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再会編
北部にて
しおりを挟む「今でも夢のようだ」
出発の時間までユリウスはそう呟いていた。いつもより眠たげなのは、本当に眠いだけだろうが、その夢現な言葉は単なる譫言ではない。
「この子もありがとう。とても可愛いよ」
カレイドガルダは、まん丸なコガラ(黒と灰色のスズメのような鳥)の姿で、ユリウスの頭の上に溶けるように鎮座している。警戒心どこに落としてきたんだと、ジンが驚く程に早々に懐いていた。
「実は、そろそろ計画も大詰めかなと思ってたんだ。これ以上長引かせても意味はないし」
想いを伝えるタイミングとしては悪くなかったようだ。
詳しい事は手紙で、とキスをしてユリウスの部屋を後にした。
外は秋の色が濃い。冷えた風の中に冬の気配がちらついている。普段なら寒さに弱い魔物達の活動が比較的穏やかになる時期だと言うのに、今年はどこも全盛期のままだ。
(雪が本格的に降る前に、アイツの所に行くか)
どれだけ悪天候でも今のジンならば会いに行けるが、彼を連れ回すのは難しくなるだろう。
手紙に『条件付きだけど外出許可が出た』と書いてあったから、折角ならデートしたい。
「ドラゴ、次の狩りが終わったら北部に行くぞ」
「それは良い考えだ!」
「お、分かってくれるか」
「雪山をふっとばす!!!」
「どう言う事だよ」
聞いたタイミングが悪かったのか、先程倒したばかりの大型魔物を貪りながら、興奮気味にドラゴが叫ぶ。同じく食事していたフィルも、まるで賛同するように遠吠えを震わせ、ジンは呆れたように笑う。
取り敢えず、北部行きは決定だ。
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北部南地区で行われる秋の祭典、収穫祭。
一年の中で最も農作物が穫れるこの時期に、数日に渡って市場を開く、北部最大のお祭りだ。
広場を中心に祭りの会場は各路地にまで至り、露店は農作物に限らず、他地方の食べ物や衣類、小物、またガラス細工や絵画など芸術品も出店される。
大道芸やパレード、紙芝居に小さな劇。催し物が多く、普段は北部から足が遠い人々も訪れる大規模な祭りだ。
それに加え、暦の月ではこの時期はあらゆる『門』が開くと言われている。宗教的な行事であり、中央などでは神殿や教会に集まり、『門』から出て来る不浄や亡霊などから身を清める催しが行われるのだが、北部には神殿がない。小さな教会が中央との境にいくつかあるが、北部は昔ながらの過ごし方が今でも主流だ。
それは亡者に化ける事。つまり、仮装をして『門』が閉まるまで過ごすのだ。
今では収穫祭のひとつとして組み込まれ、仮装も様々なものが増えている。
足元をうさぎやリスの着ぐるみのような服を着た子供たちが走り抜けて行く。その先に、ボロ布で作ったおばけや、布を巻きつけた包帯男のような、ホラーテイストの子供たちもいる。
ピエロが飴を配っているようだ。
大人達も各々好きな仮面や仮装に身を包み、楽しげに路地を行き交っている。
テオドールは色とりどりの紙吹雪を舞い上げる風に、『黒髪』を靡かせて周囲を見渡した。
首には襟巻きに『変化』しているキュウビが乗っているのだが、ロングコートに良く似合う。
「どこに隠れてたんだってくらい、人がいるな」
隣からの声にテオドールは目元にだけ仮面をつけた顔を上げた。お揃いの仮面を被ったジンが、目の前に瓶を差し出してくる。
「わ、あんがと。葡萄?」
「ん、葡萄ジュース。これ飲んだら、まず野菜から見に行くか」
葡萄ジュースに口を付けながら、ジンもテオドールと同じ方向へと顔を向けて辺りを見渡した。
りんごやかぼちゃをモチーフにした飾りで、街路樹も街灯も飾り付けられていて、目にも楽しい光景だが、祭りの目玉でもある市場はごった返す人々で何も見えない。
北部の最北端では、既に雪籠りが始まりつつある。初めての雪籠りになるテオドールの為に、食糧の確保にとジンが収穫祭に誘ったのだ。
「それにしても、キュウビの『変化』ってのはすげぇな。こんな付随特性があるとは知らなかったよ」
ジンの目がテオドールへと戻る。
