202 / 274
再会編
砂を染める夕陽8
しおりを挟むフィルとは別々に村に戻るとカトゥーラ一族が待ち構えていた。貫禄のある老人が前に出て、目礼して来る。丁寧で対等な態度だ。ジンも目礼を返し、足を止めた。
「何かご用でしょうか」
「冒険者のジン殿とお見受けする。ワタシはカトゥーラの一族の族長を務めるヴィラサルチと申す。息子のサルチモールとトゥピだ」
「…どうも」
ヴィラサルチ…もとい、カトゥーラ族長の後ろに居た2人の息子がそれぞれ頭を下げた。どことなく目付きに含みを感じる。値踏みするような、また、媚を売るような目だ。あからさまではないが下心を感じる。
「実は近々会いに来るつもりだった。それがこのようなカタチにはなるとは思ってなかったが」
「族長、ウチの客人がどうかしたかい」
使用人と共にスーが戻って来た。カトゥーラ族長はスーにも丁寧に頭を下げる。息子と、その後ろに控える側近2人もだ。品性と情を感じる。悪人ではないのだろう。
「スー殿、この度は多大なご迷惑をおかけした。まずはその詫びと感謝を。首長にも改めてご挨拶と謝罪の機会を頂ければと」
「ウン、それは良いんだよ。寧ろよくアレらから逃げ伸びてくれたね。他の家族達は無事なのかい」
「無事のハズだ。ムシュフシュのヤツらに追われてすぐ、魔物寄せを使い引き付けた。……まさか、モーザドゥーグやウガルルムまで釣られて来るとは思わなかったが」
カトゥーラとスーの顔色が悪くなり、2人して溜息を漏らす。調査団への依頼書の中に『魔物の異常行動や常時興奮状態を確認』の旨も確かに記載されていたので、南部民の中でアレらも頭を抱える問題のひとつなのだろう。
南部だけの悩みではないとジンは知ってるが。
「カトゥーラ族長、後で調査員へ魔物の出現ポイントや異常行動などについて詳しく報告して貰っても良いですか?」
なのでカトゥーラ族長へ進言した。族長は横槍にも嫌な顔をせず頷く。
「ああ、願ってもないコトだ。…ついでにと言ってはアレだが、色々と相談に乗ってもらいたい」
「……それは、調査団の代表にご確認を」
まるで「個人的に」と言わんばかりの態度。カトゥーラ一族から違和感を覚え、ジンは窺うように片眉を上げた。一族は顔を見合わせ、無言のまま何かを伝えあっているように見えた。その違和感をスーも感じ取ったのか、ジンの横へと来て、族長の顔を見上げる。
「族長、何か用があるならハッキリ言った方がいい。ジンさんは回りくどいコトは好きじゃないからさ」
「ねっ」と少女のように目配せしてくるスーの様子に頬が緩んでしまう。可愛げがあるからと言うのはもちろんだが、何より先程のイルラとの抱擁を見ていた筈なのに、微塵も態度が変わらない彼女の大らかさにだ。かたや、カトゥーラ一族は再び3人で目配せし合っていた。言葉のない会議を終え、族長が姿勢を正してジンへ向き直る。
「…では、ハッキリと。我々カトゥーラにも力を貸して欲しい。対価として、気に入った方の息子をアナタへ捧げよう」
「は????」
唐突なぶっ飛び発言にジンは心の底からの「は?」が出た。するとカトゥーラ一族も少々面食らったような顔をしたので、ジンの頭の「?」が増え続ける。族長は不思議そうに首を傾げ、更に驚くことを言った。
「男を捧げれば何でも願いを聞くと伺っている」
どこの悪神の話をしてるんだろうか。そんな澄んだ目で。
