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再会編

魔塔にて

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遺跡調査の依頼達成の数日後には、新聞社がこぞって神殿と狩猟ギルドの和解成立を記事にした。

『沈黙の理由が判明!歴史的決断』
『神殿と狩猟ギルドが協力体制に』
『求められる理解、信徒達への説明は』

教皇も各新聞社に直筆の手紙を送り、ガランを初め四方ギルド長達の署名が連なる文書も公開し、概ね好意的な記事だった。だが、

『暴君再び!?絡め取られた若き司祭』
『美しき天使の献身。謎深き男の手中へ』

などジンとシヴァの愛人関係については少々事実と異なる記事になっていた。これに対して猛抗議したのは他でもないシヴァで、大神殿内部で大暴れしたらしく、一時騒然となったとか。

神殿、狩猟ギルド、当人同士も納得の上で要人を差し出したと説明もあったのだが、やはり愛人である必要性については様々な意見が出たようだ。

記事の挿絵は神殿側が提供したマカマディアとエレヴィラスの宗教画のみだったので、それはそれで様々な憶測が飛び交った。

おかげで神殿の加護力低下の噂や、信徒による狩猟ギルドへの抗議、狩猟ギルドからの反発は世論の混乱に混ざり一部囁かれる程度に収まった。

ヘリオスの見立て通りだったと考えて良いだろう。

.
.
.

ソファで新聞を読みながら、愉快そうに相好を崩すロキ。

「楽しい?センセ」

テーブルを挟んでロキの前に立つジン。依頼の間、ロキの元に届いた手紙の確認に寄った。手元では重なった数通の手紙をひとつずつ開封している。

「ああ、非常に愉快だ。世間から見たお前はとんでもない好色家で、卑劣で恐ろしく、神すら食い物にする凶悪な男のようだな」

「そんなにか」

「麗しい清廉潔白の天使の羽を引き千切れば、悪魔と罵られても仕方ない。例え天使自ら堕ちて来たと言っても、人は己が信じたいものしか信じない。上手く利用されたな、お前も天使も」

記事になる数日前、今後についてを話し合う為にと、初めて教皇と会った。
彼は年老いて尚美しい男だった。か細く儚い。何より、悪意も邪心も感じない優しく物静かな印象には驚かされた。

咳ひとつで折れるのではないかと言う細い身体。ジンの視線に気付き、病が進行し身体が痩せ細るのだと彼は微笑んだ。そして、今回の件に深い礼を見せた。

隣にはヘリオスが居た。神官にしては大柄で男臭い枢機卿は、相変わらず闊達と笑っていた。礼を言われたが、彼にとっては予定調和の話でしかなかったのだろう。

しかもガランとテミスはヘリオスと結託しており、ジンを誘き出す役だったとか。緊急依頼ではない遺跡調査では、依頼を蹴る可能性が高かったからと言われたが、それに関しては全く持ってその通りだ。
嘘を吐くことに慣れてないガランは緊張し、嘘を吐く心苦しさにテミスは不安げにしていた、らしい。
テミスが来ない事をシヴァが変に思わなかったのは、最初からジンが来ると思っていたからだ。
何と言うか、

「まあ…まんまと」

兄弟フラーテル時代の事も記事にされてるぞ。仕事が早い事で」

「それはシヴァが嬉々として語るから、割と信徒には有名な話だったようだぜ。相手が俺とは言ってなかったらしいが…今回の件でバレたんだろ」

「そのようだな、兄弟フラーテルの時に巡礼した教会関係者や、孤児なんかのインタビューも載っている」

「暇なのか、新聞社」

「暇と退屈を金に変えるのが新聞社だ」

情報とは言わない辺り、ロキが新聞をゴシップ扱いしている事を感じさせた。読みたい部分を読み終わったらしく、新聞をテーブルへと置き、紅茶に手を伸ばす。

「遺跡はどうだった?」

「綺麗だったよ。今は調査の為に封鎖されてるけど、開放される事があれば先生も行ってみるか?エレヴィラスの鎧に無限の魔力と無数の魔術が存在してる。好きだろ、そう言うの」

