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再会編

空虚に跨ぐ騎士9

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北部での緊急依頼を果たし、夜間訓練中のテオドールとリパの顔を見てから中央に舞い戻る。

ユリウスの部屋に辿り着いた時、丁度朝日が東の空を鮮やかに染め上げていた。

ベッドでふかふかの布団に包まって眠るユリウスを見下ろす。少し癖毛の黄金の髪がくしゃくしゃになっていて可愛い。しかし、もうひとつ、気になるものがあり、ジンは寝室から隣合う部屋へと向かう。廊下へと続くドアの向こうに、ギルバートの気配がするのだ。

(あれから護衛させたのか?いや、でもな。交代する相手が居ないのに、一晩中立たせるか?ユリウスが?)

ユリウスはカラス達の体調すら細かく気にする男だ。数が少ないからこそ無理をさせたくないらしく、きっちりとした休息を設けている。
そんな男が今のギルバートに無理をさせるとは思えない。

(…矛と盾の戦いはユリウスが制したけど、専属になったからには護衛するとギルバートが言い張ったとか)

そんな気持ちでドアを眺めていると、寝室から足音が近付いてくる。癖毛のせいで寝起きの頭は中々ダイナミックな王子だ。ジンは思わず頬が緩む。

「おはようユリウス。起こしたか?」

「おはよ……いや、君が来たら、起こしてと伝えているから…ガラが起こしてくれた……こんな早く戻って来るとは思わなかったよ…」

スリッパを擦るように近付いてくるユリウスの、寝惚けて幼なげな様子がジンは気に入っている。
いつも朝が遅いから、早朝の今はいつにも増してボーッとしていた。

「…つまり俺のせいで起こされたんだな。悪い。まだ寝てて良いんだが……ベッドに戻る前に、ひとつ、頼まれてくれねぇか」

「うん?うん、いいよ。何かな」

こくんこくん、と頷く様子が可愛すぎるので、抱き締めたくなるが、耐えてドアを指差した。

「アレ、帰してやってくんねぇか」

「あれ…?」

ユリウスは指差された方向へとペタペタと歩き出した。まだ何も言ってないのに。危険はないと知ってるので、ドアが開いても死角になる位置へと移動して見守る。

「………え……あれ?」

背中しか見えないが、ユリウスが驚いて少しだけ覚醒したのが分かった。「おはようございます、殿下」とギルバートの声が続く。

「おはよう……いや、ん?…何で…?」

ユリウスは困惑しながら、こちらを振り返った。やはり、ギルバートの独断で護衛をしていたのだと分かった。思いもよらなかったのか、珍しく困っているユリウスの顔も、一晩中勝手に立っていたのだろう謎の行動力を発揮したギルバートも、どちらも胸を擽り、ジンは笑いそうになる口元を拳で押さえた。

その後2人の会話を聞き、漸く納得した。
ユリウスは帰れるようにと手を打っていたが、ギルバートは見知らぬ侍従(カラス)を怪しんで帰らなかったのだと。

まだ近くにいるカラスへ視線を向けると、意図を理解してすぐに降りて来た。ガラだ。時間的に、昨夜の侍従役もガラだった筈だ。

「アイツに追い払われた?」

「………はい」

「言い包められなかった事に悔しさはねぇか?」

「………ありますが」

「そう、じゃあ……」

こそこそと話しつつ、着けっぱなしの腰鞄から紙とペンを取り出して書き記す。
ガラは仮面のせいで表情は分からないが、少し腹を立てている。ジンには知った事ではない。

「これ、厨房に頼んで、アイツが寝る前に渡してやって」

差し出された紙を眺め「…トマト」と呟いてガラは消えた。

(なんだ?トマト好きなのか?)

何故トマトだけ呟いたのか。
少しだけ引っ掛かってる内に会話が終わったらしく、ギルバートが立ち去る姿を見届け、ユリウスがドアを閉めた。振り返った顔に、また困惑が滲み出す。

「……想定以上だ」

「それは何が?強情さ?真面目さ?」

「全部……」

「全部か」

何だか呆然として見えるユリウスに笑いそうになりつつ、戻って来た彼の腰を支えるように抱いて寝室へと向かう。

「…でもあれは正しい警戒心だね。ちゃんと紹介するべきだったよ」

「相手が悪かっただけだ。そもそも騎士って、王宮の従僕全員の顔を覚えてるもんなのか?」

従僕だけでも何十人と居て、騎士と関わりのない連中も居るだろう。紹介されたって忘れている騎士もいるのではないか?余程重要だったり、特徴的だったりしなければ。

だから普通は『殿下からの伝言』などと言われれば、引くものだと思うのだが。

「覚えてる人は覚えてるよ。それこそ、騎士団長は全員覚えている上、誰よりも早く新人を覚えるとか噂も…ああ、シュバリエ卿のお父上か…」

「………成程。そういや、アイツにも似たような特技があったな…」

学生時代に追いかけ回された時も、覚えにくかった筈のジンの顔を記憶していたらしいし、若い頃の写真を見ただけの祖父を言い当てたりもしていた。
ギルバートの父や、ギルバート本人が、従業員の顔を覚えている可能性は大いにある。

「すごいね」

のんびりと褒めるユリウスは再び眠気に襲われているのか、ベッドへと送るといそいそと布団に入り込んだ。
依頼帰りで身を清める魔術は掛けているものの、共に入るのは気が引けた。次の依頼も詰まっている。ここに居られるのはどうせ数時間だ。

