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再会編

雨音に消えた夜5

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翌日、善は急げだと思って早朝に宿を出る事にした。

ジンが昨日の現場に寄ると言うので、ついて行く。朝早いと言うのに、ギルド長のルイスと言う男も居て、神経質そうにハンカチで鼻を押さえながらギルド員達の様子を見ていた。

「雨が止んで良かったな」

「雨諸共昨日と言う日も流れれば良かったんだがな」

ジンが声を掛けるが、ルイスは苛立っているようで声に棘がある。少し怪訝にしていたテオドールに気付き、ジンは顔を寄せ「寝てないみたいだな」と呟いた。確かにルイスの顔色は良くない。だからと言ってジンに当たるのは違う気がするが、ジンは気にしていないようだった。2人は何やら話し合った後、早々に別れを告げて離れた。

「もう良いの?」

「良いよ。何かあれば引き返すけど、今俺が居ても一緒だし」

そう言いながらも荒れた農場を見渡すジンの目は、働く男の目をしていた。そんなジンの背後から、ルイスが見ていた事にテオドールは気付く。目が合って微かに戸惑うとルイスは軽く頭を下げた。意図はよく分からなかったが、どうやら悪い人ではなさそうだ。テオドールも下げ返す。ルイスはその仕草を見届けると、すぐに2人から目を逸らし、ギルド員が集まっている方へと歩いて行った。泥で汚れた革靴で。

農場から離れ、暫く歩いてからテオドールはふと疑問を投げかけた。

「なあジン、一緒に来てくれるのは嬉しいけどさ…こっから俺の家まで歩きだと一ヶ月くらい掛かるぜ。お前、仕事…」

どうするのだろうかと隣を歩く彼を見上げた。
テオドールは家を飛び出してから、兎に角遠くを目指して逃げてきた。ハヴィ家の手が届かない所を探して。だったら東部を出た方が良かったのだろうが、剣士としての評価は東部が一番得られやすく、何より稼ぐ方法として、傭兵になる事しか思い付かなかったのだ。

まさかジンが一ヶ月丸々一緒に居るとは流石に思えない。

「一ヶ月も歩くつもりはねぇかな。今日中には着くよ」

「………今日中?どうやって?」

「簡単だよ」

ジンはニヤリと笑うと指笛を吹いた。それは高く澄んだ音色で、鳥の声にも似ていた。空気に溶けるように音は消えていく。何が起こるのだろうかと、ジンの目線の先を見たが、特に何も起こらない。どんよりとした曇天が空を埋めているだけだ。

「待っててもアレだし、少し先に進むか」

「……あっ、え、もしかして」

.
.
.

街から離れ、広い草原に出た時にジンが待っていたものが帰って来た。

「ドラゴ!フィル!久しぶり!俺のこと、覚えてるか?」

「テオ!テオだ!わかるぞ!!」

学生時代から変わらないサイズのドラゴとフィルに、テオドールは嬉しくなる。顔の前へと飛んできては「オレ様は賢い」と胸を張るドラゴと、足元をぐるぐると回りながら時々鼻を押し付けて匂いを嗅いでくるフィル。その尾は高速で振られていた。

「楽しかったみたいだな」

隣からジンが声を掛ける。2頭は泥んこだった。特にフィルは毛の色が変わるほどに泥まみれだ。ジンが手を翳し、洗浄魔術で2頭を綺麗にした。ドラゴは逃げようとしていたが間に合わず、不機嫌に目を吊り上げ、フィルはぶるるっと盛大に身を震わせた。その後、ジンはしゃがみ込みフィルの首元に鼻を突っ込み、渋い顔をして離した。ぼそりと「やっぱ風呂だな」と呟いた瞬間、ドラゴが「どうして!!」と叫びながらテオドールの後ろに隠れた。フィルも尾が下がり、首を傾げてジンを窺い見ている。