ジンも丁度手紙を読み終わって封に戻している所だった。

「ほお、悪くないな。調査の指揮は誰が取ってる?国か?狩猟ギルド?」

「学者と神官だよ。狩場のど真ん中にあるし、護衛なんかで登録者が呼ばれる事はあるけど、神殿自体は狩場認定から外されてる」

「危険じゃないのか」

「んー…微妙なラインだな。安全とは言えないが、危険とも言い難い。まあ、魔獣が長く居着いていたせいか、魔物や他の生物の気配は微塵もなかった。俺達が苦しめられたのは瘴気だったし、それももう払われてるし…ーーそう言えば、」

手紙を選別し、3通を腰の鞄へ、数通は『空間収納』へと仕舞い込む。ジンの目線がロキに向く。土産に渡したジャーキーを一本齧るロキが、合わせて顔を向けた。

「俺、瘴気も効かないみてぇ」

「ああ、そうだろうな」

「知ってんの?なんで?」

ロキの「何を今更」と言う顔にジンは僅かに驚いてみせた。呆れたようにジャーキーを噛み千切り、肩を竦める。美麗な顔に似合わない野生的な一面だ。

「基礎鑑定で出ていただろうが。付随特性に『瘴気耐性』と」

「……それ、1学年の時の話だよな?そうだった?腹壊さない理由と、嗅覚が鋭い理由は、覚えてんだけど」

「お前……はあ、まあ、仕方ない。あの頃のお前は、今以上に自分に興味がなかったからな」

グラスコードを揺らしてロキが頭を揺らす。ジンは他人事のように小さく笑う。その時、腰鞄から音が鳴り響いた。通信魔具だ。
ジンはサッと取り出す。すぐに現れる四角く浮かび上がる緑色の光、映し出されたのはランディだった。

「うん?珍しいな、ランディ」

『あ、あー?繋がってんだな、これ』

「繋がってるよ」

『お前が探してた魔物の目撃情報が入ったぞ。場所は中央北、森林地帯だ。詳しい場所はーー』

ぴくりとジンの眉が動いた。数分後、ランディとの会話を終えて通信を切る。

「先生、行って来る」

「また狩場に逆戻りか。…お前、ちゃんと休んでるんだろうな?他の連中の所には顔を出してるか?」

不機嫌そうに寄せられたロキの細い眉。依頼が立て込むと、決まってこうやって問い詰められる。
不器用な心配性。ジンは微笑んだ。

「これは緊急の依頼じゃねぇから。探し物が見つかったら、ちゃんと休むよ。行き先は決めてる」

「それなら、良いが。……お前がもう少しまともに休んでくれないと、魔力実験の相手も願えんだろ」

「………俺が帰ると、先生が仕事全部すっぽかしてくれてる事、俺が知らないとでも?」

「………ちっ」

「頼めばやるよ、昔よりは動けるようになってるだろうし」

不機嫌そうに顔を逸らすが、ロキの顔はほんのりと赤い。ロキは兎に角ジンを休ませたがる。学生時代と違い、ジンを強制的に拘束出来る時間がないからだろう。

「数少ない休みに身体を酷使させる気はない。まったく、とっとと世の中が平穏になれば良いものを…」

「優しいね、先生。そうだな、もう少しギルドが安定すれば、休む時間も増えるかな」

「1日でも早くそんな日が来る事を願ってる」

ふん、と拗ねたように鼻を鳴らすロキに目を細め、ソファに片膝を乗せて頬へとキスをする。

「ありがと、先生。その為にも頑張るよ」

「……本末転倒だ」

ジンを休ませたくて安定を願えばジンが頑張る。
鮮やかな紫の瞳が、眼鏡のレンズ越しにジンを見上げる。ジンの手が、ロキの細い顎を撫でるように持ち上げ唇を合わせた。グラスコードがしゃらりと鳴る。
唇を離して数秒見詰め合い、身体を起こす。「それじゃあ」と踵を返すと、キッチンのテーブルで果物を食べていたドラゴと、ロキの足元でジャーキーのお裾分けを食べていたフィルが飛んで来る。

