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再会編

照らす闇沈む光 15

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「ジン!!」

数時間経ってエドワード達が降りて来た。会衆席の一番前に2人で並んで座っていたジンとシヴァが立ち上がる。

「ひょ~~~~!!!素晴らしい!!まさにエレヴィラス様の大神殿!!帝国の大神殿にも何度か足を運びましたが、遜色なき幽玄なる絢爛さ!!」

少し疲れ気味のエドワード達の足元をタッタカと走り抜けるハイラムが、祭壇前で両手を広げ声を上げた。

「さっきも何か叫んでたが、ハイラムはエレヴィラス神殿に詳しいんだな」

ソーマや聖騎士がシヴァへ駆け寄り、暇になったジンがハイラムへ声を掛ける。

「宗教に関する遺跡は世界各地に多く残っておりますから。その中でもエレヴィラス様に関係する遺跡は数がかなり少ないんですぞ。しかし、ここがエレヴィラス様の大神殿であったなら、地上へ出る為の蓋が開く条件は帝国のものとも同じ筈…」

「条件?」

不思議そうに上を向くハイラムを見下ろす。短くも逞しい指が立てられた。

「帝国の大神殿には、勇者伝説も残っておるんですわ。閉じられた扉を開ける為には、ドラゴンと聖女の力が必要になるとか…」

「……ドラゴン?」

「正確にはドラゴンを連れた勇者と、祈りの聖女と呼ばれていた勇者の仲間が扉の前に立ち並んだ事で開いたとされてましてな。ドラゴンはエレヴィラス様の恩恵によりどの個も必ず闇属性を持っているそうですぞ。そして聖女は恐らく光属性を持った女性。なので学者の中では、ドラゴンの闇属性と聖女の光属性こそが、扉を開ける鍵ではないかと。しかし、その条件ならここの扉が開いた理由が分か………」

「………」

そこまで言ってハイラムがジンを見詰めた。ジンも無言でハイラムを見詰め、その後、2人してシヴァへと顔を向けた。

「…蓋が開いた時、お2人は一緒におられましたな」

「…そうだな」

穴へ落ちかけたシヴァを抱え、地面に下ろした時、向き合う形ではあったが確かに並んだ。

「足元から魔力を軽く吸われたが、闇属性持ちだったからか。シヴァ!」

ジンが名前を呼ぶと、シヴァは嬉しそうに振り返り、何故か得意げに歩いて来て、ジンの隣へ寄り添うように立つ。

「何でしょうジン君」

「蓋の上で俺と向かい合った時、魔力を吸われるような感覚がなかったか?」

「ああ、はい。あったと思います。ジン君がすぐに抱え上げて下さったので、あまり自信はありませんが」

「確定ですな!!」

ハイラムの大声にシヴァがビクッと肩先を跳ねた。

「何も勇者や聖女でなくとも良かったんでしょうな!ドラゴンを従属させた人物、いや、もしやドラゴンそのものか!そして光属性を持っている者!闇と光が揃えば開くのでしょう!帝国以外では中々ドラゴンは見かけられず、従属出来る人間も居なかったから発見されなかっただけで、もしかしたら他の国にもエレヴィラス様の神殿が存在するかもしれませんな!!これは浪漫が膨らみますぞ~~!!」

燃え上がるハイラムは雄叫びを上げ、興奮気味でありながら丁寧に荷物を脇に置き、神殿内を彷徨いていたエドワードとエルから鎧兜を受け取ると、いそいそと祭壇の方へと向かって行った。

「…ジン君が居なければ、ここは開かなかったと言う訳なのですね。本当に良かったです」

嬉しそうに微笑むシヴァに微笑み返し、口を開こうとした時、後ろから力強い足音が近付いて来た。思わず2人で振り返ると、そこには兜を外したエルが顔を薄らと赤くし、口を引き締め立っていた。
声を掛けようとするシヴァを背中で守るように、ジンが一歩出た。

「どうした」

シヴァの話によれば、エルを始め、聖騎士やソーマ達神官も愛人関係による計画については全く知らされていないそうだ。
怒りなのか何なのか、顔を赤らめてまで近付いて来るエルの様子に警戒した。シヴァに酷い事はしないだろうが、まずは自分を通して欲しくて。

