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学園編 2年目
男爵家男孫と神学科の天使 罪と罰4
しおりを挟むジンは言われるままソファへ腰を掛け、並ぶ2人を眺める。テミスは静かに膝の上に両手を置いて微笑んでいる。ヘリオスは紅茶を揺らしながら、砕けた口調で言った。
「実は秘密裏に入れさせて貰ったんだ。学園長に無理を言ってね。だから早速、本題に入らせて貰うよ」
「…お願いします」
テミスが居る理由など気になる事は多々あるが、本題を聞いてる内に判明するだろう。先を促す返事を聞くと、ヘリオスは微笑んだ。
「話が分かる子で助かるよ。シヴァの事なんだけどね、彼」
ヘリオスの言葉に合わせ、脇に立っていた白い神官がテーブルの横で膝をつく。
「性的被害に遭ってしまったようだ」
言葉と共にテーブルへと広げられた、4枚の紙。
見知らぬ男達の姿絵。全員が堅気ではない雰囲気を持ってる事が、絵からでも十分に伝わって来た。
ジンは目を見開いた。
その瞬間、続きを話そうとしていたヘリオスは喉が絞まる感覚に声が出ず、テミスもジンを見たまま固まった。
全員がジンの殺気に黙り込んだ。冷たい汗が背中を流れ落ちていく。
誰ひとり、指一本、呼吸ひとつ出来ない。なのに脳が逃げろと警鐘を鳴らし続ける。
「…こいつらが」
格子窓越しに見た血の気ない青ざめた顔、震える唇を思い出す。
『汚く穢らわしい…こんな身体』
大事にされていた古惚けた絵本。
『私が持つべきものではありません』
姿絵を手に取るジンの目が鮮血のような赤に変わる。
「……ジン君」
それはテミスの声だった。
「シヴァの為に怒って下さってありがとうございます」
絞り出された柔らかな声は、囁き程度の小さなものだったがジンの耳には難なく届いた。視線を向けるとテミスは白い顔を更に白くしつつも、丁寧に頭を下げた。その姿を見て殺気を抑え込み、姿絵から顔を上げる。
一気に身体の力が抜けた4人は、ほぼ同時に息を吐いた。
「性的被害は最近の事ですか?」
4枚の絵姿を手に取り、間髪入れずに問う。ヘリオスはまだ落ち着かない心拍に気を取られながらも、態度は崩さずに頷いた。額に滲んだ汗を拭う。
「君達の兄弟解任の数日前だ。場所は郊外の孤児院。シヴァの行動に謎の空白時間があってね、その時に行われたようだ」
「…護衛は」
「その数分前から、子供たちも数名行方知れずになっていたそうだ。シヴァの指示で護衛は別の所へ捜索に行っていた。帰りが遅いので彼は途中からシヴァを探しに向かったらしいが、見つけ切れなかったそうだ。
その後シヴァが全員を見つけて戻って来たらしいが、その間、『皆と寝ていた』と説明している。子供たちも同じく『秘密基地で寝ていた』と」
「ヘリオス猊下が性的被害を知ったのは何故です」
「…各教会、神殿、そしてその周辺に、私の手の者が居るからだよ。もちろん、この学園にもね」
ぬるくなった紅茶で喉を潤しながらヘリオスが言った。流石に肝が据わっている彼は既に平常心を取り戻し、笑わない目で微笑んでみせる。表情を変えずにジンは先程呼びに来た神官教員を思い出す。目の前の魁偉な枢機卿は、随分と広く根を張り巡らしているようだ。
「それは凄い事ですが、答えになってません。性的被害が本当に行われたんですか。先輩の態度が急に変わった理由としては頷けますが…」
「事実だよ。シヴァには前々からずっと監視を付けてるんだ。と言っても、裏ギルドのような精巧さなんてない神官達による素人監視だがね。
戻って来たシヴァの行動が妙だと報告を受けていた。挙句にあれ程拘っていた君との兄弟を一方的に解任するなんて、どう考えても異常だろ。
だから、空白の時間に何があったのか調べる為に、直接『秘密基地』へ行ってみた。私ね、ちょっと特殊な『目』を持ってるんだ。だから現場に行けば『視える』んだよ。色んな事がね」
「神官って、『目』が良い人が多いんですね」
シヴァの『神眼』のようなものだろうと推測する。
