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学園編 2年目

男爵家男孫と商会長次男 微×

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学年末のパーティーが終わると、学園は長期休暇へ入る。その間に、ジンにとっては穏やか過ぎる冬は過ぎ去り、桜色の花が芽吹き始めた春へと季節は変わった。

あの桜の花が満開になる頃に始業式だ。

学園の図書塔の5階部分に位置する場所で、ジンは出窓に腰を掛けて下に広がる中庭を見ていた。
中庭でドラゴとフィルが噴水の周りで遊んでいる。
静かにしなければならない図書塔が嫌で、飛び出して行ってしまったのだ。

「ジン、ジン」

小さく呼び掛けられて振り返ると、ハンスが本棚の後ろから手招きしていた。
可愛い呼び方だなと持っていた本を閉じて出窓に置き、招かれるままにハンスの元へ向かう。

「これ知ってるっすか?」

本棚の間に入るとハンスに腕を引かれて、角の終わりへと連れて行かれた。
変な空間だ、左右は高い本棚で挟まれていて、奥の壁には茶色の窓枠が取り付けられている。
ガラスはなく壁と同じ漆喰が嵌め込まれている窓の向こうは、室内の筈だ。

袋小路になっている場所の、窓とも言えない謎の窓。
何らかの魔術の気配がする。

だがハンスが聞いているのは窓ではなかった。
一歩横にズレて、ジンの前を開けた。
窓の下に、大きなブックスタンドがあり、大きく分厚い本が広げられて置かれていた。

「…こんなでかい本見た事もねぇよ。なに」

縦60の横80以上ありそうな古書のようだ。

「これは王国の中で最も古い聖書って言われている本のレプリカっすよ!レプリカって言っても、この本自体が既に300年以上前の本っすから、貴重なんすけどね。この図書塔のどこかにあるっては聞いてたんすけど、見つけたの初めてっす!」

「聖書? へえ…聖書に興味あるのか」

「ないっす。単に中々見つからねぇって聞いたから、探してただけっす」

「ないのかよ」

あっさりと興味を手放したような言いざまに思わず笑う。

「んで、見付からないってどう言う意味?本の場所なんて誰かに聞けばすぐ分かりそうだけど」

「や、それがこの聖書、動くらしくて。毎回見れる場所が違うらしいっす」

「なんだよその怪奇現象」

まるでポルターガイストだ。笑いつつ、本へと目を向けた。
巨大な聖書は色こそ古めかしくなっているが、紙質は損なわれていない。インクの文字は手書きか、元は魔術で書いたのかもしれないが痕跡はなく、高度な保存魔術を掛けられているようだ。
だがそれとは別の、微力な魔力を感じる。
本ではなく、ブックスタンドの方からだ。

(移動する聖書か。これ学園長の仕業だな)

魔力感知の高いジンですら、目の前に立ち意識しなければ気付けないレベルのこまやかな魔術。人のそれとは違う、白い魔力を感じた。
恐らく転移魔術を自動展開するように仕込んである。
中央を吹き抜けに作り替えられているとは言え、城の塔1つを丸々図書館にしている広さだ。この中をランダムに移動されては、見付けにくい事この上ないだろう。

(盗難防止か?ただのお茶目もありそうだな)

不思議な話に人は妙に惹き付けられる。
宗教や聖書に興味がない生徒達の気を少しでも引くための策かもしれない。
現にハンスは宝探しのように探していたようだし。

「この本って高いのか?」

「高いってか…値段つけられないんじゃないっすかね。国宝級っすもん。本物は王宮の宝物庫に仕舞われてて、世に出てる布教用の叢書そうしょはこのレプリカから作られてるんすよ。
原本を装丁から丸々複製してる物は、この世に2冊しか存在してなくて、もう1冊は神殿が所持してる筈っす」