ドアに青い魔術紋の『扉』を展開し、そこに入る寸前、ジンは顔だけ振り向いた。

「実はさ、はっきり覚えてる事がひとつだけあって」

「ん?」

「鑑定結果を見てる時の先生の横顔。あんなはしゃいでる先生を見たのは初めてだったから、自分の結果より先生に気が向いてたんだ」

「……俺のせいだと」

「そう、先生が可愛いせい」

にこやかに言うだけ言って『扉』を潜った。責任転嫁もいい所だが、ジンにとっては冗談でも嘘でもなく、あの時のロキの可愛さが記憶に強く残っているのだ。

(思い出探しに入学してたからな)

草地を足が踏む。風が吹き抜けた。秋深い少し冷たい風だ。鮮やかに色付いた木々。落ちる葉っぱをドラゴとフィルが追いかけている。

「……さてと、これからは自分の事も気にかけるとして」

1人呟いた瞬間、今し方別れたばかりのロキとここに居ないイルラが訝しげにする顔が過った。適当に口にしたからだ。口を押さえたが、ジンは耐え切れず目を細めた。
あの2人には気休めは通じない。いつだって真剣にジンを見抜こうとするからだ。
テオドールなら不安げにしつつも信じてくれるだろう。シヴァなら、きっと約束を取り付けようとする。

そんな彼らの顔がありありと浮かぶ。
今だけじゃない、いつもふと彼らを思い出す。

ジンは結局小さく笑った。

「何がおもしろい?」

ドラゴが顔を覗かせてくる。

「……人生かな?」

こんな答えが出てくる事も、ジンには愉快だ。ドラゴは手に持った大きめの紅葉を揺らす。

「ふーん、それは良いことか?」

「ああ、良い事だ。とてもな」

「じゃあ俺様もおもしろくする」

「はは、それは良いな」

フィルが足元に寄ってきた。雪のような白い毛並みを撫でて、歩き出す。

「どうやる?」

「うーん…それは人それぞれだからなぁ」

「ジンはどうやった」

「…大事な人を増やした、かな」

「俺様は?だいじ?」

「ああ、とても大事だ。始まりはお前とフィルだからな」

考え込むドラゴの頭を撫で回す。ドラゴはきょとんとジンを見た後、太ましく短い両手を大きく広げた。

「俺様のおかげ?」

「そう、お前のおかげ。フィルの件でも、お前は大活躍だった」

「!!!アップルパイ!!!」

「お前にとったらこの流れはご褒美に繋がるんだな」

顔面に張り付いてきたドラゴの、これは貰えると確信しているわくわくした声。浮いてるお尻をぽんぽん叩くと、意味もなく頭をぽんぽん叩き返された。思わず笑ってしまう。

「分かった、帰りに買おう。どこのアップルパイが良いかな」

「リパの目のみせ」

「リパさんの目…?」

謎解きのような答えが返って来た。単純に色だろうと思うが、ピーコックブルーの店などあっただろうか。そんな事を考えつつ、ジンは駆け出す。

『扉』の場所が良かった。目的地まで足で行ける。

「ドラゴ、フィル。『鳥』を探してくれ」

「鳥?何の鳥だ?」

「全ての鳥だ。どんな鳥でも良い、見つけたら教えてくれ」

2頭は「?」とジンを見詰めた。
その後、ドラゴとフィルと鳥と言う鳥を探し回り、目的を達成したのは陽が沈んだ後の事だ。

ドラゴが両手で掴むのはコバルトブルーが美しいカワセミだ。だが円な目は黒ではなく、炎色。「ピッチピッ」と可愛らしく鳴いている。

「じゃあ、アップルパイ買って帰ろうか」

「アップルパイだ!」

鳥の感触を気に入ったのか、ドラゴはカワセミを握ったまま手を上げた。カワセミは鳴くだけで特に抵抗はしない。

「今日はどこに帰る?イルラ?テオか?」

「今日は……」

ジンの顔が背後を振り向いた。

シヴァは卒業してから、ずっと目の前にいないジンを想い続けていた。
同じように、自分を想い続けている男がいる。

目の前で。
待たせ続けた男が。


「ユリウスの所に帰ろう」
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