「あれ?もしかして、シヴァの『神眼』についても知ってる感じかな?凄いね、キミ。それはアポロンから秘匿にするように堅く誓わされていた筈なのに。まあ、私のはちょっと違うんだけどね。兎に角、私が『視た』から事実だよ」
断言するヘリオスが嘘を吐いてるなどとは思わない。嘘を吐く理由がないように思えるからだ。
(それにしても、既視感を覚える台詞だな)
シヴァとの最初の出会いを思い出す。
絶対的な自信と断言。迷える人々を救う立場の人々には必要な事なのだろう。
カサリと持っていた姿絵を眺めた。先入観か、偏見か、どの顔も下劣で脂ぎった顔に見える。
「…神殿はこいつらをどうするつもりですか」
「どうもしないよ」
ジンは目だけでヘリオスを見た。壮年に見える枢機卿は男らしく整った顔を、少しだけ歪ませて笑った。自嘲にも、憐憫にも見える顔だ。
「正確には、まだ、どうも出来ない。
まずシヴァがこの件を頑なに隠してるから、こいつらを訴える事は出来ない。私としても、シヴァのこの醜聞は公になると困る。神殿のイメージに傷が付くからね」
「……」
「怒らないでね。神殿はイメージ商売だから。シヴァは民衆に広く受け入れられていた子だ。それだけ名前も知られてる。天使と呼ばれて愛されていた彼が、破落戸達と姦淫したなんて、噂すら許される事じゃない」
「シヴァ先輩が責任を取ることになりますか」
好んでした事とは思えない。彼は確かに淫らな部分はあったが、フェロモンを強めるのはいつだってジンの前だけだったからだ。
面食いなだけだと思っていた。だが違った。
エレヴィラスの面影を追いかけていたのなら、姿絵の4人には間違っても身体を許す筈がない。黒を連想させる色すらないのだから。
「……彼の責任ではないが、神殿の奥に幽閉され対人での奉仕は出来なくなるだろう」
無情な発言にジンの頭の中に以前のシヴァが思い起こされた。
沢山の人へ『祝福』を与えたいと言っていたのに
子供達の笑顔の為に手作業で贈り物を用意する人なのに
また少し、空気に重量が掛かったような重苦しさが漂う。ヘリオスが片手を振った。
「だから、怒らないでくれ。キミ怖いんだから。これは彼を守る意味もある。と言っても、私もそんな未来は回避したい。だから、君に会いに来たんだ」
その手を組み、ジンの顔を覗き込む。
「神殿としてはシヴァを失いたくない。『浄化』が失くとも彼は貴重な人材なんだよ。このまま放っておけば、彼は神殿から去るかもしれない。もしかすると、自ら命を断つ可能性もある」
「……はい」
「だからシヴァを守ってあげて欲しい。今、シヴァの傍に居て支えになれるのは君だけだ」
「……それは良いんですが、兄弟は解任されてしまったので、俺は神学塔に入る事すら儘ならないですよ」
「うん、分かってる。今は無理に会おうとしても、シヴァも拒否するだろう。すぐにと言う話じゃない。今後、シヴァが誰かに救いを求めるなら、きっと君だ。その時に見限らないでやって欲しい…ーー」
何かを言い掛けたヘリオスはそのまま口を閉ざした。
真摯な顔立ちに切なる願いと分かる。ジンは飲み込まれた言葉は追わずに頷いた。
「分かりました。元々彼の手を払う気はありませんし。でも、俺より先にアポロン枢機卿の元に行きそうですが」
漸く震えが収まったらしい白と黒の神官はそれぞれ動き出した。黒の神官は紅茶を淹れ始め、白の神官はジンの手から姿絵を受け取ろうとした。それをさりげなく手で遮った。
「どうかな」
ヘリオスもジンの動きに気付き、返答しつつ白の神官へ目線を送る。白の神官は手を引き、再び脇に立った。
「どうかなって…」
「君はアポロンがシヴァの父親だと理解してるんだよね?」
「ええ、シヴァ先輩がそう仰っていたので」
神殿では血縁について言及しないとか何とか言っていたので、失言だったかとジンは思った。
ヘリオスは黒の神官が淹れ直した紅茶を手にして、事もなげに呟いた。
「アポロンとシヴァは親子じゃない」
「義理の親と言う事ですか?」
神殿特有の制度でもあるのだろうかと思った。