エルはグッと唇を噛むと、唐突にジンの前に跪き頭を下げた。

「「「「「!?」」」」」」

ジンも、シヴァも、固唾を飲んで見守っていた全員(ハイラム以外)が驚嘆に目を丸くした。

「お召し物が違うからと、見抜けなかった事を深く反省致します」

「は?」

「暗闇を恐れず、弱きを背に乗せ、不浄と闘う孤高なお姿を見て確信致しました。貴方様は紛れもなくエレヴィラス様の化身」

「エ、エル…?貴方まさか…!」

シヴァが慌てて前に出て来ようとしたが、一足早く立ち上がったエルがジンの片手を取った。
ずいっと近付く顔は紅潮しており、目は爛々と煌めいている。既視感のある目付きだ。

シヴァが暴走した時と似ている。

「貴方様こそエレヴィラス様の寵愛を受けし尊い方とお見受け致します。シヴァ様も意地が悪い。あんなに沢山のお話を聞かせて下さったのに、肝心の正体であるジン殿、いえ、ジン様の事を教えてくれないとは。そうと知っていれば、もっと深い敬意を」

「あ、あ、貴方!私が話していた時は、現実にエレヴィラス様のような方は居ないと頑なに否定されていたではないですか!!」

「それに関してお詫び申し上げます」

「い!いえ!寧ろ私こそ認めます!!エレヴィラス様とジン君は別物です!!だからその手を離しなさい!!やめて下さい!!ジン君はダメです!!」

エルとジンの間に入り込み、シヴァが両手を大きく広げた。背後のジンを守ろうとしている。

「何故そのような…共にエレヴィラス様について語り合ったではありませんか。シヴァ様の仰る通りです。ジン様はこの世に顕現したエレヴィラス様の意思としか思えません。敵に立ち向かう姿勢、目付き、一挙一動が本当にかっこよく…あ、こんな稚拙な言葉では失礼に当たりますね」

「貴方が忠誠を誓うべきはあちらのエレヴィラス様です!!ジン君はジン君です!!そんな目で見てはダメです!!やめて下さい!!!」

うっとりとするエルに、大きな黒十字を指差しながら癇癪のように大騒ぎするシヴァ。周りがあわわ…!となる中、渦中の人である筈のジンは何一つ理解が追いつかずただの銅像のようになっていた。

何でもエルとシヴァは、エレヴィラスを敬愛する同志として仲良くなったらしい。

「どうされたんですかシヴァ様。やっと貴方が仰っていたお言葉を理解出来たと言うのに…」

「エレヴィラス様の事は良いですがジン君はダメです!!私と張り合う気ですか!!そうであれば容赦は致しませんよ!!」

「いえ、そんな。シヴァ様と張り合う気など…」

「シヴァ、エルから恋愛感情のようなモンは感じない。容赦してやれ」

ファイティングポーズを取るシヴァに、我に返ったエルが慌てて手を振る。エルは単にエレヴィラスへの敬愛の延長としてジンを見ていただけだ。
それにしても、シヴァもエルも少々偏愛が過ぎる気もするが。

ジンの宥める声にシヴァは荒かった息を整える為にひとつ咳をした。

「そ、そうですか。憧れの人を前に取り乱す気持ちは分かりますが、許可もなくベタベタと触れるのは感心致しませんよ。あ、愛人がいらっしゃる方ですし。そんな事より、私の鞄はどこでしょうか」

「それは……申し訳ありません。鞄はすぐにお待ち致します」

少しだけ「ちぇっ」と拗ねたような顔をしたエルだが素直に頷き、様子を見ていた聖騎士達の方へと歩く。ショルダーの鞄を受け取ると言葉通りにすぐ戻って来た。
鞄を受け取り、シヴァは1通の手紙を取り出してジンへと差し出す。

「ん?」

「ヘリオス様からです。話が無事終えたなら、お渡しするよう言い付けられておりました」

「枢機卿から?」

手紙を受け取ると、シヴァはエル達に向かって「私の黒い十字架を見ませんでしたか?」と言いながら歩き始めた。わらわらと中を見物しつつ、シヴァの探し物を手伝う聖騎士達を横目に手紙を開く。

『前略、久しぶりだねジン君。まずは君の昇進を祝ってーーー…』

フランクな文章だ。ジンは読みながら徐々に片口端を吊り上げて笑った。

『今回の計画の流れだけどね、神殿側から和解案を提言した形を取らせて貰う。そろそろ本格的に守って貰わないと、巡礼もまともに出来なくなりそうでね。ただ世間的には国民の為の和解と言う形にしたい。神殿は光属性の加護が効かなくなって来た事実を隠したいからね。だが今までの事を考えると、狩猟ギルドの登録者達が簡単に神殿と協力するなんてあり得ないだろう?

