とわに

空居アオ

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最終話

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 ――昔々、あるところに、降り注ぐ月光のような美しい髪をもつ子供がいました。

 そう言って語り出すミロに、リュシアンはくすぐったそうな声をこぼした。
 それはミロのらしくもない語り口に対してなのか、それともシャツの裾から侵入してくる手に対してなのか、リュシアン自身にも判別がつかない。ただその動きに呼応するかのように、リュシアンの指もミロの背骨を下から上へとなぞっていく。
 今度はミロが笑った。

 建物の中に戻って、居間に着くなり、リュシアンはまたミロに抱きつかれ、そのまま戯れながらソファーに押し倒された。
 まるで巨大な猫に懐かれたような感覚に若干困惑しつつも、しかしまったく嫌でなく、そのうえ流されそうになる自分がいることに、リュシアンの苦笑はもう心の内に隠れるのを放棄した。
 そうはいっても、このままことになだれ込まれるのだけは阻止しなければいけない。ポカッとミロの後頭部をはたいて、その動きを止めた。
 神父の顔を捨てたミロは恨みがましくリュシアンを見つめるも、素直に起き上がり、僧衣を脱ぎつつ台所へ向かう。
 その背中を見送り、姿勢を正したリュシアンは、すぐに戻ってきたミロからワインを受け取った。

「では、話を聞きましょうか」

 ミロは肩をすくめて、グラスの中でたゆたう赤い液体を回した。


     *


 今はもう人々の記憶にさえ残っていない山奥の小さな村に、一人の女が魔女裁判にかけられた。
 未婚の身で子を身籠り、相手の男性のことを白状しなかったため、悪魔と姦通したというのだ。
 女は自身の処刑前夜、子を産み落とした。月光のように淡く輝く金色の髪と、青く澄み渡る空色の瞳をもつ子供だった。

 この世に誕生した子供が最初に課せられた使命は、翌朝、母親の処刑に立ち会うことだった。
 高く積み上げられる薪。その中央に一本の柱が立ち、女が縛られていた。男たちが汚らしい言葉を彼女に浴びせ、女たちは同じ性を持つ者として彼女を蔑む。祭りと勘違いする子供たちが彼女に石をぶつけては笑い、笑ってはまた石を投げつけた。
 やがて火がつけられる。人々は断末魔の泣き声をあげる乳児に期待した。ところが子供は火あぶりにされる母親を眼前に、泣かないばかりか、きゃっきゃっとはしゃいだ。
 燃え盛る炎に焼かれる母親を見て喜んでいる。
 迷信深い村人の目にそう映ったとしても不思議ではない。そしてさぞかし不気味がったことも想像に難くない。
 何しろ珍しい組み合わせでもなんでもない金髪碧眼が、まさに悪魔の子の証拠だと言い立てるようなところだったからだ。

 母親に続いて処刑されるはずだった子供は、幸いにも大はしゃぎしたため、命だけは助かった。
 人々は恐れたのだ。悪魔の復讐を。
 だから生かすしかなかった。苦渋の決断だった。

 子供は生かされながらも、忌み子として隔離された。かつては家畜小屋だった村はずれのあばら家に閉じ込められることとなった。
 出ることを許されず、人と接触することを禁じられ、そのため言葉もろくに話せない。
 食事は一日一回。
 着物は冬だろうと襤褸一枚。
 友達と呼べるものといえば小屋に住んでいるネズミか、ときどきやってくる小鳥やキツネぐらいか。
 子供の世界はそこがすべてだった。


 そんな日常が繰り返されていくのだと思われた、ある日。
 あばら家の扉が開いた。
 ここにやって来る人間は決してそれを開けず、隙間から食べ物なり着る物なりを手荒く入れるだけだったので、子供はそこが扉であることすら知らなかった。――否。扉という概念そのものがないのだ。せいぜい物が置かれる場所としか認識していなかった。
 光の中から誰か現れた。

「悪魔の子と言うわりには、存外普通の色合いだな」

 男だった。
 男、であると理解したのは、彼に連れられて山を下り、世界というものを目の当たりにしたのちのことだ。

 これがミロと、リュシアンの父親であるヴァンパイアとの出会いであった。





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