「神殿では実父と言う事になってる。世間的にも、シヴァもそう思っている。シヴァはアポロンの実の子で、母親は」
ヘリオスが紹介するよりも早く、ジンの目がずっと静聴しているテミスへと向いた。
「テミスだと」
(やっぱり)
ここにテミスが居る理由が分かった。
テミスは穏やかそうに微笑んでいるが、微かな憂いを帯びている。
静かにジンは考える。そしてすぐに結論に至った。
考えた所で分からない。
「2人は実親ではないが、シヴァ先輩は本当の親だと思ってる。それに、何か問題が?」
真実など、血の繋がりなど、重要ではない気がしてジンは首を傾ぐ。
「テミスは神殿から逃げたからシヴァ先輩の支えになるのは無理だろうが、アポロン枢機卿には甘えられるでしょう?」
「無理ですよ」
優しくもきっぱりとテミスが切り捨てた。
ジンが口を閉ざすと、テミスは一層悲しげに微笑みながら続けた。
「シヴァの『浄化』を消失させたのは、アポロンらしいので。そうですよね?ヘリオス猊下」
「そうだ」
ジンはゆっくりと瞬く。2人は黙ってジンを見詰めた。平然としているジンが、理解してるのかを探っているようだ。
「…すみません、よく、分かりません」
素直に今の気持ちを告げた。
ただでさえ親子関係と言うものに馴染みがないのに、親が子供の才能をわざわざ潰す理由など見当も付かない。家族と言うものに幻想を抱いてないが、一般的な親ならばしないだろう事だけは分かる。
一拍おいて、思わず2人は静かに笑った。
「うん、だよね。これはさ、神殿内部の深い部分だからね。…シヴァを守るにあたって、君にも話しておこうかな。これね、結構長い話になるんだけど、付き合ってくれるかい?」
神殿の深い内部事情などわざわざ聞く必要性は感じない。だが、『シヴァを守るにあたって』と言われると必要な気がしてくる。
敵は破落戸だけではないのだろう。
「…薮を突かないようにと言われていたんですが」
「ジン君」
ジンの言葉にテミスが顔を上げた。彼女から言い含められていた言葉だと、テミスも覚えているのだろう。
「薮に自ら突っ込んだようなものなんで、最後までお付き合いします」
このままシヴァを見捨てるつもりはない。だが何が出来るか分からないから、少しでも情報は欲しかった。テミスは安堵したのか、肩から力が抜けた。満足そうに頷いたヘリオスが、紅茶を飲み切ってソーサーに置くと語り出した。
「光属性が光属性からしか産まれないって事は知ってるよね?」
ジンは頷いた。
「あの子は違う。あの子は、遠い東の辺境の村で産まれた『奇跡の子』なんだよーー
光属性は光属性同士でも必ず産まれる訳じゃない。逆を言えば、絶対に別属性から産まれない訳でもない。
シヴァが産まれたのは教会さえない貧しく小さな村だ。
彼は産まれ落ちた瞬間に神殿に把握された。
今生きる光属性の誰よりも強かったからだ。
光属性の神秘性や希少性の為に、外で産まれて貰っては困ると言う事で、神殿はシヴァを引き取る為に村へ神官とシスターを派遣した。
それが私とテミスだ。
村人達は彼に天使の名前を付けていて、私達の来訪も喜んでくれた。こんな貧しい田舎村へ神官が来るなんて、天使のおかげだとね。
両親は本当に普通の人々だった。
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……引き取りに来たとは私もテミスも口に出来なくなるほど、両親も村人達もシヴァを愛していた。
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…………村は空っぽだった。
あ、殺されてはいないよ。ちゃんと調べたんだ。
村人を丸ごと移動させていた。新たな土地を渡して、衣食住を整え、少なくはない金銭を渡してね。
村人達は感謝していた、神殿に。
おかしいだろ?感謝するならばシヴァにだろう。
なのにねえ……自分達が付けた天使の名すら、彼らは思い出しもしなかった。
新天地で彼らは満足そうだった。…姿の見えないシヴァの両親以外は。
居なかったんだ、ご両親は。