「原本を王宮が保管してんのか?それこそ神殿が持ってそうなのに」

「んー…一応、国教すから王族が管理してても変ではないんじゃないんすか?王族は神の落とし子説もあるっすから」

「すげぇのな。王族って。神様が親ってどんな気持ちだろ」

「驕りに思うか、誇りに思うかっすね」

「かっこいい事言うじゃん…」

「でしょ」

ふふんと得意げに鼻を鳴らすハンス。可愛い。
手を出したくなり疼くが、ハンスの目は本に向いているので、我慢して同じく本へと視線を落とす。

開かれているページの片側には挿絵がある。

黒い騎士が神の前に跪き、神が差し出す心臓を受け取ろうとしている絵だ。
この国で最も有名な宗教画だ。

「これ、何の場面だ」

宗教には興味がなかったジンは、立っている神の名前がマカマディアだと言う事しか分からない。

「これはエレヴィラス・モト・ノクスにマカマディア・アモ・ルクスが心臓を渡している場面っすね」

「もっかい言って」

フルネームが聞き取れなかった。
ハンスは本の中の騎士を指差した。

「エレヴィラス・モト・ノクス、この黒い騎士の格好をした神様に、マカマディア・アモ・ルクス、こっちの修道服みたいな格好してる神様が、自分の心臓を渡してるんす」

「何で」

「エレヴィラスに守って貰う為っす。エレヴィラスは夜の神様として有名なんすが、守護や戦いを司る武神でもあるんす。光の神様のマカマディアは、エレヴィラスに心臓を渡すことで愛と信頼を示したらしいっす。
国教なのにこんな事も知らないなんて、いけない子っすねジンは~」

「今、カンニングしただろ」

よく見たら挿絵の隣ページに古く硬い言葉で同じ内容の文章が綴られている。途中からジンもそれを読んでいた。
ハンスは「いやいやそんな」とわざとらしくとぼけた顔をした後、耐え切れなかったらしく悪戯っ子の笑顔を見せた。可愛い。

「可愛い」

声に出た。

「…………まあ俺は可愛いかもしれないっすね」

かっこいいは良いが可愛いは照れるのか、目線が彷徨いた後、耳を赤くしながらドヤり出した。
照れ隠しのバリエーションが増えてる事に笑いを噛む。

「宗教って随分ロマンチックだな」

「ぐっ…人がノッたのに…」

敢えて流したら余計に恥ずかしかったらしく、悔しげに顔を更に赤くしている。
ふんと腕を組んで顔を逸らされた。

「まあ、マカマディアは愛の神様でもあるから。ロマンチックに解釈したがる人も多いってだけなんじゃないんすかね」

「ふうん…愛ね。1個しかねぇ心臓を与えるってすげぇ愛だな」

「…この神様、心臓7つあって7対の翼が生えてるっす」

「そんなにあんの。この絵、翼なんてどこにもねぇけど」

挿絵に描かれているマカマディアには翼などない。
ベールなのか、女性用の修道士のような格好をしていて、背後には後光が描かれているだけだ。

「この本のどっかに載ってると思うんすけど、これ人間の前に現れる時の姿で、球体に一つ目で羽生えてる姿が本当の姿らしいっす。そして子供が30人くらいいるっす」

「いや子供多過ぎだろ」

「繁栄と豊穣も愛の内っすから…」

「何でもありかよ」

「と言うか、創世神なんで何でもありじゃないと世界なんて作れないんじゃねぇっすか」

「マカマディアが創世神?」

「マカマディアとエレヴィラスの2人で、っす。聖書の始まりは、『光と闇があった』なんすけど、要はニコイチなんす。対の神様。夫婦神めおとしんって呼ぶ人も居るっすが、どちらも性別はないし、結婚って言う人間の制度で呼ぶのはどうなんだって事で、教会では夫婦神呼びはされてないっす」

「性別ねぇの」

元が球体だからないのも納得する。
それで繁殖するのか。
そうなると人間よりも魔物に近くならないか。
姿的にも最初から魔物みたいなもんか。
これって失礼になんのか。
1人で迷走しているジンの横で、ハンスは気にせず話を続けた。

「マカマディアがシスターみたいな格好してるように見えるっすから、女神説もあるっすが、聖書中に『女』の表記がちゃんとあるにも関わらず、マカマディアの事を『女神』とする表記はないから、男神もしくは無性別じゃないかって解釈らしいっす。逆にエレヴィラスは騎士っすが『男神』の表記はないっす。因みにエレヴィラスは…
…って、どうしたんすか。その顔」