鮮やかな赤髪が嘘のように真っ黒だ。仮面から覗く瞳は彼の自前の黒だが、髪色が違うだけで印象は大きく変わる。
この髪色はキュウビの『変化』によるものなのだと。
「だよな、俺も最初びっくりした」
雪の中で修行をしてる最中、外で遊んでいたキュウビがいつの間にか真っ白になっていたそうだ。何となく雪に紛れてるつもりなのだと分かって放っておいたら、家に帰るとテオドール自身の体毛と瞳の色まで真っ白になっていたらしい。
「キュウビの目が白いのはまだ神秘的って感じだったけど、俺の目が真っ白なのは怖かった」
「はは、確かに。白目しかない人間は俺でもちょっと怖ぇな。でも白い髪は見てみたかった、なんで黒にしたんだ?」
手を伸ばして髪を少し摘んで撫でた。テオドールが黒髪を選んだ理由など、本当は聞かなくても分かってる。
テオドールは頬を赤らめた。その可愛らしい態度に、隠す気もなく、ジンは口角を悪戯に引き上げる。
「……そ、れは…分かってるだろ」
「分かんない。教えて」
「分かんねぇなら良い…ほっといて…」
「嘘嘘、俺とお揃いにしてくれたんだよな」
しょぼくれたテオドールの肩を抱く。
「黒もめちゃくちゃ可愛い。似合ってる」
側頭部へと口付けると、テオドールは更に真っ赤になった。行き交う人々からの視線を感じて、ジンの胸を押す。微塵も離れない屈強さに、テオドールは「うー」と唸って諦めた。
「照れ屋め。慣れねぇな」
「め、目立つなってリパさんに言い付けられてんだよ!」
「だから『認識阻害』の魔術付けてるだろ。今見て来た奴らは、それなりに魔力が高いか、元々俺らを意識してた連中だな」
「『認識阻害』も強過ぎると逆に怪しまれるから、会話が聞こえない程度にしか掛けてねぇじゃん。行動は見えてんだって…お前が言ったんだぞ」
「こんなに堂々とイチャついてたら、逆に暗殺者だなんて気付かれない気がして」
「すぐ言い返す…」
「だって会う度可愛くなってるから、隙あらばイチャつきたい」
「……お前が外に誘ったんじゃん」
「そうだった」
はは、と笑ってテオドールの肩を叩き、離れた。
格好もほぼお揃いの、ファー付きのロングコートにベスト、シャツ、手袋、スラックスに革靴だ。仮面とシャツと手袋は白、後は真っ黒で、胸元のクラバットの色が、ジンは黒。テオドールは赤と互いの目の色にしている。違いはそこだけ。
骸の怪人と言う、遥か昔に実在したと言われている怪盗の仮装だ。劇にもなっており、男の仮装ではかなり人気が高く、市場の中だけでも同じ仮装があちらこちらに居る。
「飲み終わった?」
「ん、うん」
瓶をあおり、空にしたテオドールの空き瓶を奪い、空いた手を掴んだ。
「あっ…え、手、繋ぐの?」
「うん、だって人に攫われて欲しくねぇから」
「……いや、攫われたり、しねぇけど」
言いつつもテオドールはジンの手を握り返す。恥ずかしいが、あまりの人の多さにはぐれてもおかしくはない。
何より、踏み込んだ人混みの中で、時折振り返り、見せてくれるジンの笑顔が、この手の先にある事が嬉しかった。
はにかんで返すテオドールの笑顔に、ジンも同じように胸をときめかせながら、市場を巡る。
転がり落ちそうな野菜の山、吊るされた大振りの肉、積み上がる箱売りの果物。長期保存の出来るものを中心に、2人は気になる物をあれこれと見て回った。
買った物は互いの『空間収納』に入れていき、最後に艶々の蜜林檎と様々な獣骨のセットを土産に買った。
ドラゴとフィルもどうせなら連れて来たかったが、騒ぎになる可能性と、SS冒険者だとバレる可能性、そしてキュウビの興奮を煽る可能性の3点を考慮し、ロキの家で待機して貰っている。
キュウビは、家の中ではドラゴとフィルが居ても構わないようだが、ふとした時に急に怒るので外ではまだ安心出来ない。
だからキュウビを留守番させるかと話し合っていたのだが、テオドールの首に巻き付き離れなかったので連れて来たのだ。
買い出しもひと段落つき、2人はカフェのテラス席で休憩を取ることにした。肌寒いせいか、開放的なテラスに客は少ない。『体温維持』を付随されているので、2人には関係なかった。
「北部の収穫祭なんて、すげぇ久し振り」
テーブルの上のメニュー表を眺めながら、テオドールが呟いた。
「来た事あるのか」
