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再会編
照らす闇沈む光 4
しおりを挟む全員の視線が重厚な石の扉に張り付くハイラムへと集まった。
扉の中央には、均等に区切られたタイルで描かれた『神の息』の紋章がある。
「スライドパズル式の魔力動力盤ですな。これが鍵の役目になっていて、マスを動かし刻まれた絵を完成させる事で魔力が通り、開くと言うギミックですぞ!
しかし在留魔力がないようなので、試しにワシの魔力を流してみましたぞ。魔力に制限がなくて何より何より!よいしょ」
両開きの扉の真ん中に描かれている『神の息』は頭上の蓋と同様に魔力光をぼんやりと光らせていた。ハイラムが押すと重そうな音を立てながら石扉が動く。
「待て」
ジンがハイラムの首根っこを掴み、引き寄せた。
「おおうッ!なんぞ!」
「瘴気が漏れて来てる。先に中の瘴気を払おう。ハイラム、その魔具を中に放り込むのはどうだ」
「開けてから払えばよろしい」
「さっきの光攻撃は精神的に良くない」
先程まで残光がちらついて仕方なく、みんな目を擦っていた。意外と後遺症が強い光攻撃。
「ふむ……」
ハイラムが下がった事で閉まった扉だが、確かに瘴気が漏れ出て来ていた。ハイラムは煌々と光るベストのポケットを見下ろす。そこに先程光らせた充填式魔具が入っているのだ。硬い生地越しでもまだ明るい。しかしハイラムは頷かず、ショルダーバッグから新たな充填式魔具を取り出した。
「払えんこともありませんが、時間短縮に新しい物を使いましょうぞ」
「用意が良いな、流石は考古学の最高権威だ」
「お前分かってて呼び捨てタメ口だったの…?」
ジンがハイラムの真後ろに立ち、両手を扉へと付けた。新事実にエドワードが驚愕しつつ、若干引いている。聞こえているがジンもハイラムも気にせず、ハイラムが「一瞬だけ眩しくなりますぞ!」と叫ぶと慌てて全員後ろを向いてしゃがみ込み、手で目を覆ったりしつつ各々防御に入る。ギ、と再び重い石扉が鳴く。カウボーイハットに乗せていたサングラスを目に掛け直したハイラムが投擲のポーズに構える。
煙のように、扉を這うように漏れ出た瘴気。扉を開けるジンも固く目を閉じているので、その光景は見えない。僅かに開いた隙間に、ハイラムが光らせた魔具を放り込んだ。
「―――とうッ!入りましたぞ!!!」
その声に手を下げ、把手を握って勢いよく閉める。勢い良すぎて微かに音を立てて揺れた事に、全員がビクッと肩を跳ね上げたが、目を瞑っているので誰もが黙っている。驚いたのが自分だけだったら恥ずかしいと思ったのだ。
ジンが目を開くと、目の前には残り香のような瘴気が浮かんでいた。前にいるハイラムを大きなリュックごと両手で抱き上げ、その光るポケットで浄化して貰う。「何事!?」と叫ぶハイラムは、どうやらサングラスのせいで前を浮遊していた瘴気が見えてなかったらしい。いや、その小さな背丈のせいかもしれない。
「悪い、目の前に瘴気があったから」
「ホントはワシの事、偉いヒトと思っておらんのでしょう?」
「思ってるよ。堅苦しいのは好きじゃないんだ」
「ハッハ!ワシもですぞ」
「だと思ったよ」
この依頼を受ける前、イルラの所へ顔を出した際に、仮設ギルドで働いているニコラから手紙を渡された。いつもの蜘蛛の巣の封蝋。いつも通りの無機質なタイプライターの文字。書かれていたのは、彼『ハイラム・ルイーナ男爵』の情報だった。
なぜ考古学者の情報を送って来たのか、その時は分からなかったが、何か意味があるのだろうと読み込んだ。
元平民でありながら、王国の考古学の最高権威に上り詰めた偉人。まさに叩き上げのエリート。ドワーフの系譜を継ぐ特殊な出自。好奇心と叡智の塊。
細やかな情報には、彼の性格や好みの人柄まで言及されていた。