先程からさらさらと答えるハンスに驚いてしまった。
さっきカンニングしたのは、自分の知識との齟齬がないかの確認程度だったのか。

「いや…聖書に興味ねぇって言ってたのに、めちゃくちゃ詳しいからビビってる」

「…いや、この辺りはめちゃくちゃ詳しいには入らないっす………入らないんすよ、ジン…」

「………今俺バカにされた?」

「……ちょっと」

否定されなかった。
冗談だと分かるので笑いそうになるが、悔しいフリをして「くそ」と言ってみた。
通じ合う冗談に、楽しそうに笑うハンスの顔が良い。

「悔しいから、ハンスをビビらせてやろ」

「えっ何する気っすか」

途端にビビるからまた可愛い。
ニヤリと笑って聖書の上に手を置いた。
思惑通りに瞬間転移が発動し、淡い青白い光を放つとブックスタンドごと聖書は消え去った。

「…………は?」

「どう?すごい?」

「いやいやいや?え?何?何したんすか??」

「消してみた」

盗難防止であれば魔力を帯びた手に反応するだろうと思っただけだ。
わざわざ人間では解除出来ないエルフの魔力を使用しているのも、反発作用で瞬間転移の展開を早めているのだろうし。

「いやいやいやいやいや!!せつめ、んぐッッ!」

叫ぶハンスの口を片手で塞ぎ、顔を近付け唇の前に指を立てた。

「シーッ…あんま声でけぇと人来るよ」

榛色ヘーゼルの目を真ん丸くして見上げて来る、その目尻が赤く染まる。きょろと周囲を見た後、戻って来たヘーゼルアイに腰が疼いた。

そっと手を下ろして唇を触れ合わせると、ハンスの手が首に回る。舌を差し込んでも嫌がらずに受け入れ、自ら寄せて来る腰を抱いた。

離すまいとするような腕の力に、強くなったフェロモンの匂いが、誘われてるんだと教えてくれる。珍しい。

音を立てて口を離すと、先程まで饒舌だったのに途端に静かになった。可愛い。
額を重ねて、微笑む。

「……良いの?ここで。外はやだって、いつも言うのに」

「……っ、…い、いつも、部屋で出来ねぇからって、お前が言うじゃねえっすか…」

「俺はハンスの部屋なら全然良いんだけど」

流石にイルラと過ごす部屋ではハンスもしたくないだろう。ジンもそれなりに気まずさを感じるので、ハンスの部屋へ行きたがるのだが…

「い、いや、いやっす」

なぜか凄い拒否られる。
最初に同室がいる横でしたのがトラウマにでもなったのか。結果、もっと見つかるとやばい野外での行為ばかりになってる。人の気配も魔力の気配も察せるので今の所バレた事はないが。

「そう?…じゃ、ここでする?」

「……んっ」

明確な返事はなく、顔をジンの首元に埋めて隠す。
春休暇中なので、互いに私服だ。ハンスの膝下丈の短パン越しに臀部を撫でて、異変に気付いた。

「…………もしかして、履いてない?」

下着の感触がない。
確認するように撫で回すと、ハンスが身体に力を込める。首に回っている腕にも更に力が入った。
恥ずかしいのか、体温が急激に上がっているのがジンに伝わった。

「……だ、…て、…ぜ……、お、と……てく…ない…」

ぼそぼそと呟く声は小さいが、ジンにははっきり聞こえた。

全然俺としてくれない

冬期間中は野外は寒いだろうと遠慮していたが、暖かくなって1度した。
確かにそれ以降は何やかんやと出来ず終いだったが、ハンスは自分から殆ど誘って来ないし、性欲がそこまで強くないようなので無理にしなくても良いかと思っていた。場所が場所だけに。

「イルラとばっか、ずるい」

……バレてるのか

イルラは性欲強めの、口で言わないだけの誘い上手だし、何より同室なので休暇中かなりの頻度で交わっていた。
まあ相変わらず挿入はないが。

2人がお互い性生活を言い合う訳がないし、持ち前の勘の良さで気付いていたのだろう。

「……だから今日するつもりで、履いてこなかったの?俺が気付かなかったらどうする気だったの」

見える頬や耳に口付けて、ハンスの1番弱い首元に舌を這わせた。熱い体温にフェロモンの匂いが混ざった肌は美味しく感じる。
ビクつくハンスの身体を、ブックスタンドが消えた壁側へと追い込んだ。