「泥くせぇし、淀んだ水草みてぇな匂いもする」

「しない!いい匂い!ほら!つやつやだ!見ろ!」

ドラゴはテオドールの肩から、その短めの前脚を突き出した。ジンは柔らかく、だが確固たる意志で首を左右に振った。ドラゴはショックを受けている。

その様子にテオドールも思わず自分の腕を嗅いだ。宿には共有のシャワールームしかなく、行為後に汚れた下半身を洗い流すくらいしか使ってなかったからだ。全身を洗うのは清潔魔術のみに頼っていた。

(…やっぱり、昨日しなくて良かった)

自分の匂いは自分じゃ分からない。何なら、ジンが言うドラゴの泥臭さも分からない。こんなに近くにいるのに。
結局そっと腕を下ろす。横目でテオドールの様子を見ていたジンが北叟笑んだ。何を考えているのか一目瞭然だ。それはジンが良く知るテオドールの姿だった。左腕をそっとテオドールの肩に回し、唐突に抱き寄せた。驚いたテオドールが「わ!」と一音で鳴くと胸に寄り掛かる。照れて一瞬で顔を赤くするが、離れようとはせず、かと言って上手に甘えるでもない。そろりと服を掴んで、目は合わせずに静かに固まった。

「お前の匂いを俺に擦り付けて貰うのは悪くねぇな」

ちゅっと側頭部にキスをすると、テオドールは更に真っ赤になって俯いてしまう。
(それも良いけど…でもやっぱり…)と、悩んでいる事を察してジンはニヤニヤした。その笑顔を見た瞬間、ドラゴが指を差す。

「ジンがごきげんだ、テオ、風呂はいらないと言え」

テオドールの肩を少し掴んで催促までしている。

「えっ?」

「オレ様がいっても言うことをきかない」

「だからテオに代わりに言って貰おうって?卑怯な手を思い付くようになったな」

面白がるようにジンの声は微かに弾む。案の定、顔は愉快そうだ。

「ヒキョウてなんだ、いいことか?」

「ずるいって意味だよ。俺がこいつらの言う事なら聞くって学びやがって。ホントに賢いなお前は」

「ほめてる!!風呂はなしだ!」

「風呂には入れる」

「なんでだ!!!」

自分を間に挟んで言い合いをするジンとドラゴに、懐かしさが込み上げてテオドールは笑った。やり取りが学生の頃のままだ。その笑顔にジンの目尻が垂れる。

「お前もご機嫌だな。良かった。それじゃあ、そろそろ向かおうか。ドラゴ、頼む」

「風呂はなしだ…」

ぶつくさ言いながら、ドラゴは上空へと飛び上がった。曇り空を覆う大きな姿へと変化すると、ズシンと地響きを立てて目の前に降り立った。可愛らしい丸みがなくなり、鋭利さが目立つ大きく立派なドラゴンだ。巻き上がった風が治まった頃、テオドールはドラゴを見上げた。

「あれ…特別講習の時のが、でかくなかった?」

首を下げているからだろうか。

「ああ、背中に乗るのにそこまでデカさは必要ないから、サイズを調整してる」

「…背中…」

抱いていた肩を離し、そのまま手を差し出す。ジンの手と顔を交互に見て、テオドールは「マジで?」と呟いた。もしかしてとは思ったが。いざ現実になるかもしれないと思うと、現実味がなくなる。

「ドラゴの背中は、なかなか楽しいぞ」

「……うん!!」

テオドールの目が無意識に煌めく。迷いもなく、照れもなく、ジンの手を取った。ドラゴンの背中に乗れるなんて体験を前に、戸惑う男などいるのだろうか。心臓がわくわくする。ドラゴはぐっと身を低めてくれて、2人で背中へと乗った。後ろからフィルも乗り込む。鞍や手綱があるわけではない背中。首の付け根の方へと座らされ、後ろでジンが背凭れになってくれる。

「怖かったりしたらすぐ言ってくれ。ドラゴ、良いぞ」

「こわくない、空の散歩だ!」

ドラゴの声はいつもの高い声ではなく、地を揺るがすような低い唸りに近かった。だが内容はドラゴそのものでテオドールは微笑ましくなる。一度の羽搏きで上へと身体が持ち上がる。ジンが指を鳴らした。浮かぶ瞬間に感じた空気の抵抗や重力が楽になる。更に二度、三度とドラゴの羽搏きが繰り返される。テオドールは両手をドラゴの背へと付け、前を見た。どんどん上昇する目線。地面が離れ、空が近くなる。少し肌寒さを感じるが、背中から伝わる体温でそれほど気にならない。