村人達は『子供を亡くして失望し、療養のために村を出た』って口を揃えて言うんだ。
おかしいよね?神殿の話と全然違うんだから。
導き出される答えはひとつしかなかった。
『記憶操作』
詠唱魔法の中の一種、精神系の魔法で人間には扱えない。唯一、現教皇を除いてね。
もう痕跡も証拠もなくて、真実は分からないままだ。
私は探したよ、こっそりね。でも見つからない…シヴァを、奇跡の子を、産んでくれたご両親だけは…今も。
怖くなったよね。私は今の神殿の在り方に疑問が出た。
だが神殿は、教皇は何事もなかったかのように、いつも通りに赤子に名を付けて、更にアポロンの子供とした。そしてシスター・アルテミス…テミスを母親として任命したんだ。
彼女も私と同じで…いや、私よりももっとずっと先に神殿に懐疑的だった。シヴァの件でほとほと嫌気が差したらしく、神殿を抜ける準備をしていたんだよ。
だから繋ぎ止める為に、幼くかよわい赤子を使ったんだ。
そもそも嘘は罪とされるのに、本当の両親を知っていたテミスは母とは名乗れなかった。彼女は何度も頼み込んで来たよ。
『早く実母を見つけてあげて』と。
テミスは暫くは頑張っていたよ。決して母親としては接さないようにしていたけど、とても甲斐甲斐しく世話をしてあげていた。アポロンとの婚姻は頑なに拒んでね。
だが…周りがシヴァへ刷り込むんだよ、テミスが母であり、アポロンが父であり、君は光の子で、神殿へ命を捧ぐために産まれたんだって。それを否定し、頑なに母の立場を拒む彼女を周りは強く非難した。
もうね、ただの洗脳だよ。シヴァを可愛がれば可愛がるほど、罪の意識に押し潰されていた彼女も頭がおかしくなり掛けていた。
だからね、逃したんだ。
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だが教皇は、アポロンに唆された。
アポロンは教皇の元兄弟だった男の付き人で、不調を訴える教皇の為に医者を手配したのもその男だ。常に付き従う所を、その時ばかり部屋から追い出されていて異変に気付き、医者を問い詰め教皇の病を知った。
教皇は私利私欲の『精神魔法』と言う禁忌に手を出した事で、もう後には引けなくなった。そしてアポロンはシヴァと言う切り札を手に入れ、教皇に『治癒』を施す事で恩を売ると同時に、脅威になった。
そして、教皇になる地盤が盤石なものとなった今、アポロンはシヴァを切り捨てたーー
「もう、教皇を治す必要がなくなったからだ」
「え?」
一区切りと言わんばかりに、新たな紅茶を飲むヘリオス。静かに聞いていたジンは眉を寄せた。
それではまるで、もうすぐ教皇が死ぬかのようだ。
「教皇の『病』は進行型。世界中の優秀な光属性持ちを集めても完治はしない。漸くそれを理解したようでね、『治癒』を自分から打ち切ったんだ。だからもうアポロンが教皇に密に接触する理由はなくなった」
「それでシヴァ先輩の『浄化』を消失させた?でも『治癒』と『浄化』は別物だろうし、先輩の利用価値はまだありそうなのに。何の意味が」
「…シヴァが消失したのは、『浄化』ではなく『自信』です」
冷たい指先を温めるように、両手で紅茶のカップを握っていたテミスがぽつりと告げた。
「アポロンはシヴァの自信を奪ったんですよ。…要らなくなったからではなく、嫉妬で」
「嫉妬?」
「そうです、嫉妬です。あの男は幼いあの子にすら嫉妬していたんですから」
テーブルを睨み付け憎々しげに呟くテミスは、誰が見ても怒っている。珍しい顔を眺めていると、ヘリオスが話し出す。
「最近のシヴァはアポロンには制御出来なくなっていたからね。余計に目の上の瘤になったんだ」
「制御って…先輩はアポロン枢機卿の事を尊敬してましたよ。盲信してたようにさえ感じましたが」
「そうだね、彼は夢見がちな子だ。父は厳しいが清廉潔白で先見の明があり自分を愛していると、ものの見事に刷り込まれていたからね。根本的な部分は変わっていない。父ならば話せば分かると信じていた所も。だが、それが仇になった。シヴァの変化…私から見れば成長に見えるが、アポロンは許容出来なかった」