「……そうなのかい?」
族長の言葉にスーがそっと聞いてきた。ジンはゆっくりと首を傾ぎながら、スーを見下ろす。
「初耳ですね…」
もしかしてコナが初日に言っていた『首長を捧げ~云々』発言もこれか?と思い至る。これまでも様々な噂を耳にしたが、流石にこんな人身御供をしているなどと言う話は初めて聞く。
「…違うのか」
「違いますね」
族長は落胆したような、安堵したような、奇妙な顔をする。息子2人も困惑し、3人の間で「話が違う」「どうしよう」と言った空気が静かに流れていた。
「…もしかして割と南部では罷り通ってる噂ですか?」
スーは初耳のようだったが、族長はジンの問い掛けに一瞬顔を曇らせた。少し考えた後に、そっと口を開く。
「…半々と言ったトコロだ」
気を使ってくれたようだ。気を使って半々であるなら、本当は半分以上が信じてると言う事だろう。
「へえ…まあ、良いですけど」
「良いのかい」
「噂は噂でしかないので。良いんじゃないですか」
驚くスーにジンは淡々と頷いて見せた。訂正するのも面倒だし、ヒトとは自分が信じたいものを信じる生き物だ。好きにさせよう。
それにしても、族長の横で固まっている息子2人は偶々ここに来たのだろう。その上で身を捧げることを覚悟したのだろうか。少しは抗った方が良いと思うのだが。そんな2人は確かに見た目はそこそこ良い。
だがジンの食指は動かない。
「人身御供はしてないので、息子さんはお下げください。力になれるかは話の内容次第です。調査団への報告に俺も立ち会いますので、その時にでも。……首長とマダム・スーもご一緒されますか?」
「……えっ、ああ、そうだね。イルラに時間を取れるか聞いて来ておくれ。早めが良いだろ」
頼まれた使用人がサッと駆けていく。ジンが行った方が早いが、先程の事を考えるとイルラが動揺しそうなので任せた。支えをなくしたスーへ片腕を差し出す。「代わりにどうぞ」と。スーは微笑んで、腕に手を回す。
「…それにしても息子さんを差し出す事に抵抗はなかったんですか」
手持ち無沙汰になった時間、ジンは何気なく族長に尋ねた。族長は深い皺が刻まれた目を何度か瞬いた後、ふっと笑みを見せる。
「全くなかったコトはない。だが、それ以上にアナタと繋がりを持てるコトに意味がある。そう判断した。アナタが来たと聞いてから族内でずっと話し合っていた、息子は6人いる。3人が志願した。コイツらはその内の2人だ」
「…顔も知らない男に志願するとは、勇気ある決断ですね」
いくらジンが同性愛者と知られていたとしても、姿絵などは出回っていない上、南部では話を聞ける冒険者もそう来ないだろう。ジンは以前にも増して、決まった面子としか交流していないのだから。
「…強いオトコは元々好みだ」
「ワタシもだ。だが南部では相手を作るのむずかしい。外部のSSの冒険者。しかも権力ある。文句あっても言いにくい」
息子2人が会話に入って来た。兄だろう方が口数少なく、弟の方はよく喋る。「成程」とジンは返答に満足し頷いた。権力関係についても、コナと同じように『特別ギルド員』を大袈裟に捉えているのだろう。しかし訂正は面倒だ。黙ったジンへ息子2人はまだ何か話したそうにしていたが、使用人とイルラが戻って来たので諦めた。