立ったままユリウスが寝入るのを見守ろうも思っていた。もぞもぞと良いポジションを探していたユリウスの動きが止まり、横向きの彼が布団から目を出した。

「………ジン、寝ないのかい」

「ああ、寝るのを見届けたら次の依頼に向かいます」

「……じゃあ、寝るまで。ここに」

白い手がベッドの端を叩いた。

「……ベッドが汚れるぜ」

「汚れないよ。君は汚くないもの。もし汚れても、シーツを替えればいい。良いから、ここに」

更に強めに叩かれるベッドの端。甘えるような態度に目尻が下がる。

「そこに座ったらお前の顔がよく見えないだろ」

ベッドの端に腰を下ろすなら、ユリウスに背を向ける事になる。だから、ジンは立ったまま見守っていたのだ。ユリウスは少しだけ、ほんの少しだけ切なげに眉を寄せた。まるで大人に大事な事をはぐらかされた子供のような顔だ。一瞬だけだったが、見落とさなかった。

「……そっか。うん」

諦めたように微笑んで、ユリウスは手を引っ込めようとした。ジンはその手を掴んで、ベッド端に腕を乗せて床にしゃがみ込んだ。

「だからここに座る。…寝るまで、手を握って良いか?」

「……それ、普通、寝る側が言うんじゃないか」

琥珀の瞳が蕩けるように撓んだ。楽しそうに笑うユリウスに、ジンの目も解れる。ギュッとユリウスの指が強く握り返してきたので、一層強く握り締めた。

「おやすみユリウス。ホントにありがとうな」

「うん?…うん、良いんだよ。僕、君の為に動くの、好きなんだ」

「……それは」

もう半分以上眠気に食われているユリウスの、夢を見ているような声。


ーーー俺の事、まだ好きだから?


そう問いたかったが、流石に出て来なかった。あまりにも無神経な気がして。唇を閉ざすと、ユリウスの瞼も同時に閉じた。
ぼんやりと寝顔を眺めていると、徐々に口角が上がっていく。

スウスウと寝息を立てたユリウスの唇を撫でて、そっと握っていた手を離すと立ち上がる。
上手く気配を隠し、少し遠くに待機しているカラスの元へ向かい、昨夜の続きを話して貰った。

「もう行くよ」と告げ、ユリウスの部屋へ戻るように頼んだ。

狩場へ向かう前に、もう一箇所寄りたい場所がある。
ジンは急足で、騎士団の宿舎へと向かった。





他の人間の気配はしない。ジンは鍵の掛かっていないギルバートの部屋のドアから堂々と中に入った。
宿舎は4人部屋で、両サイドに2つずつベッドが並んでいる。それぞれのスペースは狭そうだが、置かれている物でちゃんと個性が出ていた。

部屋の奥側、最も物が少なく、整然としているスペースのベッドで、ギルバートが眠っている。

顔を覗き込む。

その時、背後のカーテンが開いてる事に気付いた。丁度朝日が入り込んで来て、ギルバートの顔に日差しが掛かっていたのを、ジンの影が遮っている。
眩しいだろうし、閉めようかと思ったのだが、その前にギルバートが瞼を薄く開いたので、思わず止まってしまった。

ぼうっと見上げてくる様子に、どうやらハッキリと覚醒はしていないと分かった。

覇気のない目、徹夜明けのせいだけではない疲労感の漂う肌。顔色の悪さは、影に覆われてるからではないだろう。

「良くやってるよ、お前は」

心配しなくて良い。きっとこれから好転していくから。

「偉いよ、だからもう……て、」

1人で頑張るな。俺ですら、今では他人に頼る事を覚えたんだぞ。

ギルバートが微笑んだ。眉間の皺もない、垂れ目の良さが目一杯に広がる、甘やかな笑みだ。
やっぱりコイツは、愛らしくもかっこいい最強の色男になれる。

「何笑ってんだ。起きてんのか?」

起きているなら笑いかけはしないだろうと思っていたが、起きていてくれて笑いかけてくれたのならそれはそれで嬉しいなと、そんな気持ちで問い掛けた。
ギルバートは小さな声で「次は、何を、教えてくれる…?」と呟いた。

「………夢と思ってんだな」

あまりにも彼らしい可愛い寝言に笑ってしまった。

あの頃の夢でも見てるのだろうか。いや、俺の前でこんなに可愛い顔をした事はない。もしかしたら、別の誰かを思い描いているのかもしれない。

少しだけ、本当に少しだけモヤッとしたのは気のせいだ。彼が甘えられる人がいるのなら、それは良い事なのだから。

今はきっと、そいつにも甘えられない状況なのだろうが。

「……夢の俺からの助言だ」

誰を思い描いていようと構わない。ただ、この言葉が届いて欲しい。

祈りを込めるように、下心も含みつつ、ギルバートの頭を撫でた。柔らかくもコシのある髪だ。学生時代より少し伸びているが、男らしく短い灰色の髪。

「もう少し、周りに甘えろよ」

形の良い耳に誘われて、そっと耳殻も指で撫でた。くすぐったいのか、甘えてるのか、手に頭を擦り寄せる。その仕草に胸がときめいてしまう。

こんな風に、彼が甘えられる人物がいるなら、早く助けてやれと叫びたくなった。
誰か知らねぇが。

「お前を助けようとしてくれてるヒトの手を信じろ」

助けてくれないソイツより、ユリウスを信じてくれ。信頼出来る男だ。権力の使い方もよく分かってる。

ギルバートは瞼を閉じた。その顔が、少しだけ安堵したように見えたので、ジンはそっと手を離した。

「大丈夫。みんなお前の味方だよ」


(お前の親父もな)


ジンはカーテンを閉じた。
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