「……シヴァ先輩の変化は、俺が影響してますか。先輩の浄化が消えていなければ、今回の事件は起こらなかったと思いますか」
初めて会った時、随分と傲慢で思い通りにならないと強い口調で此方を責め立てて来た。今も傲慢な節は見え隠れしているが、それも可愛らしいものでしかない。変調に自分が関わってると思うのは自惚れだろうか。
「そう、変化はキミの影響だ。……シヴァ程強い浄化持ちなら、手を出す気力を削ぐ事は出来ただろうね。絶対ではないだろうけど」
「……」
そうだろうと思った。ジンは無表情を装っているが、胸に込み上げる罪悪感に眉が寄る事だけは抑え切れなかった。
「でも勘違いしないでくれ。今回の事が起こらなかっただけで、遅かれ早かれ彼は無事では済まなかったろう。
シヴァがあのまま、アポロンの籠から抜け出す事がなければ籠ごと潰すつもりだったからね。まさかアポロンが自ら鳥籠から突き落とすとは思わなかったが」
「え?」
「浄化の件は、キミが気に病む事じゃない。もちろん、今回の事も。…アポロンがシヴァの浄化を消失させてしまうほどに追い詰めたのは、私の責任だよ。少々煽り過ぎたようだ」
「煽り?」
「いやー、あっはっは。ごめんね!」
闊達に笑うヘリオスにテミスが呆れた目線を向けていた。
「俺に謝られましても」
「だよね、私の計画が上手く進んで事が済んだら、シヴァに謝ってあげないとな…」
ヘリオスの目が遠い思い出を見るように、どことも言えない場所を眺めた。
「ジン公子」
黙って眺めていたジンへ思い出から現実へと引き戻った強い青い目が向けられる。
「シヴァを頼む」
「私からもお願い致します。あの子の変化は良い事です。私達ではどうしてやる事も出来なかった。変化出来たのは、自ら変化を望んだからに他なりません。貴方が彼の未来を拓いたんです。どうか、心が壊れる事がないよう、一番近くに居てあげて下さい」
2人が頭を深々と下げた。
「俺に出来る事はあまりないと思いますが、…出来る事は全力でします。その代わり、ヘリオス猊下、俺の祈りをひとつ聞いてくれませんか」
「なんだろうか」
顔を上げたヘリオスから聞き入れる覚悟を感じた。テミスはそっと目元を拭っている。
「アポロンに相応の罰が下る事を願います」
ずしりとした重みのある声を淡とした顔で言った。ヘリオスは一瞬、自分の事のように心臓が跳ねた。鋭い切っ先のような声と目線に返事が遅れる。
「……勿論だ。神々は道を歪めた者を放置などしない。我々に任せて欲しい」
「……話はこれで終わりですか?」
「うん?まあ、そうだね」
「では俺は先に失礼します」
ジンは頭を下げると立ち上がった。見上げて来る2人を見下ろすジンの手は何も持っていない。
声を掛けようとするヘリオスをテミスが腕を掴んで制した。
「ジン君、ありがとうございます」
テミスの礼に肩越しに、ちらりと視線を向けただけでジンはそのまま部屋から出て行った。
「あの…」
ジンが出て行った後、4人になった部屋の中で白い神官が恐る恐ると声を出した。
「姿絵がないのですが」
「…持って行ったか」
ヘリオスの言葉を合図に全員が扉の方を見た。パーテンションで仕切られているので見えないが。テミスはソファに立てかけていた長杖を手に取り、支えにしながら立ち上がる。
「……ヘリオス。貴方、あの時、何を言い掛けていたんですか」
「あの時?」
「ジン君へ見限らないようお願いしていた時ですよ」
「…さあ、覚えていないな」
とぼけて首を傾げるヘリオスを見下ろし、テミスは口元を綻ばした。
「そうですか」
「うん」
顎を撫でてヘリオスだけ、パーテンションから目を離さない。
本当は覚えていた。口に出せなかっただけだ。
ヘリオスは密やかに眉を寄せた。
『シヴァが誰かに救いを求めるなら、きっと君だ。その時に見限らないでやって欲しい…』
―――我々のように
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