「うわぁ…」

木々が小さくなり、まるで山頂から見下ろす景色のような光景が広がった。身体がドラゴの羽搏きで揺れるのが、少しだけ怖い。けれど、圧巻な景色を前に素直に感嘆が口から洩れた。腹に回されたジンの片腕が余裕を齎してくれているのだろう。

「すげぇ」

東部の山々を軽々と超え、いっそ雲に届くのではないかと思うほどの高さまで来た。口から洩れる息が仄かに白く、少しだけ息苦しいのが感動による胸の締め付けなのか、高度によるものなのか。どちらにせよ、気にするほどでもないのは、ドラゴかジンのおかげだろう。

「怖くないか?」

ジンの優しい問い掛けにテオドールは後ろを振り返る。一度高所から落ちた経験がある彼だ。不安が少しあったが、振り返った顔にその心配が杞憂だったと理解する。

「大丈夫、景色が凄すぎて、言葉が出ねぇだけ」

強がりや気を使っている訳ではない。ジンは安堵した。

「そうか、良かった。ドラゴもいつもより飛び立ちがゆっくりだったな。偉いぞ、流石は優しいドラゴンだ」

「オレ様だからな!どっち行く!」

前を向いたまま、ドラゴは長い首を持ち上げる。ゆっくりと空を旋回し行き先を定めようとしているようだ。

「ハヴィ家はどっちだ?」

「あ、えっと……あっち。白い建物が見えるだろ」

指を差された方角へジンが顔を向けると、見えているのか、ドラゴも同時に同じ方向へと顔を向けた。山間の向こうに白く大きな建物が見える。東部の神殿だ。

「あの神殿の向こうだ」

「ドラゴ」

ジンに名を呼ばれると一際大きく翼を羽搏かせ、ドラゴは前進した。風を切る音も少なく、滑らかな飛行はその大きな身体からはとても想像つかない。他の飛行型の魔物にはない優雅さがあった。テオドールがそれに気付いたかは分からないが、少なくとも感激に打ち震え、空の散歩を楽しんでくれているようだ。ドラゴの背中を軽く叩くと、意図を理解して『隠密』状態へと変化してくれた。以前は1人しか共有出来なかったが、最近では数人と一気に『隠密』を共有出来るようになってきた。『隠密』を掛けられた同士では姿が見えるので、テオドールから見れば何の変化も見られないだろうが、外側から見れば、共有出来ないフィルだけが空を飛んでいる状態になっている。

何にも遮られず、最短距離で進む道は、あっと言う間にハヴィの家がある領地を視界へと納めることになった。テオドールは益々感嘆の声を漏らす。その時だった。



ビ――ビ――ビ――



何かの音が鳴り響く。警告音のようだ。テオドールは音の方向を探り、背後のジンを振り返った。ジンは眉を寄せ、空中を眺めている。

「緊急招集だ」

「えっ!?やばいじゃん!行かねぇと」

「…ああ、悪い。せめてもう少し近くで降ろす」

「良いって!こっからでも十分に近いから。この辺で降ろしてくれ」

「分かった、ごめんな。ドラゴ、あの平地に降りれるか」

ジンが指差したのはハヴィの領地に程近い平原だった。分かったと言いながら、少しでも近い位置を選んだのはテオドールにも分かる。腹に回る手を掴んでぎゅっと握り込む。ドラゴはやはり指示を聞くだけで、正確な方角や位置を掴んで方向を変えた。平原はランクの低い狩場と隣り合わせになっているので、あまり往来するヒトは居ない。ドラゴはズシンッ…と音を立てて着地した。

「終わったらすぐ戻る予定だが、場所によってはドラゴでも数日掛かるから…どうするか」

「気にすんなよ。近場だとしても俺の方が早く終わるだろうしさ。終わったら…中央に向かおうかな。ギルドに行けば、お前の知り合いがいるだろうし、お前も戻って来やすいだろ」