族長が挨拶と謝罪をし、一族全員が頭を下げる。先程の討伐をカトゥーラ一族もしっかりと見ていた。まだまだ幼く未熟な首長に違いないが、イルラの潜在能力の高さに気付いたのだ。元より丁寧な一族であったが、以前よりも丁重な態度にイルラは少し驚き、スーは誇らし気だった。
「調査団達との会合の話だったな。すぐに開こう。解体は彼らに任せて大丈夫だ」
イルラの顔が砂漠へと向く。砂の隆起で見え隠れしているが、戦闘の爪痕は見える。その周囲に魔物避けの煙を焚き、男達がそれぞれ刃物を持って作業していた。コナもそちらに参加している。
「……調査団が、良ければだが」
澱みなかった喋りが少しだけ硬くなった。イルラがジンへ顔を向けて来たが、目は絶妙に合ってない。気まずそうだ。いや、照れてるのか。可愛い。
「大丈夫ですよ。それが仕事なんだし」
調査団は緊急時には脱出するようにマニュアルが設けられている。上空から見た時、しっかりとマニュアルに従い、御者が馬車の準備をし、調査団達は最低限の荷物だけを持って馬車の中で待機していたようだった。フィルが戻れば危険が去ったと分かるだろう。多分。
とにかく、彼らも何があったか早急に知りたい筈だ。
「調査団は俺が呼びに行きますよ。場所は首長宅で良いですか?」
ジンの言葉に全員が頷く。スーの支えを使用人が交代しに来る。イルラがそっと、静かにジンへ顔を寄せた。
「ところで、いつ帰ってきたんだ。出掛けていると聞いたが」
「……………あっ」
こそこそと話したイルラと違い、ジンはそこそこデカい声を出した。歩き出そうとしていた一行の足が止まる。
「あぶね、忘れてた」
そう言うと、地面に転がしていた筒のような袋を拾いに行く。「あ!かえってきた!おれ見てたよ」と子供がジンに駆け寄る。どうやらジンの荷物と知ってて見ててくれたらしい。くしゃくしゃとその頭を撫で、駄賃として水結晶を渡した。「宝石!?」と子供達が集まる。使い方は大人が知ってるだろうと、荷物を拾い上げてジンは戻る。
「…それは、何だ」
「コレは…」
不審物と思われているのなら先にお披露目した方が良いかと、ジンは袋を足の間に置き、袋の口を開く。袋の見える範囲は真っ暗で、時々魔力の流動を示す青い光が走っているだけだ。立ったまま両手を突っ込み、ジンは中身をズルリと取り出した。
「な……ッ……!!」
イルラもスーも、カトゥーラ一族も、聞き耳を立てていた村民達も、現れたモノに言葉を失った。
それはまるで、水で作られたイグアナのような生き物だった。
水を固めたような透けた全身。短い前脚に開いた後ろ脚。ぽっこりと出た腹に、袋に続く長く太い尻尾。水を滴らせる透明な爬虫類型魔物。内臓が透けてるとかではなく、ただ水を固めただけのような透明度だ。
「東部地方では有名な、洪水を呼ぶ幽霊って呼ばれる『メルグアナ』だ」
川面を覗き込んだ時のように少し歪んでジンの身体が透けて見える。メルグアナは大人しく後ろから抱かれたままだ。されるがままとはこの事だろう。
初めて見る魔物。そもそも生きた魔物の運搬は難しい。それも生息しない地帯への移動となると格段に難易度は上がる。
水属性持ちの魔物を仕入れることは、過去に何度も試した記録はあった。しかし途中で死んでしまうばかりで辿り着いた事さえなく断念したと。それはひとえに南部までの長く険しい道のりのせいだ。
それはスーもイルラも族長も、村民達ですら知ってる事実。
そんな歴史をあっさりと塗り替えた男に、周りは驚愕を通り越して慄いていた。
.
.
.