「…っ…ん、……ど、うって……き、気付かせようって…した…」

「どうやって?」

「………なん、も、良いじゃね、っすか…っ、ジン、音、音消すやつ、して…」

「ええ?気になる。誘われるまで待てば良かった。…今度やって」

言われるままにパチンと指を鳴らした。
特に空間に変化はないが、最近、ハンスは『防音壁』を感じ取れるようになったらしく、安心したように顔を上げて、唇を寄せて来た。
目に誘うような熱が灯っている。普段の明るく快活な目線とは打って変わる肉欲混ざる目付きがジンを煽る。
強く唇を押し付け、胸元へ手を差し込む。

そう言えば、上も厚手を1枚着ているだけだった。
春とは言えもう1枚上着を羽織らなければ、肌寒くないだろうかと思っていたが、室内だし本人が元気そうだったので何も言わなかった。

服の下は素肌だ。
寒かっただろうに、もっと早くに気付いてあげれば良かった。

「……ぁ、…んぁ…んっ…」

舌を絡ませながら、乳首を捏ねると甘やかな声が漏れて来た。
立ちながらする事に互いに慣れていて、ハンスは押し付けて来た腰を揺すってジンを更に煽りながら、触りやすいようにと上半身を壁に委ねる。

「…っ…、じん」

口を離すと甘えたように呼ばれて微笑み、


背後から感じる視線をどうしたものか考えていた。


ハンスとの行為が出来なかった何やかんやの中の1つに、この謎の視線も含まれていたのだ。

秋の終わり頃から防音壁を展開した後、数分後から視線を感じ始める謎の現象が起こっていた。
必ずではなかったが頻発している。
しかし人の気配はまるでない。
ただ見られている。

試しに1人でいる時に防音壁を展開した時も視線は感じたが、暫くすると消える。
近くに居たフィルもドラゴも気付いていないようだから、魔力の類でもない。

人力でもない魔力でもないのなら何なんだ。

行為中の視線は1人の時と違い、執拗だった。
何なら最後まで見られている気がする。
ターゲットはハンスなのだろう。
それ以外に考えられない。

ただ、寮内では起こらない。
だからハンスとも部屋以外の寮の空き部屋や物置などを狙ってしてたが、学園内より寮の方が死角は少なくやり難かった。
なんせ殆どが部屋だし、常に使用人達が働いているからだ。

今この瞬間もしっかり狙ってる訳だ。
どう言う仕組みか分からないが、誘われた今の状況を中断したくない。いやもう中断出来る気がしない。
とりあえず今まで通り、ハンスの身体が極力視線に晒されない様にすませよう。

.
.
.

事が済んでジンに凭れ掛かったまま脱力しているハンスごと、洗浄と清潔魔術で床や壁まで清めた。
もちろん自分も。
しかしやっぱり何となく匂いが気になった。
時間が経てば消えるだろう。

案の定と言うか、視線は情事の終わりと共に消えている。
何事か起こる前に尻尾を掴めたら良いんだが。

ハンスを抱っこするように抱えて、壁を背凭れにし床に座ろうとした時に窓枠にぶつかった。
カタンと音を立て窓枠が少しズレた瞬間、隙間風が吹いたので、座り込んだ後だったが、ジンは気になって下から手を伸ばして窓枠を開いてみた。

風属性の魔術印が壁に描かれており、サアッと風が流れたのだ。

「この窓、風通し用か」

「…本は、湿気に弱い、っすからね。直射日光も…避けた方が良い」

疲れが引いたのかハンスが凭れていた頭を上げた。
眠そうにしていて可愛い。
ちゅっとキスすると甘えるように返して来る。

「なるほどね。本物の窓が少ないのは日光避けか。もしかして知ってた?」

「風窓の事っすか?…うん、知ってたっすよ」

「物知り過ぎるよな」

「ジンは知ってる事と知らない事に偏りがあるんすよ」

元気になって来たらしいが、膝に乗せてる状態に文句はないらしい。
目を擦りながら笑っている。
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