「…そうだな、中央へ向かってくれ。途中で拾えるだろうから」

「……え?どうやって?中央へ行く道や方法はまだ分かんねぇよ」

徒歩で行くなら何ヶ月も掛かるので、馬車や馬を使うだろうが、どちらを使うかで大幅に道が変わる。更に天候次第で通れたり通れなかったりする道もあるのだ。

「遠過ぎると無理だが、近くまでくれば、お前がどこに居るのか分かるから。お前も俺の居場所が分かるだろ」

「……え?…どういう意味?」

「従属と同じで、魔力が繋がってると言ったろ。だから何となく分かるんだよ。繋がってる魔力の方向とか、俺の心音とか」

「……お前の、心音?」

「昨日、説明が不足してたな」

「あ、いいや。とりあえず、俺の位置分かるなら適当に中央に向かってる。ジンは早く行かねぇとまずいだろ」

浮かれていたとジンが頭を掻いた。テオドールはハッとしてドラゴの上から滑り落ちた。手を貸すつもりだったジンは、あまりの素早さに驚き、軽やかに地面に着地したテオドールへ遅れて視線を向けた。振り返ったテオドールは笑顔で片手を上げる。

「ありがとジン、それじゃあ…また後で。お前の事だから、無事だとは思うけど…気を付けてな」

「ああ、心配するな。お前の方こそ頑張れよ」

本当は口付けでもしたかったが、お楽しみにとっておこう。ジンは微笑み返すとすぐに前を向いた。ドラゴは「またなテオ」と声を掛け、バサリと翼を揺らす。先程よりも強く、そして急速な上昇。テオドールは風圧に目を閉じ、開いた時には既にドラゴとジンの姿はなく、曇天に浮いているフィルらしき白い影だけが遠ざかるのを見送った。

何気なく胸を押さえた。確かに心音は二重になっている。これが彼の心音だと思えば、不思議と寂しくない。ずっと温かく満たされている感覚に包まれていた。

「……よし、行くか」


だから何でも上手く気がしていた。


.
.
.


「…テオドール様」

門番に立っていた顔見知りの護衛、ハヴィ家が所有する傭兵団の2人がテオドールの姿に目を見開いた。2人は騎士ではないが、ハヴィ家の家紋が入った鎧を身に付けており、頭を下げる。

「久しぶり、親父は居るか?」

「あっ、はい。開門致します」

開けられた門から、長いアプローチの果てに淡い白壁の家が見える。門番に礼を言うとテオドールは歩き出す。所持品は全て『空間収容』へと入れているから身軽だ。走っても良かったが、最後になると思い、しっかりと見ておく事にした。木の植えられた前庭、見えはしないが傭兵達の修練場もあるので、そこから男達の声がする。雨水が多いので水を流す為の小さな水路もあり、幼い頃にはその水路で遊んでいた。そう言えば、幼少期から兄達と遊んだ記憶はそれほどない。母か、祖父だ。

稽古では祖父か、祖父が付けてくれていた指南役が居たので、祖父亡き後もそのまま指南役がずっと相手をしてくれていた。

父と兄達は常に忙しそうにしていた。寂しくはあったが、特に困ることはなかった。
祖父が亡くなるまでは。

玄関前へと辿り着く。見慣れた筈の扉から、何か淀んだ凝りのようなものが漏れているような気がして足が止まった。

『俺は家族ってだけで誰かを信用する気にはなれない』

唐突にジンの言葉が脳裏に浮かぶ。
卒業後、家の雰囲気は様変わりしていた。それは長兄の嫁さんが居なくなったからとか、新たな嫁の為に調度品が変わったからとか、次兄が傭兵団の団長になっていたとか、その傭兵団団長だった、祖父が選んでくれた指南役が解雇されていたからとか、要因は山ほどあったから突き止める事はしなかった。そもそも結婚して家を出る予定だったから、あまり口出すのも憚れたのだ。