ジンに従属しているメルグアナはサイズを小さくし、スーの部屋の噴水に収まっている。それも3体。大中小と縦に積まれたメルグアナは置物のように動かない。その全身から水がしとどに溢れていく。
その不思議な光景を、スーとイルラ、カカココにカトゥーラ一族、そして調査団も集まって眺めている。
まだ会合は始まっていない。
「かわいいねぇ」
1番近くで見ていたスーがにこにこしながら呟いた。流石はイルラと共にカカココを育てた人だ、爬虫類への抵抗がまるでない。イルラも同意するように頷いている。
「可愛いですよね」
好意的な2人の反応に気を良くして、ジンの声も軽やかだ。少なかった噴水の水嵩がゆっくりと増えていき、1番下のメルグアナの鼻まで水面が上がって来た。
「なんて名前だっけ?メルガーナ?初めて見るよ、こんな透明な子」
「惜しい、メルグアナです。東部の川や湖で暮らしている魔物で『自水自浄』と言う特性を持ってます。水を浄化し、放出するんです」
「自分で水を生み出せるのか」
イルラが増えていく水嵩に静かに驚きつつ、噴水を覗き込む。穏やかな波紋がメルグアナから広がっている。
「厳密に言うなら『増やせる』んだと思う。メルグアナは無限に水を出すが、ゼロからは生み出せない。自分から出した水はカウントしないようだし」
「………どう言う…?」
質問したのはイルラだが、スーもカトゥーラ一族も、調査員の何人かも、「?」を頭に乗せている。
「メルグアナには時々別の水を与える必要があるんだ。川や湖の自然水や雨水、水魔術で出した水でも良い。兎に角、メルグアナが浄化した水以外の水だ。量はそんなになくて良い、少ない水を浄化して増やす。ただ全部自分の水に入れ替わると、メルグアナは浄化も放出もやめてしまうから、ほっとくと水だけ残して枯れる…らしい」
「らしいって、急に自信無くしたね」
スーが笑う。
「実はハッキリとした事は解明されてないんですよ。こいつら、ヒトも魔物も好きじゃないのですぐ水中に隠れるし、内臓まで透明らしく身体の構造も未だに不明だとか。唯一色のある瞳孔も瞼を閉じたり、水中に入ると見えなくなりますし…さっきの説明もギルド登録者達の目撃証言を掻き集めて、研究員が長い時間掛けて導き出した"憶測"に近いんです。でもヒトツだけ、証明されている事があります」
ジンの言葉通り、1番下のメルグアナの水に沈んだ身体は消えているように見える。透明な水で、噴水の底は見えているのに。
「証明されてるコトとは?」
先程の公開抱擁が尾を引いているのか、イルラは質問しつつも顔を向けない。その横でカカココが新たな魔物を前に、ゆらゆらと双頭を揺らしている。メルグアナの様子を窺っているようだ。
「メルグアナの出す水は、うまい」
ジンは手を翳し、天辺にいる小さなメルグアナの上に水の玉を出す。触れ合う瞬間、一瞬ぷるんっと揺れあった後、割れた玉から流れ出る水がメルグアナの水へ混ざる。更に水嵩が増え、噴水は噴水らしい水を携えた。少な過ぎて機能していなかった噴射口から、ゆっくりと水が流れ落ちる。
「飲む?魔物が出した水を?」
信じられないと言いたげな声を出したのは、調査員の1人だった。口にこそしないが他の調査員の中には同じ気持ちの奴がいるようだ。
「そうだよ。…ああ、お前らは知らないかもしれないが、川には魚ってのもいるらしい」
南部へ来る道中、彼らが川の水を飲んでいた事をジンは知ってるので、ちょっと揶揄ってやろうと皮肉を言ってみた。
抵抗感があるのも分かるが、どこもかしこも高度な浄化設備が整っている訳ではない。自然水を口にする事は貴族でもなければ良くある話だ。もしかしたら、この調査員達はどこかの貴族出身なのかもしれないが。
「オアシスにも魚やワニが居るしねぇ…どんな形であれ、飲める水があるだけで贅沢だよ」
元貴族のスーが言うと染みるものがある。王国は殆どの場所で水に困る事はない。北部は雪解け水があり、西部にはオンセンと呼ばれる温かい湯が湧く、東部なんかは雨が多いので水はかなり豊富だ。その恩恵を受ける中央も、やはり水はあって当たり前なものだった。