「うん、じいちゃん生きてる頃にな。じいちゃん、じゃがいもとかカボチャとか好きでさ。北部の野菜が一番うめぇって、料理人連れて直接買い出しに来たこともあって、何回か一緒に連れてきて貰ったんだ」
「へえ、じゃあ俺より経験者だな。俺は初めて来た」
「えっ!?ジンは来た事ねぇの?」
「うん、来た事ねぇ。ウォーリア領がある最北部は、この時期には、もう通行が難しくなるからな。ウマ爺や腕の立つ行商人が、領民の代わりに買い出しに行ってくれてたよ」
「あ、…そか、俺んちの周りももう雪だらけだったわ。ドラゴが居なかったら、ここまで来るの無理だよな」
「カプソディア領も場所によっては同じだからな。テオは1人での雪籠りだから不安だろ?大丈夫そうか?」
「ううん、今年はリパさんが一緒に籠ってくれるって。あ、言ってなかった…ごめん」
「そうなのか、いや、良かった。リパさんが一緒なら問題ねぇな」
カプソディア家の暗殺者達は、雪籠り前に数名を残して各地の隠れ家へと移る。リパは残ったり残らなかったりなので、不在でもおかしくはないのだろう。テオドールの家も元はリパの隠れ家なのだし。
「年々雪がやばいって言ってたけど、そうなの?これも『異常』?」
「ん、多分な」
テオドールをドラゴと迎えに行った時も、例年より積雪量が多かった。"例年より多い"をここ数年繰り返している気がする。
ユニコーン風の角と耳、尻尾をつけた女性店員が通り掛かり、ジンが片手を上げた。すぐに駆け寄って来る彼女に、それぞれ注文し、去って行く足音と共に沈黙が訪れた。
「……ウォーリアは、今年は厳しいかもな」
沈黙にポツリとジンが溢す。
「えっ?」
「年寄りしか居ないんだよ、使用人含めて。雪籠りの準備も碌に出来てないかもしれない。…まあ、ガリストが何かと理由付けて、見に行ってくれてるから大丈夫だとは思うけど」
「……心配なんだな」
「心配、する資格ねぇんだけどな。俺が消えりゃ養子なり何なり、跡継ぎ探すと思ってたんだよ。でも、そんな気配もないらしい」
「…ウォーリアって北部辺境ギルドのお目付け役だろ?跡継ぎ居ないのまずくねぇ?あの辺、他に貴族いねぇじゃん」
「そうなんだよ。下手すりゃカプソディアに鉢が回る。狩猟ギルドの世話なんて儲けにもならない事、リパさんする気ねぇだろうから……ウォーリア潰して、他の貴族が来るかもな。まともな貴族は、極寒のど田舎に好んで来ねぇだろうけど」
ジンは頬杖を付き、もう片方の手でテーブルを軽く指先で鳴らした。コツ、コツと。
その手に、同じ白手袋に包まれたテオドールの手が重なった。
「……俺は、ジンの過去聞いて、ジンの祖父母にはちゃんと罪を償って欲しいと思った。今のお前は、過去のお前が色んな事を経験した結果だけど、それでも、傷付いた過去があって良かったなんて思えねぇ」
「…んな大袈裟な事じゃ」
「大人の理想をガキに押し付けんのは間違ってる」
「……」
「お前の家族は、お前自身を見てくれなかった。それは罪だよ。名もない罪だ。娘さんの事は悲しい事だけど、それとジンは無関係だろ。娘さんの真似事しながら生きていくなんて、無理過ぎる。お前は偶々良い奴に育ったけど、心を失っててもおかしくなかったと俺は思う」
テオドールの言葉は重みがある。彼もまた、家族に心を傷付けられたからだろう。
「ウォーリア家はお前に寄りかかり過ぎたんだ。元々お前が潰れるか、あっちが潰れるか、どっちかだったんだ。だからお前は、共倒れする未来を選んだ。でもお前は冒険者として成功した。それが、お前にとって誤算だったんだ、だから今更ウォーリア家の存続を気にしてる」
「………それ、リパさんから聞いたのか」
「過去をリパさんから聞いて、俺が思った事だよ。お前は自分だけ上手くいってる事が許せないんだ」
「……一番の誤算はさ」
テオドールの手へと目を向けた。
「お前らだよ」
手をひっくり返し、握り込む。手袋越しでは体温は分かりにくいが、布の下に感じる手の感触だけでも愛おしい。
「大切な人が出来て、帰る場所が出来て……お前の言う通りだよ。どっかで斃る予定だったのに、俺は今日も、お前の横で楽しく生きてる。ウォーリアだけ地獄に落として」
「その地獄が償いだよ。お前をちゃんと孫息子として可愛がれば、来る事のなかった地獄だ。お前のせいじゃない。それにホントに地獄かは、分からないだろ?見てないんだから」
