら、どちらからも受け容れられることはない。
いつ果てるとも知れぬ命をただゆっくりと消費し、世界という名の牢獄をたった一人で彷徨う。
孤独しか許されない運命にあるからこそ、孤独な一生を過ごして欲しくない。
愛しい息子に友を与えたい。
子供から大事な両親を奪った父親の、それが残された唯一の親心だった。
「来なさい」
少年は言われるまま近づく。
ヴァンパイアは椅子から立ち上がり、養い子の月光色の髪を指で梳き、首筋を撫でた。
「おまえの血に、私の力をほんの少し与える。そうすればおまえはヴァンパイアと同じ長い命と、人間には持ち得ない能力を持つことになる。そしていつか、おまえと出会ったあの子はおまえの中の私に気づき、そうしておまえに気づく」
「マスター」
「安心しなさい。だからといって、決しておまえをヴァンパイアにするのではない。人間でもなくなるが、ヴァンパイアにもならない」
少年は養い親の双眸を見つめた。
「おまえはあの子だけのものになる」
琥珀色の一対から揺らぎは見出せない。
「あの子だけを愛してくれ」
その悲しいほどの懇願に、――やがて小さく頷く。
「イェス、マスター」
ヴァンパイアが愛しているダンピールの子。
生きているなら、会ってみたい。
会いに行くまで、どうか生きていてほしい。
絶対見つけるから。
決して独りにはしないから。
だから……待っていてほしい。
――迫りくる牙に身を委ね、ミロは、目を閉じた。
数年前まで、まともに言葉も話せなかったことが嘘かのように、何ヵ国もの言語を自由に操り、大人すら舌を巻くほどの知識を身につけていた。
産み母のことについては、少年が世の理を解するようになった頃、ヴァンパイアから真実を告げられた(ヴァンパイアのほうは命乞いする村人から、生贄にと少年のことを勝手にべらべらとしゃべって聞かされた)。復讐する相手はすでにないが、それでも人間社会に戻るなら好きにしていいと言う。
少年は選んだ。
否。
選ぶまでもなかった。
だから今もこうして、相変わらずヴァンパイアと行動をともにし、ヴァンパイアのために日々過ごしている。
十六歳になった夜、少年は改めてヴァンパイアに呼ばれた。
そうして聞かされたのはヴァンパイアの身の上話で、なんと自分と年齢の近いダンピールの息子がいるというではないか。
ヴァンパイアは続ける。
「私はあの子に何もしてやれなかった。あの子の母親を奪い、卑怯にも逃げた私自身によって、父親をも奪った。私の罪は許されない。私は私を罰さなければならない。だから永遠にあの子には会わないと誓った」
そう言ったヴァンパイアの表情を、ミロは生涯忘れられない。
貴族の称号に相応しく、凄絶な美貌と長者の貫禄を備え、何者にも頭を垂れず、常に他者をその足もとにひれ伏させてきた超然孤高の魔物が、息子を不幸にしたと項垂れ、罪の意識に苛まれ苦しんでいる。
ミロには信じられなかった。
たかだか子供一人のために、ヴァンパイアがこんな姿を見せるなんて。
ミロにはわからなかった。
両親を知らずに育った少年には、親の悲嘆など想像の範疇になかった。
だからその息子に興味が湧いた。
いったいどんな子なのだろう。
自分と年齢が近いなら、一人取り残されたその子は、どうやって生き伸びてきたのだろう。
ミロにはヴァンパイアがいた。
本当ならその子に与えられるべきものが、ミロに与えられた。
これ知ったら、自分は恨まれるのだろうか。憎まれるのだろうか。殺されるのだろうか。
「しかしそれでも私はあの子を愛している。――ミロ。私はあの子におまえを残すことにした」
何を言われたのかわからなかった。
残すとはいったいどういう意味だ。
ミロは無言でヴァンパイアに問いかける。
そうして聞かされたのはダンピールの悲しいサガだった。
ヴァンパイアから忌み嫌われ、人間から恐れられ、どちらの血をもその体内に受け継いでいながら、どちらからも受け容れられることはない。
いつ果てるとも知れぬ命をただゆっくりと消費し、世界という名の牢獄をたった一人で彷徨う。
孤独しか許されない運命にあるからこそ、孤独な一生を過ごして欲しくない。
愛しい息子に友を与えたい。
子供から大事な両親を奪った父親の、それが残された唯一の親心だった。
「来なさい」
少年は言われるまま近づく。
ヴァンパイアは椅子から立ち上がり、養い子の月光色の髪を指で梳き、首筋を撫でた。
「おまえの血に、私の力をほんの少し与える。そうすればおまえはヴァンパイアと同じ長い命と、人間には持ち得ない能力を持つことになる。そしていつか、おまえと出会ったあの子はおまえの中の私に気づき、そうしておまえに気づく」
「マスター」
「安心しなさい。だからといって、決しておまえをヴァンパイアにするのではない。人間でもなくなるが、ヴァンパイアにもならない」
少年は養い親の双眸を見つめた。
「おまえはあの子だけのものになる」
琥珀色の一対から揺らぎは見出せない。
「あの子だけを愛してくれ」
その悲しいほどの懇願に、――やがて小さく頷く。
「イェス、マスター」
ヴァンパイアが愛しているダンピールの子。
生きているなら、会ってみたい。
会いに行くまで、どうか生きていてほしい。
絶対見つけるから。
決して独りにはしないから。
だから……待っていてほしい。
――迫りくる牙に身を委ね、ミロは、目を閉じた。
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