初めから無いと思って生きるより、あって当たり前のモノがなくなる方が、色々と辛いかもしれない。スーは苦労したのだろう。その横顔からひしひしと感じるものがある。
「何でしたらメルグアナの水の方が安全性は高いですよ。彼らは不純物や微生物などをエサして水質の良い水を出すんです。腕の立つ冒険者の中には、小さなメルグアナを従属して飲み水を確保する方もいらっしゃるとか」
スーの横からジーモンがほんの少しの興奮を覗かせて話に入ってくる。ジーモンは地質学の専門ではあるが、魔物研究にも手を突っ込んでおり、実は結構有名な学者だ。メルグアナに眼鏡の奥の瞳を煌めかせている。
ちょっとの皮肉のつもりが、思いがけず強めの援護射撃が来た。恐らく2人はジンと違い、皮肉のつもりはない。その純粋な言葉は調査員達に突き刺さり、余計な一言だったと調査員達を反省させた。
「あ、何だか勝手に貰える前提で話しちゃってたね。ジンさんの従魔なのにね。やだわ」
少し重くなってしまった空気を和ませるようにスーが微笑む。誤魔化し方まで可愛い人だ。
「はい、差し上げますよ。そのつもりで連れて来たので。貰って頂けますか?マダム・スー」
「え、アタシ?アタシが貰って良いのかい?」
スーの目がイルラを示す。
「首長には立派な相棒が居ますからね」
カカココは警戒するように、メルグアナの顔の前で青い舌を出し入れしている。用心深く独占欲が強いツインヘッドスネークなので、新参者を易々とは受け入れないだろう。いずれスーの元からイルラへと引き渡す方がカカココも譲歩しやすい筈だ。それについては後で話す事にし、ジンは一番上に乗る一番小さいメルグアナを掴んで持ち上げた。浮かされる一瞬だけ少し手足をバタつかせたが、すぐに止まる。面白いことに水の放出が止まり、ぶよぶよした水の膜で覆われるメルグアナ。水は落ちないし濡れもしない。まるでスライムのようだ。因みにスライムとはオモチャの事だ。
「マダムは従属するのに必要な魔力量をお持ちですし、それに…メルグアナは表情もなければ、あまり感情も分かりません。それでも体調の変化や気分の上下はあります。従属出来ても懐くのに時間は掛かるでしょうし、懐いたからと分かりやすい反応を見せる魔物でもありません。それでも貴女なら、心から可愛がって下さるでしょうし、きっとメルグアナを満足させられる」
メルグアナを持ち上げて顔を覗き込む。水面に反射する陽光のような小さな白い光が瞳孔だ。じっと見詰め返して来ているが、少し警戒している事以外は何を考えているのかさっぱり分からない。それでも多種多様な魔物の中で最も手が掛からず、でも多少の世話と繊細な気配りが必要なメルグアナ。植物が育てにくい南部において、室内で植物を育てきれる彼女ならば何の心配もないだろう。実際、動きもしないメルグアナを見て愛でてくれているし。
「ジンさんがアタシに期待してくれてんのはよく分かった。嬉しいね。何だかずいぶんと買い被られてて恥ずかしいけどさ、その気持ちに応えてみせるよ。だから…この子達のコト、世話の仕方なんかを色々教えておくれね」
やはり甘え上手だ。素直に頼られて嫌な気などしない。ジンが「喜んで」と微笑むとスーは嬉しそうに笑う。その顔にイルラの笑みの面影が色濃く映る。ジンがスーに特別優しい理由など明白だ。
「触っても濡れないのか。フシギだな」
イルラがぽつりとつぶやいた。
「こうやって虐めると濡れます」
持ち上げているメルグアナをムギュッと握りこんだ。するとバタつくメルグアナから、まるで絞ったように水が溢れ出した。それと同時に噴水の中にいる2頭からも水が滴り出し、みるみる内に噴水の水が増えていく。波紋が広がる。
「イヤがってる!可哀想だ!」
「わわッ、可哀想だよ!やめてあげてよ!」
イルラとスーの声が重なった。ジンはすぐに指の力を抜いた。ジタバタと手足を動かし、メルグアナは手の中からポーンッと噴水へと飛び込んだ。バシャンと飛沫が上がるが、沈んだ小さなメルグアナの姿は完全に見えなくなる。濡れた手を開きながら「ごめん」とジンは謝った。痛くない程度に握りこんだだけだったが、従属したてで信頼度が高くないので、怯えさせてしまったのは事実だ。