「…まあ、見てはねぇな。ガリストも何も言わねぇし、俺が聞かねぇのもあるけど。…それなのに、何を気にしてんだろうな、俺は」
苦笑いが自然と溢れた。離別の時、決意した想いは何だったのか。
そんなジンの手をギュッと力強くテオドールが握り締める。
「でも、気にしちゃうジンも、好きだ」
「……」
「優しいもん、お前。未だにウォーリア領には金入れてやってんだろ。リパさん言ってたよ、断ち切れてないって」
「そんな生温い男とは思わなかった、だろ。直接言われた事あるよ」
「リパさん……」
らしい、とテオドールの顔に書かれている。ジンは笑った。
「領民も若いのいねぇし、いきなり後継者が居なくなったんだ。不安だろ。だからってウォーリア領から出てもしょうがねぇだろうし。…何より、領民にとったら、あそこが帰る場所だろ」
今なら良く分かる。家と言うものに、どれだけの価値があるのか。
テオドールの手を指で撫でながら、ジンは続けた。
「俺が責任から逃げた事は間違いない。今の所、金は別に困ってねぇし、ウォーリア家を助けてるつもりもない。領民への感謝と詫びだ」
「…関係ねぇ領民を路頭に迷わせんのはやだよな」
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「そう、だからウォーリアは潰れないで欲しい…と願うようになってしまった。そうじゃなければ、良い家門が次を担ってくれたら嬉しい。ってだけ」
そう、ただそれだけの事だ。
「…俺になんか出来る事ねぇか、探してみる。髪と目の色は変えられても、見た目は変えらんねぇから、そこまで行動範囲広くねぇんだけど…」
「ありがとテオ。お前はこうやって、俺の手を握ってくれてたら良いんだ。後は、リパさんの言い付け守った方が良い」
「……ん」
「お前どんどん強くなってるよ、リパさんのスパルタにしっかり付いていってんだな」
「必死にしがみ付いてるって感じだよ、でも変な話、性に合ってるみてぇ。実践はまだそんなにしてねぇけど」
「まだって、少しはしてんのか」
「あ、うん。団員と、調理師を」
『楽団』と『晩餐』の暗殺者を殺したと言う事だ。
「はえーな」
「お待たせ致しまし、あ」
ユニコーンレディが戻って来た。そしてテーブルの上で握り合う手を見て少し固まると、テオドールは素早く手を引き、真っ赤にした顔を伏せた。可愛過ぎるだろ。
「ありがとう、置いてくれるか」
「あ、あ、失礼しました。すぐに……ではごゆっくり」
そそそと離れるユニコーンレディ。ドアを開けっ放しで店内の同僚の傍に駆け寄り「あーん!あの2人、恋人だった!」と嘆いている。同調するような溜息や嘆き声が続く。
仮面をしてようが、仮装してようが、ジンもテオドールも見栄えの良さは隠せていない。
男女関係なくチラチラと見られるが、ジンは堂々とテオドールが頼んだカボチャのパンサンド(惣菜系のパンケーキ)をおねだりする。
顔を赤らめながらも、切り分けたパンケーキをジンの口に「あーん」してくれた。
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休憩の後、各路地を一通り見て回ったのだが、ジンとテオドールは美術品が売っている通りへと戻って来た。
「やっぱり買う?複製品にしては値段高いけど」
ジンが尋ねると、テオドールは頷いた。
「買う。複製品でもすげぇ絵だって感じたし、本物は手に入れんの難しいだろうし…」
「オケ、じゃあ買おう。て、すげぇ人だな。テオ、俺買って来るから、ここで待ってて」
小さなアトリエから人が溢れ出ていた。有名な絵画の複製品を売ってる店のひとつだ。テオドールは少し離れた建物の端に寄り、人混みにも関わらず風を切って颯爽と歩いていくジンを見送った。
デカいから周りが避けるようだ。
ぼんやりと待つ間、着けっぱなしだった仮面を付け直そうと取った。すぐに着けるつもりだったが、
「キュイ…」
と、小さな声が首元からして止まる。キュウビが掠れた声で鳴いたのだ。テオドールは首元を見ながら、そっと手で優しく叩いた。人混みに疲れたのだろう。
「テオドール?」