そこで現在、ギルドの最高権力者であるとされてるジン君に、神官1人と愛人契約を結んで貰って、互いに人質を取る形にしておきたい。まあ、お国の政略結婚みたいなものだね。
弱く地位の低い神官では無意味だし、司祭辺りが妥当だろうって話していたら、元々君の為に昇進を頑張ってたシヴァが強く立候補したんだ。反対もあったんだけど、もうね、シヴァ以外を選んだら、神殿を破壊するんじゃないかって勢いでね…皆根負けしたんだ。その健気さに免じて、うちの天使を特別に差し出す事にした。

君がシヴァを大事にしてくれて、神殿を擁護してくれれば、君の下の子達も神官に悪さはしないだろ?
君は気に入った男を手に入れる為なら何でもする暴君であり、富と安全を保証してくれる救世主でもあるそうだから、言い訳をするには都合が良いんだよね。
何よりドラゴンの従属主だ。神殿が迎合に至っても仕方ないと思わせられる。
て事で、小さなマカマディア様を頼んだよ、現世のエレヴィラス様。

追伸
ユリウス殿下との関係を勝手に視てしまってごめんね。変な男が相手だと困るなーと思ってね。君は権威にも富にも興味なさそうだし、妙な腹積りで殿下に近付いた訳じゃないだろうから安心だ。君で良かった。神殿が気を回す必要がないからね。ハッハッハ!』

(こう言う人をタヌキジジイって言うんだろうな)

ジンは手紙を封筒へ戻し、神殿をうろうろしながら十字架を探すシヴァを見た。

恐らくこの愛人契約で損をするのは、ジンだけだ。
シヴァは和解の為に差し出された可哀想な神官と言う扱いになるのだろう。表面上は。

『気に入った男を手に入れる為なら何でもする暴君であり、富と安全を保証してくれる救世主でもあるそうだから』

この文章はイルラと愛人になった時に出回った記事の引用だ。つまりヘリオスはこの記事を見て、今回の計画を思い付いたのだろう。

国民人気の高い司祭を手に入れた今、次の記事には何て書かれるのか。

(まあ良いさ、シヴァに石が投げられないなら)

手紙は腰の鞄へと仕舞い込み、神殿内部を一瞥した。
エドワード達は後ろの方で休んでおり、シヴァ達はバラけて探し物をしている。
ジンはシヴァの探し物を手伝おうかと足を踏み出したが、後ろから引き止められた。

「ジン殿!すみませんが、手を貸してくれませぬか」

鎧や祭壇をルーペで見て回っていたハイラムがジンを呼ぶ。

「ああ、良いよ」

「こちらの鎧を飾って下され」

ハイラムの背丈では鎧兜を飾るのは至難の業だろう。ジンは言われた通りに台座へ鎧兜を飾り、剣を握らせた。すると背後の十字架に赤い光が走り、そのまま壁へと迸る。薔薇窓のようなステンドグラスの青い光が強くなり、鎧兜へと光が注がれた。

全員の視線を奪い、鎧兜は荘厳に光を反射しながら佇んでいる。

「お、おお!!凄い!!鎧兜が魔力の根源なのですな!!何という力!!壁の青い石は『スターリヴォア』と呼ばれる魔宝石!魔力を蓄え光る性質がある!先程まではシヴァ司祭の魔力を取り込み光っておったのでしょうな!いや美しい!素晴らしい!!」

説明してくれてるのか、ただのでかい独り言なのか分からないが、確かに周囲の青い光も先程よりもずっと強くなった気がする。
十字架に向かってぴょんぴょんと飛び跳ねるハイラムを後ろから抱き上げた。

「うおっ!!おお!ありがたし!ジン殿、そのまま十字架に近付いてくれぬか!!」

「はいよ」

鎧兜を超えて十字架へと近付く。ルーペでじっくりと黒に戻った十字架を調べていたハイラムは、感嘆の溜息を吐く。

「こちらには赤い宝石が細かく埋め込まれておりますな。この小ささでこの鮮やかさ。これは『ラストブラッド』であるやも…!」

「ラストブラッド?」

「深い地底でしか取れない素材に、ドラゴンの血を含む事で出来ると言われている魔宝石ですぞ。エレヴィラス様が流した血の結晶とも言われております。だから『ラストブラッド』」