まるで、『お前と相性がいいよ』と言われているようだった。
笑うハイラムを下に降ろし、後ろを振り返ると、まだ全員後ろを向いてしゃがみ込んでいた。
ハイラムはサングラスを再びハットの上へと戻し、別のポケットから懐中時計を取り出した。
「部屋の様子が分かりませんからな、先程より少し長めに待ちますぞ」と小さく呟く。
待機となったのだが、動こうとしない彼らをジンは黙ったまま見守る。
「……ん…?もう、目開けて良いのか?」
エドワードがゆっくり、そろりと瞼を開く。火の照明でオレンジがかった薄暗い視界。ホッと溜息を吐いて顔を上げると、ジンが何食わぬ顔で突っ立っている。
「………? 終わった、んだよな?」
「ああ、終わったよ」
「言えよ!!ジン!!!報連相してくれよ!!」
しれっと答えるジンにエドワードは全力で立ち上がりながら、全力で突っ込んだ。ジンは「いや…」と目を逸らす。
「なんか、ダンゴムシみたいで面白くて…」
途端に狩猟ギルドメンバーがぎゃあぎゃあとジンに群がって文句を言い出した。その声に神殿メンバーも漸く目を開け、立ち上がる。ジンが突然文句の集中砲火を受けている姿を見て、その仲の良さそうな遣り取りにシヴァは胸がモヤッとする。しれっとしていたジンが笑みを溢すと、絆されるように文句は収束していく。
「そろそろ大丈夫でしょう。行きますぞ!」
「はいよ」
ハイラムの声にギルドメンバーはすぐに空気を入れ替え、サッとその身に警戒心や緊張感を纏った。ジンが返事をし、再び両手で扉を開ける。ワクワクと扉に張り付いていたハイラムの目に、明るい陽射しが差し込むように隙間から光が漏れ出した。
「ヒャッホー!!カラクリのある遺跡はお宝ですぞ!!いざ行かん!!」
高らかな声と共に駆け出したハイラム。扉を大きく広げながら中へと踏み込んだジン。ジンの手から扉が離れると、左右に待機していたエドワードともう1人の冒険者が壁際まで扉を更に開いた。
その時だ。
――――ゴゴッ…
地鳴りのような、微かな震動音が響いた。頭上からだ。と、思ったら、「うおおおおおッおッおッおッ!!」とハイラムの長く跳ねるような謎の叫び声が前方から響く。
すぐにジンとエドワードが目配せし、ジンが後方へと走り出し、エドワードがハイラムの方へと走った。
突然二手に分かれ、自分達へと突っ込んでくるように駆けて来るジンに神殿組は全員驚いた。シヴァと目が合うと、ジンは「待機!」と叫び、軽々と聖騎士達の上を飛び越えた。
咄嗟に構えていた聖騎士達がポカンとしていると、前方から冒険者が駆け寄ってくる。
「また階段がありました。ハイラム殿が落ちてしまったので、エドワードが今確認に向かってます。ジンさんはさっきの音を見に行ったようです。何事か分からないので、ここで待機をお願いします」
「……了解した」
エルが深く頷く。冒険者も返すように頷いた。
前方の扉の奥では、階段の上と、少し下りた位置に、それぞれハンターが松明やランタンを持って下を見ている。ジンの火属性魔術は継続されているが、扉の奥はまだだった。しっかりと各々が備えている様子を見て、シヴァはぎゅっと胸の十字架を握った。自分達がいかに経験不足なのかを突き付けられるようで、胸が痛んだのだ。
上から足音が戻ってくる。驚かさないようにと、わざと気配を消さずにジンが階段を下りて来た。振り返る神殿組の面々と、その奥に見える冒険者を一瞥し、ジンは後ろを指差す。
「閉まってる」
「「「はい?」」」
数名の声が響く。その声に階段上に居たハンターも振り返った。聖騎士の間を突っ切り、ジンはハンターの元へと近付いた。
「エドは」
「下です」
ハンターがランタンを突き出す。ジンが指をパチンと鳴らすと、火属性魔術の火が両側に並んで灯る。火は階下まで連なり、代わりに背後のフロアには暗闇が戻る。下ではリュックをクッションに引っ繰り返ってるハイラムと、それを起こそうとするエドワードが居た。そう段数はなく、ハイラムと共に転がり落ちた充填式魔具が煌々と下を照らしている。再びフロアがあるようだ。