宥めていると、通り過ぎようとしていた足がひとつ、目の前で止まった。跳ね上がりそうな頭を御し、表情を崩さずに顔を上げると、そこにはかつてのクラスメイトの姿があった。しかも東部地方の貴族の息子なので、他よりも近しい間柄だ。
後継者でなかった彼は、卒業後すぐに帝国へ留学に行ったと聞いていた。
当たり前のように声を掛けてくる様子を見るに、恐らくハヴィ家の事件をまだ知らないのだろう。
「テオドールだよな?髪の色どうしたんだ?」
「……テオ、と呼ばれてます」
「は?」
ジンと万が一に備えて合わせていた口裏。まさか実践する事になるとは。
テオドールは変な顔をするクラスメイトの男に、生気を殺した目を向けたまま、やや拙い口調で声色を変えて繰り返す。
「テオ、と、呼ばれています」
「いや、うん、テオドールだからだろ?俺の事覚えてない?学園でも一緒だっ」
「待った」
クラスメイトの肩に大きな手が回る。肩を抱くように引き寄せたのは、ジンだ。
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「………へ、あ、え、お前…ジン・ウォーリア…??」
「ああ、よく覚えてたな。でもウォーリアじゃねぇ。今はただのジンだ。で、コイツも、ただのテオ。テオ、少し話して来る。ここで待っててくれ」
「……はい」
ジンが差し出した紙袋を受け取り、テオドールは頷いた。2人が離れたのを見て、テオドールは仮面を着け直す。
「なっ…ちょ、おい…何だよ!」
「アイツ、テオドール・ハヴィに良く似てるだろ」
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「そう、別人だ。俺が拾って、勝手にテオと呼んでるんだ。テオドール・ハヴィの事は知らないんだよ。だから」
ジンは口の前に指を1本立てた。シイと少し窄められた唇に、クラスメイトは一瞬目を奪われる。そしてすぐさま、ハッとした。
「……………な、何で?お前、テオドールと仲良かっただろ…わざわざ別人をテオって…」
「なんだ、知らないのか」
「な、何をだよ」
「テオドール・ハヴィはもう居ない。ーーーもう居ないんだよ」
「…………は?…いや、…え?なに、どう言う…」
「アレは、俺のテオ。名前がないから、俺が名付けた。アイツは何も知らなくて良いんだ」
「…………」
様々な憶測が頭の中を駆け巡り、唖然とするクラスメイトにジンは微笑んでみせる。仮面越しでも溢れ出す、色男らしい華やかで甘やかな笑み。
いや、仮面があるからか、黄昏時の朧げな光の中では、いっそ不気味に映える笑顔は、クラスメイトの背筋をゾワリと震わせた。
「まあ、そういう訳で。要らないこと言わないでくれ。それじゃあ、祭り楽しんで。良い1日を」
肩を叩き、最後は軽く突き放すように押す。一歩踵が下がっただけだが、クラスメイトはジンの拒絶に青ざめ、何度も頷いただけでそれ以上何か言う事はなかった。
テオドールの元へと戻って来たジンは、ニヤリと笑うとテオドールの肩を抱き、クラスメイトに背を向けて歩き出した。
「……大丈夫だったかな?」
不安げなテオドールの声に、ジンは顔を覗き込む。
「大丈夫だろ。何が心配?」
「マジで?結構無茶な設定だと思うけど…」
「お前に名前がないから俺が勝手にテオって呼んでるだけって、設定?」
「そもそも名前がない理由とか考えてねぇし」
「そこ深追いしてくる奴には神妙な顔しときゃ良いだろ」
「うーん…」
「んな事より、これからどうする?帰るならドラゴ呼ぶし、宿取るなら少し歩かねぇと」
「………宿」
「オッケ、良い夜にしよ…っと、危ねぇ」
ニヤつきテオドールの頬にキスしようとしたジンに、襟巻きだったキュウビが引っ掻こうと手を振った。
顔が近すぎたようだ。にゅっと突き出た狐の手をジンは摘む。
「俺の顔に傷を付けるには、まだまだだな。キュウビ」
ビビビビッと手を振り回して怒りを表すキュウビ(手だけ)だ。
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翌日の夜、テオドールを送るついでにカプソディア家へこっそりと寄り、2人でリパへと紙袋を渡した。
「いつもお世話になってるので」
リパは危険を承知でわざわざ屋敷に来た2人に首を傾げつつ、紙袋から額縁に入れられた絵を取り出した。