「危険を察知すると水を出すと言いたかった…」
「実践しなくていい」
「…うん、ごめん」
イルラに叱られれば(と言うには優しいが)しおらしくなるジン。その姿に調査員達が息を殺したまま驚愕していた。南部に来る道中、泣きつく調査員の尻を叩き、悲鳴を上げても気にせず急かし、人命などどうでも良いと言わんばかりの態度だった男が、首長とは言え小柄なイルラの一言に肩を落としているからだ。(その優しさをカケラでも見せてくれれば良いものを…)と調査員達は恨み言のように思う。思うだけだ。怖いから。
(別にお前らにひどい事してないだろ)
そんな調査員の心情を読み取ったジンはジンで、密やかに心の中で反論していた。本当にそう思っている。背中に調査員達の視線を感じつつも、ジンの意識はすぐにククルカ親子へと向いた。メルグアナの防御反応について、話しておかなければならない事があるからだ。
「上手く育てられたら、いずれはオアシスに入れて村の水を大量に確保出来るようになると思います。さっきみたいに危険を察すると水を放出する特性には気を付けて下さい」
指を水の中へと入れ、水中に隠れたメルグアナを探りつつジンは続けた。
「メルグアナは無性生殖で分裂で増えて群れを形成する、珍しい同個体による群体です。1体が怯えると共鳴して全員が怯える。そして大量の水を出して、洪水を起こす。メルグアナも死なば諸共の勢いで水を出すので、浸水や氾濫で土地を沈める事があります。流石に従属しておけば、そこまでの被害はないかと思いますが、オアシスに入れるのはしっかりと懐いて、言う事を聞くようにしてからにしましょう」
目には見えないが指先をガブッと噛まれた。指を引き上げるが、すぐに口を離され、残念ながら釣れなかった。小さな噛み跡をつけられた指先を揺らす。
「洪水までいかなくても、テリトリー内の侵入者へ噛み付いたり、溺死させたりもしますし」
「急に怖いじゃないか」
「大人しくても魔物は魔物ですから。それと、従属中は勝手に増えたりしませんので、数が必要な時が来たらお教えしますね。まずはこの3匹と暮らしてみてください」
メリットデメリットは人間側の都合でしかなく、魔物側が嫌気をさしたり敵対心を持てば、例え従属していても反抗されたり攻撃されたりする。魔物にも意識や思考はあるのだから。スーとイルラはメルグアナを見詰めている。その横顔は真剣そのもので、ジンは安心感と言うか絶対的な信頼を覚えた。そうでなければ、わざわざ連れて来たりしないが。ただ、真剣に向き合ってくれるからこそ従属することを断るかもしれない。
そうなれば、他の人間に譲渡する気はないので連れて帰ることになる。
暫くの無言。スーは真剣な顔のまま、唇を重たげに動かす。
「………おっきい子から、カヒ、ルア、コルにしよう」
どうやら名前を考えていたらしい。
ジンは拍子抜けして笑ってしまった。
105
お気に入りに追加
1,190
あなたにおすすめの小説
侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
僕の兄は◯◯です。
山猫
BL
容姿端麗、才色兼備で周囲に愛される兄と、両親に出来損ない扱いされ、疫病除けだと存在を消された弟。
兄の監視役兼影のお守りとして両親に無理やり決定づけられた有名男子校でも、異性同性関係なく堕としていく兄を遠目から見守って(鼻ほじりながら)いた弟に、急な転機が。
「僕の弟を知らないか?」
「はい?」
これは王道BL街道を爆走中の兄を躱しつつ、時には巻き込まれ、時にはシリアス(?)になる弟の観察ストーリーである。
文章力ゼロの思いつきで更新しまくっているので、誤字脱字多し。広い心で閲覧推奨。
ちゃんとした小説を望まれる方は辞めた方が良いかも。
ちょっとした笑い、息抜きにBLを好む方向けです!