「……エレヴィラス様って死んでんのか?」

「「なんて不敬な!!!!」」

ハイラムとシヴァの声がハモった。

「いやだって、最後の血って意味だろ…」

「この地に遺されたと言う意味での最後と言う意味ですぞ!!そもそも神に死の概念はありますまい!!」

「ジン君!!安心して下さい!!これからまた私が直々に神々のお話を一からお教え致します!!お忘れになられているだけですものね!!頑張りましょう!」

「すまん、ホントに。軽率だった」

抱かれたままバタバタするハイラムに、遠くに居たのに走ってまで詰め寄ってくるシヴァの勢いに、ジンは謝るしかない。ハイラムを床に下ろし、息を切らしているシヴァを見る。

「探し物は見つかったか?」

「…あ、いえ…それが……」

途端にしゅんと項垂れた。本当にころころと表情が変わる奴だ。可愛いとジンが微笑む。

「黒い十字架を探してんだろ?俺が渡した奴か?」

「………はい…飛び降りる時に手を離してしまったようで……ジン君はどうされました?私の十字架」

「持ってるよ、いつも。肌身離さず」

腰鞄から白い十字架を出した。いつもならしないのに、何かに引っ掛かるように十字架を手から落としてしまった。シヴァが「あ」と言い、床に落ちた十字架を拾おうとして足先で蹴って滑った。

「ひ!なんて事を!」

「良い蹴りだ」

シヴァは十字架を蹴った自分に慄きながら、後を追い掛ける。十字架は会衆席の下へとスッと消えた。シヴァの後を追い、ジンも歩いた。材質は分からないが、放置されていたとは思えないほど黒い床は艶々だ。

シヴァは躊躇いもなく床に膝を付き、会衆席の下を覗き込む。

「あ」

下に差し入れた手を戻すと、シヴァは勢いよく振り返った。

「ジン君!マカマディア様がエレヴィラス様の居場所を教えて下さったようです!見て下さい!!私の十字架です!壊れている事も覚悟しておりましたが、欠けてもいません」

両手にひとつずつ、白と黒の十字架を握り締めて戻って来た。ジンは白い十字架を受け取る。

偶然だろうと思うが、その偶然が起こる事が奇跡なのかもしれない。

「これもきっとお導きですね」

「そうだな」

頬をほんのりと赤らめて嬉しそうに言うシヴァの笑みに釣られる。神など居ても居なくても正直構わない。そもそも興味もないが、信心深い彼が信じるものを信じるのは悪くない。

シヴァが寄り添うように横に立ち、2人で何気なくエレヴィラスの黒十字を見上げる。
鐘が鳴るだとか、光が射し込むだとか、2人の関係を祝うような奇跡は起こらない。だが同時に、地震が起こるとか、十字架が割れるだとか、縁起の悪い神罰も起こらない。それなら充分だ。
今は幸福そうに十字架を眺める横顔を楽しもう。

そんなジンとシヴァの後ろにエドワードが無言で立っていた。

「なんか言えよ」

気付いたジンが呆れたように言うと、エドワードはコホンと咳き込んでみせる。

「今日は戦闘もあったし、みんな疲れてるだろうから撤収は明日以降にして、この辺で休む事にしよう」

「賛成です!もっと神殿内を見ておきたいです。次来れるのはいつになるか分かりませんし」

エドワードの説明にシヴァは嬉しそうに頷き、ジンへ笑顔を向けた。微笑み返すジン。2人を見ていたエドワードが再びコホンと咳き込み、こそこそ話をするように一歩近付いてくる。

「…2人でテント使うなら、人目に付かない場所をオススメする」

シヴァは顔を真っ赤にしてもじもじし始め、ジンは「ああ」と何でもないように頷く。
そして当然のように同じテントで過ごした。

.
.
.

帰り道、一行は驚いた。
行きではスライドパズルによる『神の息』が描かれていた扉だが、裏側にはエレヴィラスの宗教画が連作のように描かれていたからだ。
そして扉に辿り着く度に興奮止まないシヴァに腕を引っ張られ、エレヴィラスの壁画を指差され

「ジン君!見て下さい!貴方ですよ!!」

と騒がれる。

「いや、それは俺じゃねぇ」と何度も言っているのに、その内エルまで入ってエレヴィラス語りが始まる。
ハイラムはハイラムで「わしは暫くここに住む!」と駄々を捏ねていたので、エドワードが引きずっていた。

扉自体は魔力が通ったからか、それとも帰りはそういう仕様なのか、難なく引けば開く。

にも関わらず、行きよりも帰りの方が疲れたのは『上りだったから』だけが理由ではなさそうだ。
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