「……ああ、これは」
「『悪魔の子』のレプリカです。画商が言うには、この世で最も赤の色が酷似した最高傑作だそうで」
「……ええ、良く似ているかと。本物を小さくしただけのような精巧さです。最近の複製師とは凄いものですね」
目を細め、額縁のガラスを撫でるリパ。赤い背景、シルエットだけの黒い少年。本物は油絵のような厚みがあり、色むらが不気味な模様にも見えるのが、そのムラさえも、完璧とは言わずとも、かなり再現出来ている。
「良いのですか?レプリカとは言え、これ程の物なら相当な値段がした筈ですよ」
「良いんです、ジンが半分出してくれましたし…。いつか本物を、贈れたら良いんですが」
嬉しそうに見えるリパに、テオドールも嬉しくなる。感情を隠すレッスンはしているらしいが、この2人はいつも素に見える。オンオフの切り替えがハッキリしているテオドールだから、リパも良しとしているらしい。
「ふふ、あれは呪われると言われる絵ですよ。おや、もしかして呪いたいと言う意味でしたか?」
「ち、違いますよ!!リパさんなら呪いとか気にしないかな、と思ったんですけど」
「そうですね、気にしません。寧ろ解明したいくらいです。何百年と続く呪いだなんて、素敵ではありませんか」
「……」
にっこりと笑うリパの顔に、テオドールは肩透かしを食らった気分になる。良い加減慣れなければと思いつつ、まだまだキツネのようなリパに振り回されていた。
そんなテオドールを可愛がるようにリパは笑みを深め、額縁を丁寧にテーブルの上へと置いた。
「ふふ、ではそのいつかを楽しみにしておきましょう。所で、ジン坊ちゃん。今朝の新聞はお読みになりまして?」
そして代わりに新聞をジンへと差し出す。出された紅茶を飲んでいたジンは、カップを置き、受け取りつつも首を傾ぐ。
「新聞?いや」
「リコリスを連れ回すのは、少し制限しなければなりませんね…」
「……え?なに、新聞に何が載ってんだよ」
初めての外出デートだったのに、もう制限されるのか。やれやれと頭を振るリパに眉を寄せ、新聞を見下ろす。
『ユリウス殿下に愛人の存在が発覚、関係者により明かされる相手の正体とはーー』
『…と、男性であることが確認されている』
『婚姻する前に愛人を取る事は、本来タブーとされており……』
『王族としての自覚や責任を、今後追求されるだろう』
ついに、王宮内に押し留められていたユリウスの同性愛疑惑が世論に発展したか。
(……本当に大詰めなんだな)
ここから一気にユリウスの立場は悪くなるだろう。王族のスキャンダルは確実な裏付けの上でしか発表されないと、誰もが知っている。命が懸かっているからだ。
紙面に載った事で、これはほぼ事実として世間に受け取られる。
「そちらではなく」
読んでいる途中だったが、リパがくるりと新聞をひっくり返した。
見出しに『SS冒険者、秘密の愛人の正体判明か?それとも新たな5人目か?』と綴られていた。
「アイツ…新聞社の回し者かなんかだったのか?」
「え、なに?…え、昨日のあいつ?ハヴィ家の事も知らなかった奴が?」
新聞を覗き込むテオドールと2人で読み進める。つい昨日の事が細かく記載されていた。
その結果、『学生時代の友人に良く似た孤児を拾い、亡き友人の名前を付けて代わりに愛しているやばい男』になっていた。
「………」
リパは腹の読めない笑顔でにこにこしており、テオドールは「だから言ったじゃん…」と呟いている。
「………ま、テオドールが生きているかもって書かれてねぇから良かった良かった」
ジンは開き直った。
「良いか!?これ?良いのか?!」
「うん、まあ、出回ったモンはしょうがねぇ」
「い、良いんだ…」
テオドールは呆れつつ、新聞を閉じたジンの横顔を眺める。『暴君』『邪神』『悪魔』更に『やばい男』とリアルな二つ名まで付属した男は、リパが飾った『悪魔の子』の絵画を指差し
「良い絵だ」
と呑気に言った。
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全7話、ご都合主義のハピエンです! 楽しんでいただけると嬉しいです!
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