「エド、上が閉まった。どうする?」
「えッ!?」
上からの声にエドワードが大きな声で聞き返す。その横を起こされたばかりのハイラムがすたこらと奥へと通り抜けて行った。エドワードの目配せでハンター2人が後を追い掛ける。足音はそれほど遠くない距離で止まった。「またパズルドアですぞ!」とハイラムの声が響く。
ジンは後ろを振り返る。残るメンバー全員の目線が集まってる事を確認すると頭で先をしゃくり、進む事を促した。
階段を下りながら、ジンは続ける。
「蓋は下から触っても指を掛ける隙間もなく平らだった。魔力を流してみても無反応。開きそうにない」
「閉じ込められたってことか?…はー…ギミックがある遺跡って、なんでこう閉じ込めたがるかな…」
「慣れてんな」
「そこまで珍しくないからなァ…ここまで暗い遺跡は初めてだけど」
面倒そうにはしているが大した驚きはないらしい。エドワードは腰に手を当て、部屋の奥で扉に張り付いてパズルを解くハイラムの背を眺めた。その隣へとジンは立つ。
「いつもはどうしてるんだ?」
「閉じ込められたらか?取り敢えず先に進むかな。大体出口が別にあるか、ギミックを解くと開いたりするから」
「じゃあ、今回も先に進むで良いんだな」
エドワードは眉を顰めた。顔の角度は変えないまま、目だけを階段付近にいるシヴァ達へ向け「うーん…」と小さく唸り、ジンへと目線を戻す。
「もし引き返すなら、開けるのは力技になるよな?」
「そうだな、入り口にはなかったが、蓋自体は触手による穴が開いてたからな。壊して良いのなら、やりようはいくらでも」
重要な文化遺産ではあるが、遺跡調査であろうが例外なく人命優先だ。腕を組み、2人して、フロアの奥でパズル解きに夢中になってるハイラムを眺める。
彼に言ったら怒るだろうか。
「…因みに、お前は緊急連絡用の通信魔具持ってんだよな?」
「ああ、あるぜ」
エドワードの問い掛けに、腰鞄から小型の通信魔具を取り出す。
「なんで5個も持ってんだ?」
「四方と中央で5つになる。通信は対の魔具でしか繋がらねぇから」
「へー、ここからでも繋がるか?」
「魔力が反応する限りは大丈夫だと思う。助けでも呼ぶか?」
「候補のひとつに入れとこうと思って。取り敢えず今は進んでみよう。で、最終手段は入口の破壊」
「はは、流石エド」
いつでも明るい兄貴肌のエドワードは、昔から固定概念に囚われない決断力と行動力を持っている。そんな彼を、そうと認識はせずに兄として見ていたのだと、最近になって自覚した。
「お前に褒められんの嬉しいんだよな」とエドワードも弟のように可愛がっているジンの言葉を素直に受け取った。
仲の良い兄弟のようなやり取りを後方から見ていたシヴァは、またも胸がモヤモヤし、奥歯を噛み締めている。その歯軋りの音を掻き消す、ハイラムの声が通路全体に響いた。
「開きましたぞ!また魔具を放り込む!ドアを開けてくだされ!」
「ちょ、まずはエドワードさんが来てからで!」
「代表の許可取ってからにしましょう!」
急かすハイラムと宥めるハンター達の声にエドワードは歩き出す。ジンは振り返り、シヴァ達に「行こうか」と声を掛けた。
「お疲れではないですか?」
エルがシヴァの顔を覗き込む。
「…まだ2階へ下りただけです。大神殿の階段の方が、よっぽど長いですから。私はまだ大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
にこりと微笑み、シヴァは歩き出す。神殿組が付いてくるのを確認し、ジンもエドワードの後を追った。
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