でも、きちんと調べておけば良かったかもしれない。

いや、あの時は結婚するものだと思っていたから。

言い訳が溢れ出すほど、扉からの不穏な空気は心をざわつかせた。

「テオドール?」

「!」

突然声を掛けられ、テオドールは振り返る。思わず剣を握る仕草までしてしまった。今は『空間収納』へ彼岸花と一緒に武器の類もしまい込んでいるのに。

そこに立っていたのは父バートランドだった。

「親父…」

バートランドの後ろには傭兵団の団員達が数人いて、執事長も傍らに立っていた。全員がテオドールの姿を見て驚いてる中、カツカツと歩み寄るバートランドが突然抱き締めて来た。

「テオ!やっぱり帰って来てくれたんだな、信じていたぞ」

「えっ…」

父親の腕の中でテオドールは固まった。

「ダフネ家との婚姻でお前を傷付けた。お前が家を飛び出すのも仕方ない事だった。だからお前の気が済むならとお前を見送った。心配でしょうがなかったが、お前も男だ。きっと乗り越えて、帰って来てくれると…。ああ、良かった。本当によく帰って来てくれた」

困惑するテオドールを気にせず、バートランドは嬉しそうに言葉を続ける。身体を離し、覗いて来る顔は嬉しそうだった。その見慣れない父の様子がテオドールの困惑を更に強めた。バートランドの後ろにいた執事長や傭兵団の連中も集まり出し、テオドールの肩を叩きながら「厳しい方だがそれも君の為だったんだよ」「ずっと君の行方を気にしていた」「君が外で何をしていようと親父さん達は君を庇って回っていたんだよ」と代わる代わる声を掛けて来る。

「……お、親父」

「良いんだ、何も言わなくて。お前の無事を確認出来て良かった。執事長、彼らを頼む。俺は息子とゆっくり話がしたい」

「かしこまりました」

微笑ましそうに執事長は頭を下げた。「どれだけ厳格な方でも、やはり父親なのですね」とでも言いたげな顔だ。だがテオドールの胸には、困惑を超えた不安が渦巻いていた。このバートランドの態度は外面だ。外面が良ければ良いほど、この男は。

家の中に入るとバートランドは突然、テオドールを殴り付けた。

「ッ……!」

「暴れるなテオドール!帰って早々問題を起こすんじゃない!」

よろけたテオドールの首根っこを掴み、床に無理やり抑え付けられる。近くにいた使用人達の小さな悲鳴が聞こえた。

「何を…ッ…」

「駄目だ!近付くな!!テオ、どうしたんだ!?ついに頭がイカれたのか!?」

声を出そうとすると首を押し付けられ、喉を潰される勢いで絞められる。バートランドの暴挙に理解が追い付かない。人払いをするようにバートランドは大袈裟に喚き散らし、まるでテオドールが抵抗しているような雰囲気を作り上げた。事実、抵抗しようとすると背中に乗り上げられ、後頭部を掴んで床に頭を叩き付けられた。痛みと驚きに怯み、抵抗をやめるとバートランドの動きも止まった。遠くから、「旦那様…大丈夫ですか?」と声が聞こえた。メイド長だろうか。

「大丈夫だ。だが、どうも外の連中に良くない事を吹き込まれたようだ。もしかしたら屋敷の周りに仲間が待機しているかもしれない。悪いがシルヴェスターとダリルにこの事を伝えてくれ。使用人の皆には、暫く部屋から出ないようにと。こいつは、魔力だけはあるからな。何をしでかすか分からない」

何の話だ、とテオドールはズキズキする痛みの中で思った。メイド長の足音が遠ざかり、完全に消えた時、バチンッと首に電流のような痛みが走った。小さな痛みだったが、急激に身体が気怠くなる。首に触れると何か冷たい物が首を囲んでいる。まるで犬の首輪のように。

「なんだよ、こッ………ぐうッ…!!」

後頭部の髪を引っ張り上げられた。見上げる先にいるバートランドの目に、先程までの優しさはない。



「ハヴィ家の面汚しが。恥を知れ」



ゾッとする冷たい声。どれほど厳しくても、ここまで冷たい父親を見た事はない。だがテオドールは直感した。

これが親父の本性なんだと。
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