ーーーーーーーー✂︎
この作品は以前、エブリスタで連載していたものです。エブリスタの投稿システムに慣れることが出来ず、此方に移行しました。
今後、こちらで更新再開致しますのでエブリスタで見たことあるよ!って方は、今後ともよろしくお願い致します。
推しの完璧超人お兄様になっちゃった
紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。
そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。
ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。
そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。
俺は北国の王子の失脚を狙う悪の側近に転生したらしいが、寒いのは苦手なのでトンズラします
椿谷あずる
BL
ここはとある北の国。綺麗な金髪碧眼のイケメン王子様の側近に転生した俺は、どうやら彼を失脚させようと陰謀を張り巡らせていたらしい……。いやいや一切興味がないし!寒いところ嫌いだし!よし、やめよう!
こうして俺は逃亡することに決めた。
くまさんのマッサージ♡
はやしかわともえ
BL
ほのぼの日常。ちょっとえっちめ。
2024.03.06
閲覧、お気に入りありがとうございます。
m(_ _)m
もう一本書く予定です。時間が掛かりそうなのでお気に入りして頂けると便利かと思います。よろしくお願い致します。
2024.03.10
完結しました!読んで頂きありがとうございます。m(_ _)m
今月25日(3/25)のピクトスクエア様のwebイベントにてこの作品のスピンオフを頒布致します。詳細はまたお知らせ致します。
2024.03.19
https://pictsquare.net/skaojqhx7lcbwqxp8i5ul7eqkorx4foy
イベントページになります。
25日0時より開始です!
※補足
サークルスペースが確定いたしました。
一次創作2: え5
にて出展させていただいてます!
2024.10.28
11/1から開催されるwebイベントにて、新作スピンオフを書いています。改めてお知らせいたします。
2024.11.01
https://pictsquare.net/4g1gw20b5ptpi85w5fmm3rsw729ifyn2
本日22時より、イベントが開催されます。
よろしければ遊びに来てください。
【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます
夏ノ宮萄玄
BL
オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。
――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。
懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。
義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。
Tally marks
あこ
BL
五回目の浮気を目撃したら別れる。
カイトが巽に宣言をしたその五回目が、とうとうやってきた。
「関心が無くなりました。別れます。さよなら」
✔︎ 攻めは体格良くて男前(コワモテ気味)の自己中浮気野郎。
✔︎ 受けはのんびりした話し方の美人も裸足で逃げる(かもしれない)長身美人。
✔︎ 本編中は『大学生×高校生』です。
✔︎ 受けのお姉ちゃんは超イケメンで強い(物理)、そして姉と婚約している彼氏は爽やか好青年。
✔︎ 『彼者誰時に溺れる』とリンクしています(あちらを読んでいなくても全く問題はありません)
🔺ATTENTION🔺
このお話は『浮気野郎を後悔させまくってボコボコにする予定』で書き始めたにも関わらず『どうしてか元サヤ』になってしまった連載です。
そして浮気野郎は元サヤ後、受け溺愛ヘタレ野郎に進化します。
そこだけ本当、ご留意ください。
また、タグにはない設定もあります。ごめんなさい。(10個しかタグが作れない…せめてあと2個作らせて欲しい)
➡︎ 作品や章タイトルの頭に『★』があるものは、個人サイトでリクエストしていただいたものです。こちらではリクエスト内容やお礼などの後書きを省略させていただいています。
➡︎ 『番外編:本編完結後』に区分されている小説については、完結後設定の番外編が小説の『更新順』に入っています。『時系列順』になっていません。
➡︎ ただし、『番外編:本編完結後』の中に入っている作品のうち、『カイトが巽に「愛してる」と言えるようになったころ』の作品に関してはタイトルの頭に『𝟞』がついています。
個人サイトでの連載開始は2016年7月です。
これを加筆修正しながら更新していきます。
ですので、作中に古いものが登場する事が多々あります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる